いつでもどこでも
白雪
Lv.1 始まりは突然に
拝啓 学生の皆様。
皆様はクラスが一緒なだけで一度も会話と言う会話をしたことがないクラスメイトはいますか?
私にはいます。
正確にはいたのです。
悪いことは言いません。
もし皆様にもそんな人がいるならば、、、、、。
私にはクラスメイトではあるが、一度も話をしたことがない男の子がいる。
彼は最近、よくため息を
話したこともない相手だし、最初は気のせいかな、なんて軽くしか考えてなかったけれど、現在進行形でどんどんため息の回数が増えている気がする。
否、気がするではなく確実に。
もう一度言わせてほしい。
確実に増えているのだ。
しつこいくらい言わせてもらうが、そもそも麻生君と私は世間話どころか事務的な会話すらしたことがない、同じ組に属すると言うだけのただのクラスメイトだ。
同窓会でこんな人いたようないないようなそんな関係になるはずの。
だからそんな私が、この事を友人に相談したとしたところで「気のせい」の一言で相手にしてもらえない事など容易に想像出来てしまう。
ここまで長々と前置きしてしまったが、ではなぜ私が麻生君のため息について、なぜ自信をもって気付いたと断言出来るかと言うと、それはとてもシンプルかつ簡単なものだったりする。
彼、麻生奏君がため息を吐くのは、決まって私を見てだからなのである。
これが私の被害妄想だったらよかったのだが、ついに彼は、帰り支度をしている私の目の前まで、わざわざそのながーい脚を運んで下さり、ご丁寧にもそのお高い身長から、驚いて真ん丸になっているだろう私の目に視線を合わせると、いつもより重く長い、それはながーいため息を吐いて下さったのだ。
麻生 奏。
彼は世間で10人が10人眉目秀麗と認める、いわゆるイケメンなのである。
むしろイケメンという言葉すら安く感じるほどの。
切れ長で、少し鋭いけれど色素の薄い、宝石のような緑がかった瞳。
きめ細かやかな毛穴ひとつなさそうな肌。
短すぎず長すぎない、さらりとした艶のある綺麗な天然物の薄茶色い髪。
181センチ、けれど胴長ではなく、とにかく長い足。かと言ってただのひょろい長身ではなく、噂では武道だかなんだかを嗜んでいるらしく、しっかりと筋肉がいい感じについているのを体育の時この曇りなき眼で確認させて頂いた。
そして体育のたびに彼の運動神経の良さをクラス中が目の当たりにしており、女子時々男子の黄色い悲鳴が上がりそこはライブ会場へと様変わりするのである。
さらにこれも噂にはなるが、彼は大きな会社の御曹司らしい。
さらに、さらを重ねて言うならば彼はその口数の少なさから、人によっては無愛想とも呼ばれる口数の少なさを、そのイケメンさゆえに寡黙でミステリアスだのクール系イケメンだのと言った敬称が追加されているのである。
平凡なルックスをお持ちの方々に謝って頂きたいものである。
そんなドラマや漫画のキャラみたいなやつがいるか!
