エピソード8:黒田茜の焦り
(黒田茜視点の章です)
そこそこ、苦労しないで育ってきた方だと思う。家庭環境も、自分の体も外見も性格も勉強や運動の能力も、特に何も欠けてない代わりに、特別何も秀でてはいない、みたいな。
人付き合いは苦労しなかった。苦労というか最低限の手間を普段からかけておかないともっと面倒な目にあうという経験談から、慣れてしまっただけとも言える。勘違いした男から言い寄られるのまで含めて必要経費みたいなものだった。
高校は、一番近かったから選んだだけで、一年目は特別な存在に出会えなかったけど、二年になって同じクラスになった
だから、唐突なデスゲームが始まってしまい、見知らぬ異世界の神様の一人から加護とやらを与えられた後、一番に気にしたのは、
私なんかに加護を与えてきたのは、嫉妬の女神だった。どうして私を選んだのか訊いてみたら、素質があると言われた。個別面談は本当に必要最低限の話で済ませた。抽選会場で有用なスキルを得る為に。
加護のユニークスキルは、嫉妬の女神らしく、想い人の位置を把握出来るというものだった。好都合だと思った。狙い通りにスキル:魅了を得た後、物陰に潜みながら
いずれ加護のレベルが上がれば、
こいつが生き残る限り、私は絶対に最期の二人になれない事が確定していた。ダメもとで色仕掛けもしかけてみたけど、やっぱり失敗して下手すればその場で殺されていた。このままおこぼれを待っているだけじゃダメなのが再確認出来たのは良かったけど。
そして二日目。朝から、昨日逃げられた相手を追おうと主張したのに、
お昼が過ぎてから事情が変わってきた。第三者のメダル持ちが、今日は北門の先に向かった
私はそれはもう必死にアピールした。この一枚を逃せば、次の一枚を私が手に入れる機会は大幅に遅れる。
「アヤっちが心配じゃないの?」
と食い下がる自分には、
「綾華にはもう二人の協力者がいるんだ。すでにレベル上げも出来てるみたいだし、心配するなら相手の方だろうね」
「ね、お願い!ここで私がメダルをゲット出来なかったら、最初の一ヶ月で一枚もゲット出来ずにランダム対戦に放り込まれるかも知れないんだから!あなたも私が生きてた方が便利かも知れないでしょう?!」
「一理あるかもね。だけど、それでも、ぼくは昨晩カッコつけて彼女と分かれたばかりなんだ。それに、君が試しそうな事もわかってるのに、綾華に君を近づけたがると思うかい?」
「思わないけど、でも、そしたら止めればいいじゃないの!私が欲しいのは、昨日逃がした奴のメダルで、アヤっちのじゃないわ」
「どうだか。君は、ぼくへの対抗手段とする為なら、迷わずに綾華を魅了しようとするだろ?」
「そのそぶりが見えたら、私の首でも何でもはねればいいじゃない?」
「冗談で言ってるんじゃなさそうだな」
「当たり前よ。私を何だと思ってるのよ」
憤慨したけど、冒険者達に軽くスキルを使うだけで、みんなぺらぺら教えてくれた。その情報を元にオークの群の狩り場へと近づいていき、そして寸前で
それでも、絶望するにはまだ早かった。屈強なオーク達の背後に
私は、これが好機だと思ってしまった。このオーク達を支配下に置ければ、
そう思ったら、もうスキルを行使してしまっていた。
相手のレベルやランクが私よりだいぶ高いせいだろうか。魅了しようとしたオークが私をにらみつけてきたから、私は焦って周囲のオーク達を魅了しようとした。目に意志の光があるオーク達には、やっぱり魅了が通じなかったけれど、野性味が強いというか理性が薄そうなオークが何匹か、私に魅了された。
呼吸を荒くして、だいぶ興奮していた。私は、自分の背後にいる
「ちょっ、待ちなさい!何を・・・、し」
ようとしているのかは、誰の目にも明らかだった。私の着ていたローブもその下の制服も、まるで薄い紙を裂くように破られた。オーク達の力が強すぎて、私を奪い合うオークのバカ力であちこちの骨が折られた。
