Case.3-2 ショーケース

「来ないよね。あの人」


 私は、今日もナミに話しかける。

 彼女はそんなこと気にしてないようなふりをしているようだが、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。


 ナミを自分の家族に迎えたいと言ったあの男性。

 あの人は今、どこにいるんだろうか?

 まだ、遠い現場での仕事で、ここに来たくても来れないのだろうか?

 

 あの純粋そうな瞳…。私はどうしても彼が嘘をつくなんて思えなかった。きっと、迎えに来てくれる。そして、ナミを幸せにしてくれる…。そんな気がした。


 だが、私の思いとは裏腹に、季節はいたずらに過ぎていく…。

 秋が過ぎ、冬が来て、そして春が来た。

 ナミも今年でもう五歳になる。成猫の成約率はとにかく低い。可愛い盛りの動物たちと過ごしてみたいというのは悪い事ではないと思う。だから、ナミが売れ残っているのはこの店を訪れる客のせいではないのだ。


「にゃぁ〜」


 いつもは鳴かないのに、ナミが心細そうに小さく声を出した。


- - - - - - - - - - -


「明日、本社から部長が来るんだって」

「なんだろう?もしかして閉店とか?」

「隣駅のショッピングモールにお客様獲られちゃったからね」


 など、色んな噂が出ている。


「あっ、ちょっといいかな」


 さっきまで、事務室にいた店長が私を手招きしている。


「はい、なんでしょう?」

「とても言いにくいのだが、ここの店は来月の二十日で閉店し、隣町のショッピングセンターに移転することになったんだ」

「えっ、そ、そうなんですか?」

「まぁ、これだけ売り上げが落ちたらそうなるだろうな。で、リニューアルオープンをする際の目玉として、一歳から三歳までの動物たちをメインに販売するそうだ。だから、今いる四歳以上の犬猫は、無料で貰ってくれるという施設に渡すことになったらしい」

「えっ!?」

「本社からのお達しだ」

「なっ。どうなるんですか?この子達は?」

「分からない。僕にも…」

「店長、いやです。もしかして殺されるかもしれないじゃないですか?なんとかならないんですか?もっと値段を下げたら売れるかもしれません。すぐに値引きしましょうよ」

「すまん、これはもう決定事項なんだ」

「いやです。絶対いやです!!」


 私は、泣きながら店を飛び出した。



『ナミを幸せにしてくれると思ったのに、あの人は今、どうしているんだろう?』


 店長から閉店のことを聞いた私は、次の日溜まりに溜まっていた有休をもらい、一人、しーんとした部屋でずっとあの男の人を思いだしていた。

 工事現場で働いている割には華奢な身体。ニッカポッカのズボンで隠してもウエストの細さはすぐ目に付いた。もしかしたら私よりも細いかもしれない…。ナミのこと、迎えにくるって言ってたくせに。あれは、ただのサービストークだったのだろうか?それとも軽い気持ちで吐いた言葉だったのだろうか?


 いや、そうじゃない。ナミを見るあの優しい目を私は忘れることが出来ない。あの表情をする人に悪い人がいるわけ無い。私はあの人を信じる。ちょっと不細工で甘え下手なナミをきっと迎えに来てくれるはずだ。

 まだ、来月二十日までは日もある。待とう。あの人が来るまで。ただ、待とう…。



 そうこうしている間に、いよいよ最終日となった。

 結局、あの男の人は来なかった。私はずっと信じていた。信じていたのに…。


 やっぱり、みんな可愛くて甘え上手な子が好きなんだよ。ナミにも私にも星の王子さまは現れない。そういう現実を突きつけられ、私は重い足を引きずりながら皮肉にも大混雑している最終日の店内で涙を流した。



- - - - - - - - - -



「こら、ナミ!駄目じゃないの〜。これは私のご飯なんだから、テーブルに乗ったら駄目だってば」


 今日の夕飯は塩鯖にしたのだが、その匂いに釣られたのか、ナミがいたずらっ子に変身している。いつもはとっても良い子なのに…。ほんとにもう!ふふふ。私は自然と笑みがこぼれる。


