エピソード6:事情の共有とオーク戦準備
「彼とは、知り合いか、それ以上の関係だったのか?」
「知り合い以上ではあったでしょうし、向こうはグラハムさんが想像してるような関係になりたがってましたけど、私は願い下げしました。ただ、ご近所で育った幼なじみってだけの関係を特別に捉えすぎた感じです」
なぜか、二人の表情がわずかに曇ったけど、私は気付かないふりをして続けた。
「二人の関係は一方的な求愛だとして、神様がどうこうとかって話は、いったい何なの?」
「私達の方こそ巻き込まれた側なので誰かにどうにかして欲しい口なのですが、新たな主神を決める戦いとか言ってましたよ。
神々が、私達の内の誰か一人を駒として選び、その加護を与え、最終的に最後の一人になるまで殺し合わせ、最後の一人を選んだ神様が次の主神になるそうです。選ぶんだったら、自分の世界の人間とかから駒を選んでくれてたら、私達は巻き込まれなくて済んだんですけどね」
「アヤやその周囲の人達は、神々に出会ったというのか?」
「全身白タイツののっぺらぼうって感じで、神様って感じはしませんでしたけど」
「いや、それもちょっと信じられないくらいなんだけど、アヤ達は、別の世界から召還されたの?」
「召還というか拉致でしょうね」
「何か、異世界人だという証はあるのか?」
「最終的には信じてもらうしか無いでしょうけど、例えば、こんなのどうでしょう?私達が通っていた高校の制服です」
私は複製ローブを脱ぎ捨て、その下に隠れてた円城高校のブレザーの制服姿を露わにした。
「確かに、どんな貴族でもこんな衣装は持ってなさそうね。ものすごく精緻に縫われてて、布の材質とかも少なくとも私が見た事も聞いた事も無いものだわ」
「お嬢様がそう仰るのなら、確かにそうなのでしょうね」
「グラハム」
「気を付けます。さて、ではアヤさんの事情だけ一方的に伺うのは不公平でしょうから、こちら側の事情もお話しすべきだと思いますが?」
「あー、無理に話して頂かないでも大丈夫ですよ。ここじゃないどこか、たぶん隣か、隣の隣の国辺りで貴族のお嬢様と従者かお付きの護衛の兵士だったけど、何らかの事情があって、追放?されて、その時の罰でグラハムさんは右腕の肘から先を失うだけじゃなく、二度と剣を握らないと誓わせられたか制約をかけさせられた?そうじゃないと、盾だけで戦うなんて無茶してなかっただろうし。
この街に流れてきたのもそう遠い昔じゃなくて、たぶん1ー2ヶ月前くらい?懐事情が厳しくなって冒険者稼業を始めてみたけど、そんなに稼げなくて、何度も危ない目にあいながら、オールジーさんだけならって引き抜きもあったけどグラハムさんの事情もあって断ってる内にろくな相手には誘われなくなった。あのレイグ達があれだけ強引な手を公然と使ったのも、オールジーさんを何とか自分達のパーティーに引き込む為だったんじゃないんですか?」
今日半日以上一緒にいて感じて考えた事を一息に話してみた。二人とも、大きく目を見開いて驚いてた。オールジーさんは口もぽかんと大きく開けてたけど。
「アヤは、読心のスキルでも持ってるんですか?」
「いいえ。神様の加護以外は、複製だけですよ」
「ほとんど、アヤさんが仰られた通りです。私とお嬢様は」
「これから微妙な雰囲気になったり妙な気を使わないといけなくなるくらいなら、無理に聞きたいとも思わないんですが」
「そうならないよう気を付けますので、聞いて頂けますか?」
「まあ、いいですよ。私はちょっと今夜の間に済ませないといけない事があるので、黙り込んだり、宙に視線や指先をさまよわせたり、いろいろ怪しい動きするかも知れませんが、どうぞ、話して下さい」
グラハムさんが概要を話し、オールジーさんが訂正をかけ、グラハムさんが再訂正をかけるというようなループがしばらくの間続いた。二人のどっちが悪くて今みたいな状態になったか、そのきっかけなんて、のろけ話でしかなくて、お砂糖をずっと耳の穴からつめこまれ続けてる感じだった。
メッセージや掲示板に書かれてる情報を斜め読みしつつ聞いた話を短くまとめると、こんな感じだ。
オールジーさんの本名はまだ明かせないけど、この国から三つ隣にあるヴィクシル大公国の中でも上の方の貴族の出だそうだ。大公の弟の子供と婚約させられてたけど、そいつがいろんな悪い噂を持つ酷い相手で、実際会ってもずっと年上で、十数人の妻を娶っては一方的に離婚して捨ててきたろくでもない奴で、そんな相手と一緒にされるくらいならと、オールジーは家を捨て国を捨てて逃げる事を決断。世間知らずの令嬢が一人でやっていけるほど甘い世の中でもないから、ほぼ相思相愛な淡い関係にいたグラハムに駆け落ちを持ちかけて、二人は脱走した。
家族も二人に同情的で見逃してくれたのだけど、婚約相手の追っ手にオールジーさんは捕まってしまい、彼女を助ける為にグラハムさんは少なくない相手を死傷させ、元婚約相手も傷つけてしまった。