そんな声がいたるところから聞こえてきそうだが、残念ながら答えはyes。
麻生奏君はそんな作り物みたいな、神様の最高傑作のような男が麻生奏君なのである。
話が脱線してしまったが、神様の最高傑作で漫画のヒーローを実写したような彼に、どこにでもいそうな村人1である私が、自ら進んで関わりを持つなどという身の程知らずではなく。
要するに何が言いたいのかと言うと、麻生君の怒りを買ってしまった理由が私にはまったくもってわからないということだ。
ちなみに。
こんな事を考えている今も、少し離れた彼の席から強烈な視線を感じているわけで。
(ううっ‥‥‥‥‥。私が何したって言うの‥‥‥。)
ちらり、斜め後ろの方を見やれば、バッチリ視線が絡まった。
ひっ、思わず出かけた悲鳴を飲み込んで、勢いよく視線を黒板に戻す。
そのまま息を潜めると、ただひたすら授業が終わるのを待った。
「‥‥‥‥もー無理。ねぇ、もう無理なんだって。もう嘘つきと言われようと妄想癖と思われてもいいから言わせて。なんか私、この間から麻生君にやたら見られてるんだけど。なんで?いや、この際見られてるだけならもういいの。なんか麻生くん、私に向かってため息まで吐くんだけど。どうして?どうしてなの?さっきの授業なんか生まれて初めて殺気?殺意?的なものを体感したんだよ?まあこんなことを言っても誰も信じてくれないんだろうけどね。ははっ。」
「いや、知ってる。」
「そうでしょ?信じてくれるわけない…………ん?」
「だから知ってるって。というか逆にこのクラスで気づいていない人なんていないんじゃない?」
「気付いてたなら言ってよ!私、誰も気付いてないと思って……、しかも相手はあの麻生君だし、妄想癖の痛い子だと思われたらどうしようって、独りずっと悩んでたのに……!」
「あら。
ふふ、なんて優雅に微笑む親友、
一見、大和撫子のように上品で清楚、和服が似合います的な日本の女性代表のように見えるが、残虐性を持つSで愉快犯だったりする。
しかもただのSではなく、その頭文字には“真性”がつく程の。
余談ではあるが、この幼稚園からの
仮にそんな男が居たとして。
仮に彼女がそんな男と付き合ったとして。
はたして彼女がその男に何をさせるのか、考えるだけで恐怖である。
「でも私も不思議だったのよね。麻生君と音葉って全く接点がないじゃない?ため息吐かれるほど、うちの音葉が鈍くさいともイラつくとも思えないし。
まして音葉ってアレらしいじゃない?世間一般の男から言わせるに癒し系ってやつなんでしょ?」
「『なんでしょ?』って言われても……。一体どこからそんな話が………。」
「この間、
(えっ!
美和の呼びかけに、近くにいた藤村こと楓君が、
「んー?なになにー?オレのこと呼んだー?なんのハナシー?」
友達と話の最中だったにも関わらず、にこにこと笑いながらこちらに近づいてくる。
そしてそれによって、顔にほてりを感じる私は、今おそらく顔が赤い。
「この間アンタ達、音葉の事を癒し系だとかなんとか言ってたじゃない?」
しかしそんな私の様子に絶対気づいているくせに、私の事などおかまいなしに楓君に話しかけ始めるこの親友はやはり愉快犯だ。
「え、えー、沢田ちゃんあの時、聞いてたの?しかも普通それ本人の前で言っちゃうんだ……。流石にオレでもそれは結構恥ずかしいんだけどー。」
まあ、音葉ちゃんが小動物みたいで可愛くて癒されるって言ってたのは事実なんだけどねー、そう言って照れたように私に向かってはにかむ楓君こそ、この現代、所謂ストレス社会の唯一の癒やしだと声を大にして叫びたい。
だって本当に可愛いんだもの楓君。
否、誤解しないで頂きたい。
可愛いと言うのは容姿云々ではなく、全体的な雰囲気の話なわけで。
……まあ顔もどちらかと言えば、格好良いか可愛いか聞かれたら可愛い系だと答えるけども。
なんと言えば良いか難しいところだが、語尾を伸ばすちょっと癖のある喋り方とか、思わず手を延ばしたくなる緩いパーマをかけた髪だとか、少し眠そうなトロンとした垂れ目だとか……。
難しいとか言っておいて案外あっさり出てきたが、とにかく楓君の全てが私のツボをついて離さないのである。
そんな楓君にはにかみ笑顔を向けられてみろ。
楓君が近付いて来たことによって、何故か強まった非難がましい視線なんて蟻に噛まれたようなものだ。
「あっ、そうだ。アンタ麻生君と仲良いじゃない。この子のことなんか聞いてたりしないの?」
(ちょ、おまっ……!空気を読め!空気をっ!いや、確かに麻生君の事は気になるけども。でもだからって何で今その話を楓君に振る必要が!?今、私と楓君、良い感じだっただろうが……!)
