ネトゲの嫁とリアルで会うことになった

九傷

ネトゲの嫁とリアルで会うことになった


 

 ネトゲの嫁とリアルで会うことになった。

 ラノベなんかではよくある展開だが、まさか自分にも発生するイベントだとは思っていなかった。


 会おうと言い出したのは嫁からである。

 これには正直驚かされた。

 何故なら、俺は嫁のことをネカマだと思っていたからである。


 ネカマとはネットオカマの略で、ネットでは実際の姿が見えないことを利用して女のフリをする男のこと指す言葉だ。

 つまり、俺は最初から男だとわかっていたうえで嫁にしていたのだが、結婚数年目にして嫁が実際に会いたいと言い出した。

 普通ネカマは、自分の性別がバレることを恐れ、リアルに関わる情報は極力相手に与えないものである。

 それが直接会うなど、普通はあり得ない。

 そう、あり得ないのだ。

 だからもし直接会えるのだとしたら、それは性別を偽る必要がないということ。

 本当に、女であるということを意味する。


 しかし、本当にあり得るのだろうか?

 俺が嫁を男だと思っていたのは、節々から感じ取れる男臭さからである。


 まず、嫁はゲームが上手い。

 これは偏見も入っているが、大抵の女性プレイヤーはゲームがあまり上手くない。

 下手とまでは言わないが、反応速度や視野の広さ、機転などが男性よりも劣っていることが多いのだ。

 その点嫁は、全てにおいて平均以上で、機転については俺などより余程利く。

 これだけでは男だとは断定できないが、男の可能性は大いにあると思っていた。

 それに、嫁はボイチャ(ボイスチャット)はしない派だ。これも疑う理由の一つである。


 決定打となったのは、嫁の趣味である。

 嫁の好きな漫画やゲームは、とにかく男が好むようなものが多い。

 漫画なら、ドラゴンボールは勿論のこと、特攻の拓やカメレオン、ろくでなしブルースといった不良漫画が好きで、ソシャゲのガチャで爆死したときなど「不運ハードラックダンスっちまった……」とか言っている。

 男の会話に合わせるために予習したというレベルではなく、しっかり読み込んでいないと出てこないようなネタも使いこなすため、恐らく本当に好きなんだと思われる。


 ゲームに関しては、エロゲーにまで手を出しているようだ。

 俺がポロっと漏らしたエロゲネタに食いついてきたことで発覚した。

 この時点で俺は、嫁のことを100%男だと確信したのである。



(それが、男ではないとなると……、一体どんなモンスターが現れるんだ?)



 俺は自分のことを陰キャのギリギリフツメンだと思っているが、その分人の見た目については寛容だ。

 余程のヤヴァイ見た目(マンモス級の巨漢とか)じゃない限り、拒否反応は出ないと思う。

 仮にモンスターだったとしても、性格が良ければ一日付き合うくらいは問題ないだろう。






 ……しかし仮に、ラノベのように美少女が現れたら?

 そんな淡い希望が、胸を過った。

 結果として俺は、見栄を張ってしまったのである。





 ◇





(人、多……)



 ここは東京都、新宿駅だ。

 俺はネトゲの嫁――ウララとの待ち合わせにこの場所を選んだ。

 理由はなんとなく、都会っぽいイメージが強かったからである。


 麗は俺が都民と聞いて、地元に遊びに来たいと言っていたが、俺の地元は東京でも23区外のド田舎だ。

 都外の人間は東京は23区だけを指すと思っている人間が多いが、東京には他に「多摩地域」、「東京都島嶼部」がある。

 これらの地域は東京でありながら都会というイメージはなく(一部は発展しているが)、端っこの方に至ってはほぼ田舎だ。

 遊ぶところなんてあまりないし、電車の本数も少ない。

 とてもではないが、人を招待するような場所ではなかった。


 だから俺は見栄を張り、新宿を地元として紹介するつもりなのである。


 待ち合わせ場所はJR東口改札を指定した。

 ネットでお勧めの待ち合わせスポットだったからだ。

 今はネットがあるので、知らない情報は検索すれば大体わかる。

 俺は予め情報を調べることで、今日の対策をしている。



(さて、黒い服に、頭に星の髪飾りをしているとのことだが……)



