第10話 バターを作る。そして…

 いつものように僕は朝から畑作業を手伝っていた。この村ではジャガイモのような穀物が主食だ。ジャガイモは年中育つし成長も早いし、おいしいから僕は好きなんだけど、毎日は飽きるかな…孤児で養ってもらってる子供の僕が贅沢を言えるような立場じゃないけど。


 やはり転生物にありがちな無駄に前世の記憶があるので、食に物足りなさを感じるという病気やまいのようなものなのだろう。だって僕のように美味しい食べ物を知らない村人たちは味に特に不満など無いようだった。毎日お腹いっぱい食べられる事が最高の贅沢だと信じて疑っていないのだから。いい人たちや~。


 だけど僕は前世の聖人まさととしての知識があるので、やはり美味しいものを食べたい。美味しく食べたい。という欲求が…欲望が湧き出てきちゃいまいました。


 という事で、じゃがいもに塗るバターを作りたいと思います。


 実際に作った記憶もありました。確か中学校の家庭科の授業で作った記憶が…ぐおおおおお~ちくしょ~~~~生クリームがありません(泣)。


 終了です。おとなしくふかしたジャガイモをほうばります。





 思い出しました。試した事はないですけど牛乳だけでバターが出来る牛乳もあるって誰かが言ってたのを思い出しました。


 諦めない心を発動しました。


 僕は村で毎朝捕れる牛乳を陶器に入れてひたすら振ります。村でやると目立ちすぎるので森に入り、鳥のせせらぎが聞こえるような穏やかな時が流れる場所で、一心不乱に陶器を振り続けます。


 時にはヘッドバンキングで髪を振り乱しながら、時には本能の赴くままに荒ぶり、時には淑女のように一心不乱に半目で白目をむき出しにしながら振ります。もし他の誰かにこんな姿を見られたら、僕をまるでおかしな神を信仰する宗教に入ったように思われるかもしれません。


 しかし、例えそう思われようとも関係ないのです。美味しいバターになりますようにと何千回も祈りながら、なりふり構わず振り続けたのです(白目)。


 あってよかったインビジブルハンド(見えない手)。腕が疲れたので“命素”の無駄遣いと思いつつも振り続けました。


 ここで誤算です。腕で振り続けるより、インビジブルハンド(見えない手)で振り続けるほうが精神的に疲れ果ててダウンしてしまったのです。インビジブルハンド(見えない手)は精密な“命素”の操作が必要で、脳に余計な負荷を与えすぎてしまったようで気を失ってしまったのです。


 「ふがっ! えっ…気を失ってたのか? ふふ、無茶しやがって、俺。」


 誰も見ていないのに…まぁ誰か見ていても何のパロディーかわからないネタを言って自分で笑う気恥ずかしさを誤魔化しながら、落ちている陶器を拾いあげて祈りながら中をそっと覗いてみると…


 「出来てる〜〜〜〜〜バターが出来てるよ〜〜。」


 陶器の中には少ないが一人で食べるには多い量のバターが出来てた。良かった。どうやらこの世界の牛乳はバターの出来る牛乳だったようだ。その場で食べたいのを我慢して、生活魔法の火を枯れ枝にうつしてジャガイモを焼く。ものすごく便利だな生活魔法。


 本当ならば蒸かして食べたいのだが、そんな悠長な事はしていられない。今すぐに口いっぱいにほう張りたいのだ。うん、もういいだろう。表面がほんのり焦げるぐらいに焼いたじゃがいもを半分に割って、その上に出来立てほやほやのバターを乗せる。


 ジュンジュワ〜〜〜


 固形だったバターが辺り一面に芳醇な匂いを漂わせ、一瞬に溶けてほくほくのジャガイモを満遍なくコーティングする。これ絶対にうまい奴や。


 それでは…それでは…待望の!


