第2話 命素を動かす


 ズズ…ズズズ…


 “濃い命素”がゆっくりだが動き出す。やっとだ、やっとここまで動かすことが出来るようになった。動かすなんて表現はおこがましいが…ズラすといった方が適切な表現だろうか。ふぅー気持ち的に流れていない汗を拭う。


 ズラすだけでもここまで膨大な時間を要しているのだ。体感的に1年? もっとかかっているのかもしれないが、とにかく長かった。


 毎日ように芸人のお言葉を、血管がはち切れんばかりに大声で連呼して(イメージ)やっと、やっと“命素”がピクリと動いた時なんかは、満員御礼の大観客のスタンディングオベーション、総立ちで鳴り止まない拍手の幻聴が聴こえたもんね! さめ肌がたったもんね僕(イメージ)。


 ピクリと動いてくれてからも、毎日暇のある限り念を送り続けた…まぁ食事も排泄も睡眠もないから他にやる事が無いからなんですけどね(涙)。そしてズレるように動くようになってからさらに時間は過ぎて、今では自分を中心に右回りで動かせるようになった。これが逆回転である左周りには難しいようだ。これは僕が右曲がりだった事が影響しているのだろうか…。


 10〜12歳の小学生だったと言ったが、本当は14〜15歳だったかもしれない。今更ながら自分が中学生だった頃の記憶が蘇ったからだ。中学生といえば中2だ。中2といえば思春期だ…。女子が何気ない仕草でみせるふとももだったり、胸元だったり…たくさんのチラリズムに夢中だった思い出が蘇る。


………とりあえず今の僕に蘇った中学生の思い出はチラリズムのみだ。


 いや、もっと他にも思い出あるだろう! 親友と励んだ部活の思い出とか学校のイベントの思い出だとかチラリズム以外にももっとあるだろうに! と突っ込んでみたが今の所、僕が思い出したのはチラリズムのみだ。


 ♪思春期に〜、少年から、大人に変わる〜♪ だからしょうがないよね。うん、しょうがない。


 と誰に聞かせるでもなく言い訳をしている間にも念を続けていた。


 そしてとうとう“濃い命素”で僕の体を構築する事に成功した。どうやら僕は意識だけのようで体…肉体を持ち合わせていなかった。だから“命素”で生前の僕の体を作ってみたのだ。心持ち突起部分は大きく作ってみました。


 …すみません、見栄はりました。このままではR指定になってしまう事を危惧した僕はとりあえずリアル志向を断念して全年齢対象の規則に沿って構築仕直しました。


 頭、胴体、手足。もちろん暗闇で自分のみならず他の人にも見えないのだけど、“命素”を感じられる僕にははっきりと分かるのだ。やっと自分を形づくる事が出来たと1人ではしゃぎ喜びました。



 そしていつものように“命素”を移動させていると面白い現象を発見した。僕の体を覆っている“濃い命素”をある程度の大きさに分離して外に放ち、しばらく待つと、パーンと音こそしないものの、ものすごい勢いで弾け飛んで周りに飛び散った。その飛び散った“命素”はまた空気中に吸収され漂うようだった。


 まるで…これはまるで…天津甘栗を火に焚べると弾け飛んだ時のようだ…ごめん、いい例えが何も思い浮かびませんでした。


 なんだか念で“命素”を集めて、動かして、うち出す。異世界転生物の定番、魔法の練習の工程に似ているなと思った。


 御多分に洩れず僕も魔法に憧れた。異世界に行ったらバンバン魔法を打ちまくりたい。無詠唱で魔法を操り、「そんな馬鹿な…魔法詠唱無しで魔法を撃つなんて…」とか、「お前のような低能な小僧に高貴なる身分の俺様が負けるはずはな〜〜〜〜い」なんて罵られて速攻でやっつける胸熱な展開とか憧れる〜〜〜〜。


 などと色々と妄想しながら魔力操作ならぬ“命素”操作に精を出す僕。本体である自分と分離する“濃い命素”の分量を最初はピンポン球ぐらいの大きさから、何度も繰り返すうちにだんだん大きく出来るようになり、今ではスイカぐらいの大きさの“濃い命素”を分離出来るようになった。


 まぁ分離する量が大きくなったとはいえ、ただ霧散するだけの自己満足なんですけどね。たとえ自己満足でも自分は“濃い命素”を動かす事に精を出す。


 だって暇だから。この暗闇の中では何もする事がなく刺激もないのだ。そんな暇を持て余すぐらいなら、くだらない事でも毎日ガムシャラに精を出した方が気がまぎれていい。


 そんな日々を過ごすうちにとうとうこの暗闇生活に一筋の光明、変化が訪れた。


しかも激変だ!


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