 最終日、私は、店長にお願いして、ナミを購入させてもらった。

 このままんナミをどんなところかも分からない業者に引き渡すなんてできなかったのだ。一度は幸せをつかみかけたナミ。だとしたら、せめて私が彼女にもう一度夢を見せて上げてもいいのではないかと思ったのだ。


 明日は、いよいよ新店オープンだ。改装期間に時間を費やしたが、それだけ気合いが入った店になっているはずだ。一人でも多くの方に幸せを届けられるように私も頑張らないと…。



「いらっしゃいませ!!本日、オープニング記念でペットフードが三割引です。この機会にまとめ買いをしてみてはいかがですか?」


 凄い…。今まで経験した一日の接客数をなんと午前中だけで上回るほど大盛況の店内。若い犬と猫に絞った展示は、皮肉にもお客様にはウケているようだ。


 その時、後ろから「すいません」と声が聞こえ、私は振り返った。


「あっ」


 そう、そこには、ナミちゃんを家族に迎えたいと言っていたあの男性がスーツ姿で立っていた。相変わられず細いが顔色は悪くない。


「あの、覚えていただいていますか?以前、ナミちゃんを…」

「お久しぶりです…。元気そうで…」

「あっ、良かった」


 こわばった表情がぱっと崩れる。


「あの、ナミはナミちゃんは…。ナミちゃんは、もう誰かが買って行きましたか?」

「えっ。あ、ナミちゃんですよね…」


 彼は、若いペット達が入っているショーケースをさっと横目でみると、はぁーとため息をついた。


「実は俺、現場で怪我をしてしまったんです。落ちて来た木材を避けきれずそれが足の上に落ちて、全治三ヶ月だったんです。それからリハビリが始まって…。ナミちゃんのこと、すごく気になっていたんだけど、入院してるんで部屋に迎えられないし…と悶々と毎日を過ごしていたです。先週、漸くリハビリが終わったので、 店に伺ったらもぬけの殻で…。ショッピングセンターの受付で聞いたら、こちらに移転したということなんで、慌てて来たんです。でも、遅かったみたいですね…」


 彼は、とても哀しそうな目をして俯いた。


「あの、ナミちゃんを家族に迎えた方って優しそうな人でしたか?」


 突如、その男性はそう言った。私はどう答えていいのかよくわからない。


「えっと、まぁ、優しいのかな。その人もナミが家に来てとっても楽しんでいるみたいです」


「あー、良かった。そうか、そうか。良かった。本当に…。俺じゃなくてもいい人に迎えてもらってナミちゃんが幸せになってくれればまだいいかな。でも、会いたかったな。本当に…」


 もう、隠しておけなかった。


「あのっ。実は、ナミちゃんを買ったのは私なんです」

「えっ!!!!!」

「そう、だって、貴方のような優しそうな人に一度は幸せにしてあげると言われたのに、叶わなかったらかわいそうじゃないですか。だから、私が精一杯ナミちゃんに愛情を注ごうと思っていますから、安心してください」


 彼は、私の顔をじっと見つめている。

 あれ?今日、私、ちゃんと化粧してきたよね?


「ご迷惑でなければ、一度お邪魔してもいいでしょうか?俺、ナミちゃんに会いたいんです。我が儘だとは思いますが。美味しいケーキとチュール買って行きます。だから…。駄目ですか?」


 そんな目で見られたら断れるわけないじゃない?


 彼は今、どういう職についているのか、住んでいるところはどこなのか?電話番号は?ラインは?なぜナミちゃんがいいの?


 聞きたい事は山ほどある。

 うん、そうだ、彼が来たらとっておきの紅茶を開封しよう。そして、美味しいケーキを食べ終わったらナミちゃんと追いかけっこをして三人で遊ぼうか。


 きっと、いつもより素敵な時間が私に降り注いで来るに違いない。

 ナミちゃんが運んできた暖かい時間を私はずっと大事にしていきたい…。

 

 私は、ちょっと照れてる人の良さそうな顔を見上げながらそう思っていた…。




Case.3 ショーケース

終わり




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