 一応時間前には来たが、それほど余裕を持って来れたワケではないので、もう待っている可能性はある。



 ツンツン



 柱の周囲をキョロキョロと探索してると、不意に背中をつつかれる。

 振り返ると、視界のやや下にキラキラとした頭が見えた。

 派手な頭だなと思ったが、よく見るとキラキラしているのは髪飾りである。

 細かい、複数の星の……



「もしかして、藤堂氏ですか?」



 声をかけてきたのは、キラキラの星飾りを沢山髪に付けた少女。

 服装は、黒のゴシックメタル風でありながらラフなスタイル……



「き、君が、麗?」


「はい、そうです!」



 麗は満面の笑みを浮かべ、そう返事をしてくる。



 ドクン……ドクン……



 心臓が静かに高鳴る。


 ストロベリーショートの黒髪に、キラキラとした複数の星飾り。

 目はパッチリとして愛嬌があり、鼻筋も通った整った顔立ちをしている。

 紛れもない美少女なのだが、その見た目はキャピキャピとした感じで少々ギャルっぽい。


 そう、麗はいわゆる、白ギャルだったのだ。


 あまりの衝撃に言葉を失っていると、再び麗がツンツンと腰の辺りをつついてくる。



「もしかして、見た目が意外でしたか?」


「え、あ、ああ……、その、想像していたのと違ったというか、凄くキャピキャピ感があったから……」



 俺の予測では、ゴブリン(♀)くらいのレベルかなぁと思っていた。

 美少女が来るかもしれないという淡い期待も抱いてはいたが、大穴くらいにしか考えてなかった。

 まさか、本当に美少女が来るとは……



「ハハハ! ですよね! 私も正直盛り過ぎたかなって思ってました♪」



 どうやら、麗もそれなりに気合を入れてメイクをしてきたらしい。

 実物はもう少し控えめなのかと思うと、変な安心感が込み上げてきた。



「それで、どうですか? 私、ブスじゃないですよね?」


「ブ、ブスなんてとんでもない! 滅茶苦茶可愛いよ!」


「あ、そうですか? 良かった~、旦那様にブスなんて言われたらショックで自殺してましたよ~」



 麗が左胸に手を置いてホッとしている。

 その手首には、大きなシュシュがついていた。



(おいおい……、その意味深なシュシュに自殺ってキーワードは胃に来るぞ……)



 俺はシュシュについては意識しないことにした。



「それで、藤堂氏って実際何歳ですか?」


「22歳だけど……」



 嘘をついてもしかたないので正直に答える。



「あ、やっぱり先輩じゃないっスか~! じゃあ、藤堂氏のことは先輩って呼びますね! ずっと藤堂氏って呼ぶのもアレっスから!」


「お、おう……」



 テンション高いな……

 いや、ゲーム内でも結構ハイテンションなことはあったが、むしろコレが素だったのか。

 幻滅するとかではないが、正直意外である。



「俺は何て呼べばいいかな?」


「麗でいいっスよ。本名なんで」


「っ! 本名で登録してたのか」


「ハイっす。ウチって基本ゲームは全部本名っスよ! その方がのめりこめるんで!」



 そういうタイプか。

 気持ちはわからなくもない。

 ただ、最近のゲームは基本音声があるから、名前を変えると違和感あるんだよな……



「……え~っと、それで、これからどうしようか?」


「ハイハイ! 私、歌舞伎町に行ってみたいっス!」


「か、歌舞伎町!?」



 いきなり歌舞伎町を指定されるとは思わなかった。

 一応チェックはしておいたが、お勧めの店などはチェックしていない。

 でも、まあ、行ってみればなんとかなるか……







(ここが、歌舞伎町……)



 都民でありながら、俺も来たのは初めてだったりする。

 何かと曰くつきの場所だし、特に用事がなければ寄ろうとは思わなかったのだ。



「おお、ここが歌舞伎町!」



 歌舞伎町に着くやいなや、麗はキョロキョロと周囲を見渡し、脇道に入っていこうとする。



「ちょっと待った! 人気のない道に入っていこうとするな!」


「っ! やっぱり、青龍刀持ったマフィアとかが出てくるからっスか!?」


「いや、そんなヤヴァイのは出ない。けど、危険に巻き込まれる可能性はあるからそういう道は入らないように」



 麗は何かのゲームか漫画の影響を受けてるのか、変な幻想を歌舞伎町に抱いているらしい。

 しかし、いくら歌舞伎町でも、現在はそこまで危険な町ではない。



「な~んだ~。それじゃあ、もうここはいいっス」


「おう。次はどこに行く?」


「先輩の家っス」


「っ!?」



 なん……だと……



「今日、ノートPC持ってきたんスよ! 先輩とLOやるために。ウチ、実家住まいなうえに壁薄いんで普段ボイチャできないから、今日は存分に喋りながらLOできると思って、楽しみにしてたんスよ!」



 LOとは、俺達がやっているオンラインゲームLast Onlineの略である。

 決してロリの方ではない。

 しかしそうか……、麗は半日以上LOに接続しているようなネトゲ廃人である。

 たとえ一日と言えども、ログオンを欠かすワケがなかったのだ。



「え~っと、それじゃあ、ネカフェとかは」


「それじゃお喋りできないじゃないっスか!」



 確かにそうだが……

 いや、もういいか、正直に話して。

 どうやら麗は、都会には興味ないみたいだしな。



「実は……」





 ◇





「おお! ここが先輩の地元っスか! ウチより田舎っスね!」


「だよな。これじゃ東京になんて絶対見えないよな」



 ここは多摩地域西多摩郡・奥多摩町。

 周囲には山しかない、東京の秘境である。



「空気が美味しいっスね~! ウチ、ここ好きっスよ! 正直人が多いところはキツかったっス」



 俺も同感である。



「だな。別に都会じゃなくても、ネット回線通ってて、コンビニさえあれば生きていけるし」


「流石私の旦那様! 気が合うっスね!」



 俺達のような陰キャに都会は似合わない。

 こうやって山奥に引きこもって、ゲームでもしているのが一番性に合っているのである。



 その後、麗を俺の部屋に招き、いつものようにLOに興じた。

 初めての音声有りプレイは、二人のゲーム熱に火をつけ、瞬く間に時間が溶けていった。

 気づけば夜も更け、そして……



「あ、もう電車ないっス」


「え……」



 ゴクリ




 ――第二回戦が始まるのであった。

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