そこから先は大公と弟との政治的な力関係や、オールジーの実家や親類が助命嘆願をしてくれたお陰で、二人は国から追放される事になった。国主の甥を傷つけた代償として、グラハムは戦士としての生命線となる利き腕を捧げ、二度と剣を握らないと誓わされた。
二人は、オールジーの実家からの餞別とかもあって、落ち着き先をゆっくり選べるだけの財貨は持たされて国を離れたのだけど、この街に来る手前の街で案内詐欺みたいのに引っかかって、大半の資金を失ってしまったそうな。あんなに親切そうだったのにと二人して悔やんでいたが、教訓にしてもらうしかあるまい。騙す事を宣言して騙してくるような親切な人はいないのだから。
この街に来るまでと来てからの話を聞き終わるまでに、たっぷり二時間以上は経過していた。
二人が過去話を終えてから私は問いかけた。
「ええと、その元婚約相手って人、オールジーさんの事を完全にあきらめてましたか?」
「元から、私の家からの持参金目当てで婚約したって言われてたし、悪い意味で女性には不自由してなかった人だから、あきらめたっていうよりはいらなくなったという方が当たってるんじゃないかしら」
「ですか。そしたら、まだ恨みを持ってて、二人を不幸にしようと企んで人を雇ってるとか、ありえそうですか?」
「ジグロドが執念深いのは確かだ。彼の誘いを断った女性やその伴侶や恋人が不幸な目にあっていたのは、故郷では有名な話だった」
「でもだからって、故郷からは馬車でも何ヶ月もかかる先にいるのよ?手紙で状況を報告したり指示を出したりするだけでも、すごい手間と時間とお金が」
「それを惜しむような誰かですか、その人は?」
オールジーさんは悲しそうに首を左右に振った。
「二人をはめたという親切そうな人がそうだったのか、今となっては確かめようがないでしょうしね。でも、身売り寸前まで行っていた二人が急激に持ち直したというのなら、すぐにかはわかりませんが、何らかの動きがあってもおかしくは無いでしょうね」
「無い、とは言い切れないわね」
「気を付けましょう。今まで以上に」
二人は気を付けていても、あの裏書きに気付かなかったか、証文の写しをもらってなかったりしたのだから、あまり当てには出来無そうだった。せいぜい私の目が届く範囲の出来事には気を付けておこうと心に決めた。
「じゃあ、そろそろ夜もいい時間ですし、明かりを落としましょうか。明日も朝から忙しくなる予定ですからね」
「そうね、アヤ。今日は本当にありがとう。あなたは私達を何重にも救ってくれたわ」
「まだ救えてないですよ。ちゃんとやりとげてからまたお祝いでもしましょう」
「そうだな。オークは強敵でもある、油断は大敵だ」
そうして二人がおやすみなさいの声をかけあって寝息を立て始めた後も、私はしばし掲示板の書き込みやディリジアとの脳内会話で情報収集をしながら、やがて眠りに落ちた。
翌朝。食堂で朝食を済ませ、武器屋「青竜の牙」に足を運ぶと、まだ早朝だというのに店は開いてたし、若旦那さんは寝不足の目をこすりながら私達を迎えてくれた。
「よお。やっぱり朝一に来やがったか」
「おはようございます。寝てないんですか?」
「お前達に物を渡したらしばらく寝る。そこの戦士」
「グラハムです」
「嬢ちゃんはすっぽ抜けてもいいと言ってたが、それも程度問題だ。調整してやるから付けてみろ」
興が乗ったから最後までノリで作ってしまったとか、そんな感じなのだろう。私は絵描きだけど分かる気はした。
「安いだけあって、装具も構造も単純だ。鉄鎧の籠手の肘当ての部品を流用して、その左右二カ所の鎖留の金具に鎖を通して留める。
余った長さの鎖は腕っていうよりは肩にかけておく感じになると思うぞ。手が無くて鎖を振り回せるのか、自分じゃ試せなかったしな」
装着はそう難しくないけど、私かオールジーさんが手伝う必要性はありそうだった。
「店の裏庭で試してみろ。オークの背の高さの棒人形も用意してある」
「ありがとうございます」
「礼はそいつを使いこなしてみてから言うんだな」
「わかりました。努力します」
「使い物にならんって分かっても払い戻しは受け付けられんがな」
「大丈夫です。使い物にしてみせます」
「だとしても振り回す鎖の長さは1メートルくらいから始めてみろ」
鎖は終点となる留め具から肩でぐるぐる巻きにされ、実際振り回す長さで折り返し延ばされた鎖が始点であり支点となる留め具にかけられて、肘先からは1メートルの長さの鎖を、その先端にある鉄球をグラハムさんは慎重に振り回し始めた。
「やっぱり、肩にかけてる鎖が重くて邪魔ですが、がんばります」
「おう。肘先が無くて1メートルのリーチだと、オークの上半身じゃなくて足の指先とか足首狙う方がまだ有効だろうな」
「でしょうね」