 「いただきま〜〜…」

 「何それめっちゃうまそうやん。」


 「えっ」


 僕はめちゃめちゃ驚いた。僕の顔の真横から見た事もない男の顔がにゅっと出てきたというのもあるが…全く気配がなかったからだ。浅くても森の中だからいくらバターに夢中だったとはいえ、それなりに周りを警戒してはいた。それなのに顔の真横に来るまで全く気配を感じなかったのだ。この人は一体…


 「悪い悪い、驚かせたか? うまそうな匂いが漂ってきたもんだからよ〜気になって。これ、もらうぞ。」


 そう言って男は、僕の許可を取る前に勝手にひょいとジャガイモを奪って食べだした。


「うまっ! 何だこれ! 初めて食べたんだけど。いや、ジャガイモは毎日食べてるけど、このヌルッとした上にかかっているのがうまいのか! もっとないのか? もっとくれ!」


 あっと言う間に僕のジャガイモを食べきった男は、尚も食べたいと要求する。僕はその要求に黙って従う。


 新しいジャガイモを5つ火にくべながら離れた場所から男をじっくり観察する。体はアスナル様のように細マッチョだ。歳も若そうに見える20〜23歳ぐらいかな。顔は糸目で軽薄そうにみえる。


 ヤヴァイ、絶対にヤヴァイ奴だこいつ…なぜなら糸目はやばい。漫画とかで糸目はだいたい強い奴だと相場が決まっているからだ。そしてなによりも僕が警戒しているのは…髪がクリームイエロー、つまりアスナル様と同じ三階位なのだ。


 この地方には2人しか三階位がいないと聞いた。一人は僕らの村の守護者アスナル様。そしてもう一人は隣の領地の守護者であるバッコスさん。僕は会った事も見た事もないが、歳は30歳ぐらいでマッチョなおじさんだそうだ。


 という事はこの人はいったい…


 「まぁそんなにびくびくすんなよ。別に取って食ったりなんかしねーよ。ああ、そうえいば名乗ってなかったな。オレの名前はザナドだ、よろしくな。えーっとお前の名前は?」


 「……………セイ、です。」

 「ほーんセイっていうんだ。この先の村の子か? っていう事はアスナルの奴の領地だな。」


 僕は黙ってジャガイモを焼く。何か親しげにしゃべりかけてきて気さくな感じがしないこともないけど…笑顔が張り付いたような…作り物っぽく見えるんだよな。糸目だからかな。それとも先入観にとらわれすぎなのかな…警戒し過ぎにずにもっとフレンドリーに接したほうがいいのか正解がわからない。


 と悩みながらも焼きあがったジャガイモにバターをたっぷりかけてザナドに渡す。いくつか焼き上げたジャガイモの半分は自分で食べた。


 やっと食べたくて食べたかった待望のバター初体験だったのに…ほとんどを、目の前で美味しそうにジャガバターを食べ尽くした男に全て盗られてしまったので、消化不良というか釈然としない…気持ちの問題? 


 ザナドは僕がジャガイモ半分を全部食べ終わるのジッと待っていた。もちろんそれに気づいてはいたけど、ザナドに食べられまいと無視して食べていた。


 そして僕が食べ終わって後片付けをしようと火に水魔法をかけようとしたら、ザナドは舌なめずりをしながらニヤニヤして僕に話しかけてきた。


 「セイは何歳なんだ?」

 「7歳です。」


 「もう7歳か〜丁度いいか〜、くくくっ」

 「?」


  貼り付けた作り物のような笑顔が不気味に見える。


 「で、最後の晩飯は美味しかったか?」

 「はっ?」


 唐突に放たれた意味不明な単語に思考が停止してしまった。最後の晩餐?


 「今食べたジャガイモのことだよ。」

 「ああ、最後っていうのはどういう…?」


 「こんなに美味しいものをくれたんだ、セイには特別に…」

 「えっ…なにを言って……」


 ザナドはわざと十分な間を取って、正面から僕の目をしっかりと見た。


 「楽に殺してやるよ!」

 

 そういって子供のように無邪気に言い、凶悪な笑みを僕に向けた。 

 


 

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