両足を別々のオークに持たれて引っ張られた時、あ、これ、死んだわ、と覚悟した。次の瞬間、両足の股の関節が外れてはいたけど、私を襲っていた三匹のオークの首が宙を舞っていて、私は支えを失って地面に落ちた。
「やっぱり裏切ったんだね、黒田さん」
言い返そうとしたけど、口から出たのは自分の血だけだった。
「その女はアヤの配下に手を出して自滅した。なら、その女をどうするか決める権利を持っているのも彼女だ。お前ではない」
「・・・昨晩ドア越しに話した人だね。後ろにいるのが連れという女性か。確かにあや、いや七瀬さんは良い人達を味方につけたようだね。ぼくでも、あなたに楽に勝てそうには思えないよ」
「七瀬さん。黒田さんが持っているスキルは、魅了だ。君の方がだいぶレベルは高いだろうから
「1/2くらいの確率だったけど、やっぱり持ってたのか。情報提供ありがとう。お礼は言っておくわ」
「ここで殺すのかい?」
「彼女の加護やスキル次第かな。魅了は、声だけでも発動するの?」
「いずれはそうなるのかも知れないけど、今は視線みたいだね。目を合わせた相手を、瞳から怪しい光を放って魅了するんだと思う」
「詳しいわね」
「こっちに来て黒田さん見つけて即座に使われたからね」
「で、あなたは状態異常無効持ちと」
「うん」
「じゃあ、当面は、クロっちは目隠しした状態でキープかな」
「来月分として?」
「出来ればね」
「目隠しというか、目をつぶっててもステータス画面操作は出来る。メッセージ送信とかも出来るだろう。つまりどこかに閉じこめてたとしても、どこかから黒田さんか君狙いの連中がやってこないとも限らない」
「う~ん、危ないかも知れないけれど、待ちかまえて迎え討てる方が私には好都合かも」
「確かに、メダルの反応は感じられても誰のかまではわからないなら、囮には使えるかもだけど」
「スキル:自動マップとかなら、どこに誰がいるか知られちゃうかも知れないけどね。鑑定スキル持ちなら、直接見られた時点で情報はまる裸にされるかも知れない」
「なら、やっぱり殺しておいた方が安全じゃない?」
「た・・・す、け・・・・て」
何とか、言えた。
哀れを誘えたのか、
私は苦しげにせき込みながら、出来るだけ弱って瀕死の体を装って、実際このままここに放置されたら死ぬしかないのも事実だったけど、最期に残された機会に残りのMPを全てつぎ込む覚悟をした。さっき魅了を抵抗されたオークも、
私は地面に視線を伏せながら待ち、私の傍らに
「さすがだね、七瀬さんは」
ぷーくすくすと笑いだして止まらなくなった
私はオーク達にうつ伏せにされた上で目隠しをされてしまった。何も見えなくされた私に、
「チャンスを上げるわ。これからオークの村に攻め込まないといけないから、あなたにはオークの目を引くオブジェになってもらう。それでも生き残れたら、あと一ヶ月はあなたを生かしておくか考えてあげる」
「オブジェって、何・・・?」
「すぐにわかるよ」
確かにすぐわかった。オーク達が木を倒す音がして、組まれた何かに私はくくりつけられたらしい。私はそれから宙に掲げられたのを感じた。たぶん、オーク達の背丈よりも高い、地表4、5メートルくらいの高さの十字架に。
「輝人。あなたの情報に助けられたのは確かだから、クロっちの護衛をさせてあげる」
「面倒見させるなら、もう少しご褒美が欲しいな」
「オークの経験値とかを分けて上げるのがご褒美でなくて何なの?」
「だったら、せめてもうちょっといい武器とかもらえないかな?あのでっかいオークが持ってるようなのはぼくには扱えないだろうけど」
「あげない。あなたを中途半端に脅威にしたくないから」
オークの村に運ばれるまでに、何度か治癒魔法をかけてもらったらしく、傷の痛みは若干和らいだ。
そこから先は、目隠しをしてもらっていて良かったと思えるほどの阿鼻叫喚な地獄絵図が展開されたらしい。私はなぜか