グラハムさんは振り回した鉄球を、オークの頭に見立てた兜を乗せた柱に何度も打ち付けた。見た感じ、1メートルでも十分に武器としては機能していた。そもそも、チェインフレイルでも、鎖の長さなんて50センチ無いくらいだったし。
それから鎖の長さをだんだんと伸ばしてみたけど、2メートルでぎりぎり使えるかどうかで、最大の3メートルだと全身の力を使わないと振り回せない感じだった。
「まぁ、お前さんはバカ力じゃなく技量で戦う系の戦士だろうしな。地道に力を付けながら鍛錬していくしかないだろ」
「そうですね、仰る通りかと」
「で、だ。俺を寝不足にしたのはもう片方だ」
「ええっ、もう出来たんですか?」
「お前さんが命の危険にさらされてるとか煽ったせいだな」
「その男なら昨晩会いにきました。話し合いだけで追い返せましたけど」
「ならいいが、ま、物は試しだ。お前さんにはこっちのがずっと合うだろうさ」
そうして鎖武器、チェインアームと若旦那さんは呼んでた、を外して、もう片方の装備品を持ってきた。
二本の紅い細い皮布の先に取り付けられた刀子と錘。皮紐の長さは50センチ程。それが皮鎧の肘当ての金具で留められてて、少し苦労しそうだけど、グラハムさんが片手で自分でも着脱できそうだった。
さっきよりはだいぶ軽快に、思った様に革紐を振り回すグラハムさんの面には、はっきりとした笑みが浮かんでいた。
「そいつで丸太を殴っても意味は無いだろうが、相手が剣士だったり、人間サイズの魔物なら、それなりに使える筈だ。
俺が実験台になってやるから、気を付けて扱えよ。俺にケガさせたら料金二倍にしてやるからな」
「はいっ!気を付けます!」
若旦那さんはにやりと笑い、腰に下げてた剣を抜いて、速くも遅くもない速度で剣をグラハムさんに向けて振るった。
グラハムさんは、盾ではなく、革紐を剣の軌道上に向けて振るい、剣身に革紐を絡ませて空中に固定した。
「すばらしいです。確かにオークみたいな相手には意味が無いでしょうけど、人間とかが相手なら!」
剣に絡んだ紐を外した若旦那さんが、さっきよりも速い速度で切りかかると、錘の方の紐で剣をからめ取ってから、もう片方の刀子の紐の方で攻撃するそぶりを見せたところで、若旦那さんは剣から手を離して身を引いた。
「ああ。どうして革紐が二本なのか。どうして錘と刀子なのか、作ってみるまでわからなかったが、嬢ちゃん、やるな」
「どうやってこんな物を思いついたのですか?」
「さあ。なんとなくな勘ですよ。残念ですが今日はオーク狩りですから、さっきのチェインアームにまた戻したら出発しましょう。
若旦那さん、すばらしい出来の武器というか装具をありがとうございました。これ、残りの半金です」
「確かに受け取った。どっちもだが、まだ原型だ。それでも、片腕を失った連中にとって、かけがえのない存在になれる可能性を秘めてる。お前さんの手柄だよ」
「大げさですよ。でも、誰かの助けになれたのなら、うれしく思います」
「それは間違いない。だから、気を付けて行ってこい。ちゃんとまた顔を見せに来いよ」
「ええ。また何か思いついたら作ってもらいに来ます」
「約束だぞ?」
「はい。装具が活躍出来たら、ちゃんと宣伝もしますから、楽しみにしてて下さい!」
そうして、昨日は東門から出たけど、今日は北門の先の森へと向かった。
「こちらの方の先にいるのがオークの群の依頼の対象だけど、先ずは常時依頼の群じゃない方でスケッチを済ませておいた方が良くないのか?」
「ベテラン組ならそれなりに割のいい依頼なんでしょう?なら、他人が戦ってるのを探して、そこをスケッチさせてもらえれば手間が省けますし、別の門の先にいるところから移動してくるのも二度手間になりますからね」
「そう都合良くいくかしら?」
「大丈夫ですよ」
そして北門から一時間以上移動した先の道ばたに看板が立てられていて、この先オークの群の居留地あり。群の討伐依頼を受ける冒険者は居留地手前にある冒険者ギルド出張所で登録を受けてから狩りを始める事!と書かれていた。
獣道みたいなか細い道を進んでいくと、掘っ建て小屋が建てられてて、その周囲は土塁と逆木を組み合わせた簡易的な防壁で囲まれていた。その上には見張り役なのだろう人達が5人くらいいた。
私達がたった三人で、それもランクは銅が二人と石が一人という事で渋られたけど、昨日の半日でどれだけ敵を倒して稼いだのかをアピールして、何とか先に通してもらえた。
去り際に、私がモンスターテイマーみたいな能力を持っている事もさりげなく伝えておいた。それなりの人数の冒険者が入り込んでる場所なら、私達と行動を共にするモンスター達の姿はきっと目立つし、誰かは報告するだろうからね!
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