Case.2-3 猫アレルギーの彼女

 彼女と何気ない会話をしながら歩いていく…。

 楽しいと思っている自分がいることに自分が一番驚いている。


 古びた鍵穴に鍵を刺すと一階のエントランスのドアが『キー』という音を出しながら開いた。エレベーターは最上階で止まっていた。僕がボタンを押すと、ゆっくりと一階に降りてくる。その間、僕らは階を指す数字が付いては消えるところを無言で眺めていた。


 「僕の部屋は五階なんだ」

 「へぇ、いいな〜。私は一階なんですよ。上の階って景色いいでしょう?だから憧れるんだよね…」


 薄い光が灯る廊下を歩く。電球が切れているのだろうか?一つがチカチカと点いたり消えたりしている。

 部屋の前に立ち、部屋の鍵をバックから取り出す。鍵を差し込み時計回りにクルッとまわすと、『ガッシャン』と音が響いた。

 その時、彼女の喉が「ごくり」と音を立てたような気がした。


「どうぞ」

「お邪魔します…」


 さっきまでリビングのソファの上で寝ていたであろうニーが走って玄関まで僕を迎えに来た。


「ニー、ただいま〜。今日はお客さんがいるよ。挨拶しような」


 僕が、そういうとニーは彼女の方をチラリと見ると今度はゆっくりと尻尾を揺らしながらリビングに戻っていった。

 彼女は、その後ろ姿をじっと見つめている。


「どうぞ、上がって」

「…、あっ、はい。お邪魔します〜」


 彼女からさっきまでの元気がなくなっているようだが、一体どうしたのだろうか?


「まず、台所使わせてもらいますね。ご飯を食べたあと、ニーちゃんをじっくり見させていただきたいです」

「うん。ありがとう。ごめんね。急に来てもらってご飯まで作ってもらっちゃって」

「いいの。だって、私が好きでやってるんだから。それに、まっ…ね」

「なんなの?気になるなぁ」

「ごめんごめん。何にもないって。じゃあ、最初はチャーハンを炒めますよ。といってもこれも冷凍チャーハンだけどね」

「へぇ〜。こういうのがあるんだ」

「そうそう。だけどで、ちょっとした手間を加えるだけで抜群に美味しくなります。例えば、まずフライパンに卵を入れて、ネギを入れてかき混ぜる。そこに冷凍チャーハンを投入〜。ほら、良い感じになるでしょう」



 そうして、暫く彼女の横で何気ない会話をしていたら、あっという間にテーブルの上には美味しそうな料理が並んだ。


「さぁ、食べましょう」

「うん、ありがとう!美味しそう〜〜!」


 美味しそうな匂いに吊られたのか、ニーもいつの間にか僕の膝の上に陣取って、隙あらばテーブルの料理に口を付けようとしている。


「ほら、だめだめ。舐めたら駄目だってば」


 僕は、ニーを抱きかかえるとそっと床に降ろす。

 だが、何かの反復練習みたいに降ろしても降ろしてもテーブルの上に乗ってくる。


「あー!!!もうっ!食べれないよー。このままだとさ〜」


 ふと彼女を見ると「ふふふ」と笑いながら、ニーと僕のやりとりを見ている。

だが、なんだか彼女の顔から冷や汗が出ているような…。

 僕は、ニーにマグロ味のチュールを献上すると、ニーはチュールに釘付けとなった。


「なんかごめん。大丈夫。もしかして、料理して疲れたとか?顔色が悪いように見えるけど」

「ううん。大丈夫。くしゅん。くしゅん」


 彼女は大きなくしゃみを二回した。


「ご、ごめん。食事中なのに。くしゅん。くしゅん」

「落ち着いて、大丈夫だよ。はいティッシュ」


 差し出したティッシュボックスの中から数枚取った彼女は、「ちーん」と鼻をかんだ。男の僕と違ってなんて可愛らしい音なんだろう。そんなことを考える僕は普通じゃないのだろうか…。


「ごめんなさい。食事中に…」


 そう言うと彼女は、カバンの中から何か薬を取り出すと口に含んだ。


「家で飲んできたので大丈夫と思ったのだけど、やっぱり余り効かないんだ…」


 独り言のように呟く彼女。


「あの、もしかしてだけど…。ニーが苦手とか?」

「ううん。違うよ。私、猫ちゃん大好きだもの。ずっと家でも飼っていて…。今はもう死んじゃっていないけど、ミーコという雑種だったんだ」

「でも、その顔色とか、くしゃみとか、急に…。あっ。もしかしてアレルギー?」


 彼女は、しまったというような表情を一瞬した後、吹っ切れた表情でこう言った。


「私、猫アレルギーって診断されてしまって…。命の危険とかそういうのはないんだけど全身が痒くなったりくしゃみが止まらなかったり、頭が痛くなったりという症状がでるみたい。でも、猫が凄く好きなの。だからとっても辛い…」


 彼女の両目からは、ぽろぽろと涙が落ちる。

 僕はもう一度ティッシュボックスを渡す。


「じゃあ、薬とかもそうだけど、色々試していこうよ。ゆっくりとね」

「うん。ありがとう」


 こうして僕は、平山未歩という猫アレルギーを持つ女性とニーを通じて繋がる事になった。

 後に柳瀬から聞いたのだが、僕に会いたいと彼女から柳瀬にお願いしてきたらしい。こんな僕の事に興味を持って貰えるなんて本当に世の中変わった人もいるもんだ。


 今日も彼女はニーとにらめっこしている。

 新しく変えた病院で処方してもらった薬が効いているようで、前よりくしゃみも激減した。ただ、まだ抱っこはできないようだ。抱くと蕁麻疹みたいなものがでて、抱いたところが赤くなるらしい。

 まあ、気長にやっていこうよ。僕らの時間はこれからも沢山あるから。



Case.2 猫アレルギーの彼女

終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る