私を巡ってだかどうかはわからないけど、興奮したオークの声がたくさん聞こえた。彼らを二度と魅了したいとは思えなくなった。
少しだけ、彼女が妬ましくなった。
だけどそんな思いに集中できるほど周囲は平和ではなく、私がくくりつけられた柱がどこかへ運び去られようとして、誰かがその運び手を倒してくれたのか、私は地面に強かに打ち付けられて死ぬかと思ったけど、何とか生きてた。一応、さっきと同じ治癒魔法もかけてもらえた。
その後しばらくして、たぶんさっきの一番強そうなオークが雄叫びを上げて、もう片方を圧倒し始めたのか、私の周囲からだんだんオークの声が離れていった。やがてどこからも断末魔が聞こえなくなったら、
「生き残ってるみたいね」
「お役には立てたのかしら?」
「少しはね」
「一ヶ月は生かしてもらえるのかしら?」
「条件次第では、もうちょっと延ばしてあげられるかもだけど」
「どんな条件でも飲むわ。生かしておいてもらえるなら」
「残念だけど、もうクロっちは条件を提示できる立場にはいないの。わかってね。
じゃあ、輝人。彼女の護衛よろしく。私はここの後片付けとか報告とかで忙しいから」
「殺しておかないでいいの?どんな神様の加護をもらってるかわからないのに?」
「輝人は状態異常無効を持ってるから、何も心配しないでいいんじゃない?街で彼女をキープしておける何かを見つけられなかったら、ちゃんと処理するわ。だから、手荒な真似をしてもいいけど、殺しちゃだめよ」
「不必要に手出しはしないよ。何が加護とかのトリガーになるかわからないんだし」
私はようやく縛り付けられてたたぶん十字架から解放されて、
私は、無力な私を嘆いた。
それに比べて、私は・・・・・。自分に対する失望感と、相手に対する羨望感とで、頭の中がごちゃごちゃしてきた。
やがて、嫉妬の女神ジザームの声が聞こえてきた。
<そう、それが嫉妬という感情です。その感情を大切に育てなさい>
――下手すれば今日か明日にでも殺されちゃうかも知れないのに?
<そこは私とあなたの運次第、というか今の主神の気がどう移ろうか次第で、気にしても仕方ないわ。あなたにはあなたに出来る事をなさい>
――
<私はこれでも神なのですよ?あなたが嫉妬という感情を理解し、妬む心を育てられるかどうかで、あなたの生存率は変わってきます>
――そんな理性的に振る舞って欲しかったのなら、私がオーク達を魅了しようとした時に止めてくれれば良かったのに。
<そうする事は可能だったでしょう。しかしその場合、あなたに残されているのは最悪の可能性のみでした。まして、あなたは嫉妬の感情の何たるかを身に染みて覚えようとはしなかったでしょう>
――その学習が無駄に終わらなければいいんだけどね。
<あなたと私の運次第です。目隠しされたままで暇で死にそうなくらいなら、ずっとお祈りでもしてて下さい>
――私をこんなクソな世界に拉致してきた誰かに祈りたくはないな。
<神に頼りたくないというのならそれも一興でしょう。でも、あなた自身の力だけで、あなたを助けられるのですか?>
――出来ないよ
<だったら、せめて今の自分の惨めな立場を悔い、自分をその立場に貶めた者を憎み妬みなさい。あなたの力が増すのはそこから>
嫉妬の女神ジザームの声はそれから途絶えてしまった。
嫉妬、ねぇ。誰かを羨む事が今まで無かった訳じゃないけど、羨んでも何にもならないってのは明らかだったから、あきらめてた。
誰かを本気で好きになって、その誰かが私じゃない別の誰かを、て意味での嫉妬というのも経験した事が無いし、これからも出来るかどうかは不明。
まあでも、このまま一ヶ月目隠しされて殺されるのを待つだけなんて嫌だよね。うん、嫌だ。それは確か。嫌なら足掻いてみるしかないか。
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