人の不幸の上に成り立つ願い

折原さゆみ

第1話

 僕は人には言えない特別な能力がある。しかしそれは、どうやら他人の不幸の上に成り立つ能力らしい。その能力が最初に発言されたのは小学校一年生の頃の出来事までさかのぼる。


『かけっこで1ばんになりたい』


 それは、小学校1年生の運動会でのことだった。1年生の秋に行われた運動会でそれはおこった。


 運動会での目標を書こうということになり、皆、思い思い、自分の目標を紙に書くという作業があった。僕はその時、クラスで2番目に足が速い児童だった。いつも、1番になる子がいて、その子にはどうしても勝つことができずに、ずっと2位のままだった。だからこそ、運動会ではそいつに勝って1位になりたいと思うのは自然なことだろう。


 だからこそ、僕は紙に『1ばんになりたい』と記入した。誰も僕の目標に文句をつけるものはいない。


 運動会当日は、雲ひとつない快晴だった。1年生は50mを走ることになっていて、僕は1位の男子と同じ組で走ることになっていた。


「今日は絶対負けないからな」


 僕の出番は3組目で、すでに1組目はスタート位置についている。隣にいた1位に君臨する男子に宣言するが、返事がない。いつもなら、「バカな奴だな。今回も1位は俺だ」とか言って、自信満々に僕を馬鹿にするのに、おかしい。ちらりと男子の顔を覗くと、なぜか顔色が真っ青で今にも倒れそうな様子だった。


「お前、そんな調子で走れるのか?」


 正直、万全の体調で相手に勝たなければ勝っても面白くない。それなのに、奴は気丈にも絶対負けないと言っていた。


「位置について、よーい、ドン」


 そうこう言っているうちに僕たちの出番がやってきて、すぐに50m走は始まった。


 スタートが苦手でいつも、少しだけで贈れてしまう僕だが、今日に限ってスタートは大成功だった。無我夢中でゴールに向けて足を動かしていく。みるみる周りの児童が視界から消えていく。


「1位、おめでとう」


 50mなど、時間にして10秒少しで走り終えてしまう。時間としては一瞬だ。すぐに勝敗はつく。


 ゴールまで走りきると、係りの人が順位を教えてくれた。僕はこの時初めて1位を取ることができた。後ろを振り向くと、いつも1位の男子は2位の順位の場所に並んでいた。


 これは後から聞いた話だが、その男子のおばあちゃんが運動会前日に急に部屋で倒れてしまったらしい。すぐに救急車が呼ばれ、病院に搬送されただが、危篤状態になってしまったようだ。男子は両親と祖父母と一緒に住んでいて、大層なおばあちゃん子で有名だった。そのため、倒れたことがショックで顔色が悪かったみたいだ。


 そのまま、そいつのおばあさんは運動会の翌日に亡くなった。あまりのショックでそいつはしばらく学校に来なかった。


 まあ、そんな不幸が自分の書いた目標で起こった悲劇だと思う奴は普通いない。ただの偶然だと思うはずだ。しかし、その後も同じようなことが何度も続いていく。


 自分が書いた目標が現実となる。かけっこの順位、テストの順位、大会での成績、様々なことがあった。どれも相手がいてその相手が不幸に見舞われることで願いがかなった。そして、それは必ず、相手の身近な人間の死だった。身近な人間の親戚、大事なペットなどが死んでいく。


 自分が書いたことが現実になる。そして、その願いの代償に誰かの命が犠牲になる。


 だとしても、僕はこの能力を使わない手はないと思った。相手が死んだとしても、どうやっても自分が犯人になることはない。僕が殺したという証拠がないからだ。僕の願いがかなったとして、悲しむのは僕のライバルたちだ。ライバルたちが悲しむことに僕が心を痛めることはない。今まで紙に書いた目標で僕の直接の知り合いが死んだことは一度もなかった。


 中学校での高校入試でも僕は、自分の能力を使うことにした。どうしても行きたいというわけではなかったが、両親がうるさいので、第一志望の高校に行きたかった。高校などどこでもいいと僕は思う。とはいえ、進学の費用を出してくれるのは両親なので、両親の言うことに従うのは自然なことだ。


 高校入試で犠牲になったのは、クラスの室長だった。僕の両親は僕を進学校と呼ばれる頭の良い学校に入れたがった。中学三年生のクラスでの室長は、僕と同じ志望校だったので、運が悪かった。そいつもまた、受験日の前日に自分の恋人が急に倒れたらしい。突然の心臓発作ですぐに死んでしまった。


 ライバルを一人、蹴落としたことで合格者の枠が一人増えたというわけだ。そいつは普通に勉強していれば合格圏内だったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る