第21話 話をしようか

「指揮官様、比叡が参りました。直ぐにラッタルを降ろします故、暫しお待ち下さいませ」


白波を立てて桟橋に滑り込んで来るのも束の間、比叡くんが甲板から顔を出した。

彼が軽く指を振ると、其の動きに合わせて階段が桟橋まで素早く降りてくる。待たせても悪いので、一段飛ばしで駆け上がった。

「ありがとう、比叡くん。取り敢えず、空母としては翔鶴型のふたりを連れて行けそうだから。其れで大丈夫?」

「ええ、ありがとうございます。急な我儘だったのですが……後で彼等にも礼しておかねばなりませんね」

僕が甲板に足を下ろしたのを確認して、彼はもう一度同じ動きをする。其れだけで、ラッタルは再び収納された。


「では、早速出ます。兄妹達と扶桑は先に、山城には非常時の代替として着いて来てもらいましたので、其方も。最大船速で参ります故、揺れますよ。ご注意を」

成る程確かに、少し遠くに不安定な艦橋の戦艦が見える。あれは山城くんか。と首を伸ばしたのとほぼ同時、戦艦比叡が思い切り面舵を取った。



港を出てから暫く。僕達の前を、山城くんが先導してくれる形だ。僕達を包む風景は、既に薄明に染まりつつあった。

かなり時間が経った様にも思えるし、数時間しか海に居なかった様な気もする。改造してあると軍大将も言っていたけど、確かに速いな……多分現役時代の速度より相当上がっているだろう。


そうこうしているうちに船速が一定になり、揺れが少し収まる。比叡くんに訊きたい事も有ったので、僕はインカムの電源を切った。

「比叡くん、一寸良いかな」

「ええ、どうしました? 酔いました?」

「ううん、其れは大丈夫なんだけど……一つ、聞いていいかな。十二年前、一体此処で何があったの?」

比叡くんは急に真剣な顔付きになって、「…………」と黙ったままで耳元を弄る。其の目線が、ちら、と波間を向いた。多分、まだ姿は見えないが、金剛くん達に気を遣っているのだろう。


「大丈夫、此の通り通信は切ってあるよ」

「……指揮官様、其の前に御一つ。私達、軍官軍艦として、立場が上の方からの命令に拒否権なぞ無いのですよ?」

困った様な微笑を向けられ、ちょっと面喰らった。其れは確かに盲点だった。そんなつもりで訊いた訳では無いんだけど。


「いえ、良いのですよ。ですが、十二年前……私達の多くはまだ物心付いた頃かも怪しく……ああ、そうですね、私達に関係ある事と言えば――」

「うん、何かな」

「――『横須賀事変』と『神戸事変』」

聞き覚えのある単語だ。確か、横須賀に出向いた際に三笠くんから聞いた話だったか。だけど、其れがこのこ達に関係ある、とは?

「前弩級戦艦、弩級戦艦。私達の、『先輩』……彼等は、



事変に出撃した、と。



そう伝えられております」

「……横須賀と、神戸に?」

「ええ。如何して彼等が帰って来なかったのかは、もうお察しが付くでしょう? ……強い、方々でした。其れが、幾ら前弩級とは言え……ああ、扶桑型や伊勢型には此の話、余り振らない様にして下さいまし。彼等は特に懐いておりましたから」

沈痛な面持ちで語っていた彼等の顔がふと思い浮かんだ。伊勢くんや日向くんは今日本に居るんだろうか。


「そして、一つ大きく変わった事……『航空母艦』が誕生したのです」

「……其れは、どう言う意味なの?」

「前弩級戦艦と弩級戦艦が消え、代わりに造られた航空母艦。其れ迄は、私達超弩級戦艦にとっても、平和な日々でございました。ええ……其れからです、私達が兵器として使われ始めたのは。勿論、覚悟も自覚も有してはおりました。ですが、今から思えば、間違い無くあの時から変わったのでしょうね。十二年前、広島へと来たは、横須賀と神戸を抜け出したは、一体何を知って――」『暦ッ、指揮官も! 来たか!』

比叡くんの言葉を遮って、金剛くんが通信に割り込んできた。いつの間にか、其の艦橋が水平線から覗く程近付いていた様だ。遠くの艦影が、沈み掛けた夕日を反射して染まっている。


突然かに思えた兄の出現に比叡くんは少し面喰らった様子だったが、直ぐに「――ええ、兄様。お待たせしてしまい申し訳御座いません」と戦艦金剛に向かって頭を下げた。

でも、何となく、金剛くんが僕達の会話を中断させる為に声を掛けてきた様に思えたのは、気のせいだろうか? まぁ、金剛くんに口止めされて尚訊いているのだから此れは仕方ないけど。


『暦兄ぃ、山城、指揮官も、分かってるー? 奴さんお出ましだよ!』

『距離、うん、どれ程だろうな……五桁は離れていると思うが。まぁ良い、総督、指示を』

霧島ちゃんと扶桑ちゃんに促され、ちらりと比叡くんを盗み見る。背後の砲塔を構えながら、彼は小さく頷いてくれた。


「砲撃、開始! 撃てぇっ!」

僕の声と合わせて(と言うか半ばフライング気味に)、先ずは戦艦霧島の砲が火を噴いた。霧島ちゃん、こういう時妙な度胸あるよな……

「申し訳有りませんね、あのこは少し腕白でして。……全門、斉射」

ばさばさっ、と、彼のコートの裾が靡く。日没直後の黄昏に、砲弾が尾を引いた。数拍置いて、周囲の戦艦からも同じ様な光が伸びる。

美しい、と、そんな場合では無いけれど、そう思ってしまった。

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