うん、なんて言うか自分でも恥ずかしいくらい必死である。
勿論思うだけで口になんて出していないが。
「あー……奏、ね。うーん、まあ知ってるっちゃー知ってる、カナー?」
はは、なんて苦笑いを浮かべる楓君に、そんな顔も似合うなんて、と少しキュンキュンした私はバカではなく乙女なのだと主張したい。
けれど、楓君の言葉にハッとして、すぐに危ない思考を消し去る。
「えっ、楓君、麻生君が私を見つめてくる理由知ってるの!?」
「……アンタその台詞だけ聞いてたら自意識過剰女みたいよ。まあ、いいわ。藤村、知ってるなら言いなさい。」
「んー、教えてあげたいのは山々だけどー。
奏、怖いしって…………ぶはっ!!」
「えっ!?楓君っっ!!」
突然目の前にいたはずの楓君が消えてしまった。
正確に言うならば吹っ飛んでいったが正しいか。
否、精密に言うなら蹴り飛ばされたと言うべきか。
そう、楓君はお腹を蹴られ軽く3メートルは飛んだのだ。
「いってー……ちょっ、なに!?なんで今蹴ったわけっ!?」
「………お前が悪い。」
今までこちらを恨みがましい目で見ていた奏君によって。
「は、はあ?オレが悪いってオレが何したって言うんだよ。
ただ沢田ちゃんと音葉ちゃんと話してただけじゃ、「それが悪い」」
「は?“それ”ってどれよ?」
「……松本と話してたお前が悪いって言ってるんだ。」
「なにそれ!?オレそんな理由で蹴り飛ばされたわけ!?ちょー理不尽なんですけどっ!?」
目の前でテンポよく交わされる会話に私だけでなく、クラス全員が唖然としてしまった。
隣で、美和ちゃんだけはニヤニヤしているけれども。
そして私は、一瞬、未だにお腹を押さえたままうずくまる楓君が、蹴られたからうずくまっているのだという事実を忘れていて、
駆け寄ろとした時には時すでに遅く、他の子が心配そうに楓君に寄り添っていたわけで、自分の不甲斐なさに怒りを感じる。
(それにしたって、ただ“松本”さんと話してたからって蹴るなんて楓君が可哀想すぎるよ……!)
それにしたって誰だよ“松本”さん。
……ん?松本さん?
………………………………………………………まつもとさん?
「うええええっ!?わたしぃぃ!?」
「「「「気付くのおそっ!!!」」」」
クラス中に突っ込まれるなんて生まれて初めてだー、なんて呑気に少し感激してしまったことはこの際置いといて。
残念なことにこのクラスに松本は私だけ。
要するに麻生君の示す松本は私なわけで。
(いくら私が気に入らないからって、私と話してただけの楓君にまであたるなんて……!)
走馬灯のように麻生君の今までが頭を巡って、
気付けば私は麻生君の前に立ち―――――、
「いい加減にしてよ!!私が気に入らないならハッキリ言えばいいじゃない!この間から陰険な事ばっかりして!男のくせに女々しいことしてんじゃないわよ!あんた本当にちん×ついてんのっ!?付いてたとしてもたいしたことないんでしょ!?この短小野郎!!」
最低で最悪な啖呵をきっていた。
あの麻生奏相手に。
拝啓、お家で笑いながらテレビを見ているだろうお母様に、私達家族のために働いているだろうお父様。
あなた達の娘は、もう二度と、生きてあなた達に会うことが出来ないかもしれません。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)
「あ、あのね、麻生君。い、今のは、その……。冗談っていうか……。」
謝らなければいけないと分かっているのに、声も体も震えて上手く言葉が生まれない。
他人に対してここまで悪態をつくなんて初めてだ。
麻生君は今、一体どんな顔で私を見下ろしているのだろうか。
「………松本も俺に興味があるの?」
「そうだよね、麻生君が短小なわけないよね。身長的にも大きそっ………ってはい?興味?」
「?俺のちん×に興味あるんでしょ?」
「……………………………。」
何 故 そ う な る !!
「あああああ麻生君、何を勘違いしているか分かりませんけど、私あなたのその、ナニっていうか……とにかく!麻生君自身にひとかけらの興味もありませんから!!」
しかも先程、感違い発言をしていた時の麻生君がほんのり嬉しそうに見えたのは気のせいだと思いたい。
例えこの場で事の成り行きを見守っているクラスメイト達が気のせいに見えなかったとしても、私だけは気のせいだということにしておく。
さらに言うなら先程の発言で一つ気になる言葉があったような気がしないでもないが、この際そんなもの気付かないふりだ。
きっと彼は『松本“も”』ではなく、『松本“は”』と言ったのだ。
うん。そうに違いない。
「……………………照れなくてもいいのに。」
「違うっ!!」
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