第33話マヤ

 トールがまともに立てない理由を絵理歌が分からないのも無理はない。

 なぜならシスル女学園は汚らわしい男などいない、麗しの男子禁制女の園だからである。

 その上、強くなる為に修行の日々を送っていた絵理歌に、性に対する知識がほとんどないのも無理はなかった。


 教会から出てきた少女はトールとジニーに走り寄るとジニーに抱きついた。

 ジニーはマヤとの再会を喜び、愛おしそうに頭を撫でる。


「マヤちゃん、久しぶりですね。元気にしてましたか?」


「うん、二人がいなくなって寂しかったけど、マヤは元気だよ。このお姉ちゃん達はお友達なの?」


「ふんっ! こいつらは俺の敵だ!」


 未だ暴れん坊が治らず前のめりになっているトールが息巻くが「何でトール君は変な格好してるの?」とマヤに問われると、妹分に情けない姿を見せているのが恥ずかしいのか大人しくなった。


「マヤちゃんが抱きついたのがジニーちゃんで良かったわね。危うくもっと恥ずかしい思いをするところだったわよ」


「ふざけんな! 俺はロリコンじゃねえぞ!」


 史が面白いことになってきたとばかりに茶々を入れると、トールは猛然と反論してくる。

 そんなトールに史は「分かってないなあ」と嘆息して語り出した。


「それ、間違って覚えてる人が多いんだけれど、幼女好きはアリスコンプレックスって言うのよね。ロリコンは私達くらいの歳の子が好きな人達を指すのよ」


「そ……そうなのか、知らなかったぜ」


「無知は別に悪いことじゃないわ。大事なのは新しい知識を怖がらずに、常に更新して行くことよ。凝り固まった考えだと時代に取り残されるわよ」


「確かに……ありがとう、勉強になったぜ!」


 史の言葉にトールは素直に感嘆の声を上げる。

 その様子を見た絵理歌は、自分達に喧嘩を売ってくるが悪い子ではなさそうだなと感心するのだった。


「マヤちゃん、私達はこの教会からの依頼を受けた冒険者なんだけれど、詳しい話を聞かせてもらえるかな?」


「お姉ちゃん達が受けてくれたの! 詳しくは中で話すからついてきて!」


 史は知識のマウンティングを取って満足すると、マヤに依頼について尋ねる。

 マヤは依頼を受けたのが自分とさほど歳の変わらない少女だったことに驚くが、すぐに表情を真面目なものに切り替えて教会内へと案内してくれた。


 入口のドアを開けると礼拝堂になっていた。

 室内は建物の外観と同じく綺麗に掃除され、装飾品など余計な物が置かれていないので広く感じる。

 長椅子が並ぶ礼拝堂の奥には十数人ほどの子供達がお経の様なものを唱えていた。

 幼い子が多く、教会で養っている子の中ではマヤが一番年上のようだ。


「あれは蓮華教の神様の軌跡と教えを読み上げる修行だよ。毎日やると神様の力が借りられるようになるんだ」


 興味深そうに眺めていると、それに気づいたマヤが説明してくれた。

 絵理歌は力を貸してくれるなんて地球の神と違って気前のいい神様だなと思うが、この世界の神があの神(仮)だったことを思い出す。

 だが、この世界にも宗教はいくつもあるし、地球にも神とされる存在が沢山いるのだから、神(仮)以外の神もいるんだろうなと思った。


 マヤに案内され礼拝堂の奥にある応接室に通される。

 応接室と言っても椅子とテーブルがあるだけの飾り気のない部屋だった。

 椅子に座るよう促され全員が着席したところでマヤは話し始める。


「依頼を受けてくれてありがとう。あたしはマヤ、依頼を出したのはマヤなんだ。難しい依頼なのに報酬があまり出せなくてごめんなさい」


「私は史、そして右から順番に絵理歌、晴香、ねむ、景の五人でディステル会よ。今回は人助けも兼ねて受けた依頼だから報酬は低くて構わないわ。でも、誰彼構わず助けたい訳じゃないから事情を聞きにきたの。なぜ紅水仙べにすいせんが必要なのか聞かせてもらえるかしら」


 人助けするにしても悪人を助けたくはない。

 出会って間もないが、マヤのことはいい子だとも思う。

 だが、危険な依頼を受けるからには事情くらいは聞くべきだと判断した史はマヤに問いかけた。

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