第93話 魚市場

「来たわ! 朝市! お魚の市場!」


 本日も朝からお供を連れ、活気の有る魚市場に来た。

 早朝でも人が多いけど、暑い地域だと朝の方が過ごしやすい。


 私の戦いならぬ、多々買いはこれからだ!


「安いよ!」

「新鮮だよ! お買い得だよ!」


 呼び込みの声も賑やかで良い。


 キョロキョロとあたりを見回し、ロブスター、いえ、ロズスターを探す私。



「えー、アリアさん? 何をお探しですか?」

「若、私はあの大きいエビのロズスターを探しているの」

「ロズスターならあちらに」



 初めて若の護衛さんの声を聞いた。なかなかの良い声だ。


「ありがとう、行ってみるわ」


 護衛さんの指差した方向に行くと、ロズスターを発見。



「ここの支払いは私が持ちますよ、アリアさん」

「えっ」

「なんだと、じゃあ次の支払いは俺が持つぞ、アリア」



 殿下まで張り合いはじめた。



「えっ、良いんですか? 私は沢山買いますよ」



 多々買いなんだぞ。


「この店舗のロズスター全部買い占めても構いませんよ」


 さ、流石侯爵令息。太っ腹だわ。


「うーん、何も見返りに出せないけど本気ですか?」



 何を考えてるか分からないから、探りを入れる。


「貴女の笑顔が見れるなら十分ですよ」



 なんですって? スマイルなら0円だわ。お得。



「その言葉に二言はないわね?」

「もちろんですよ」

「じゃあ、おじさん! この店のロズスター全部買います!」

「なんと! 景気がいいねえ! ありがとうよ!」



 お店のおじさんも大歓喜。


 若の側近が支払いをしてくれる。

 今日もアシェルさんが魔法の鞄と見せかけて袋に入れたロブスターを亜空間にしまってくれる。

 私は満面の笑みを浮かべて、「ありがとうございます!」と若に礼を言った。



「どういたしまして」


 次は鯛に似た、いえ、鯛を買うわよ。



「次はドラージルを買うつもりなんだけど、高級魚のような気がする。ルギ君、大丈夫?」

「平気だ」


「この市場で買うとわりとお安いですよ」


 モーリス様が良い情報を教えてくれた。

 そういえばロブスターもそこまで高く無かった。



「そうなの? それなら良かった」



 またモーリス様の護衛さんに誘導されて鯛の売り場を見つけた。



「この店のドラージルを全て買う」



 私が言うより先に殿下が先に言ってくれた。



「ありがとうございます!」



 これまた、ニッコリ笑顔で奢られる私。



「後は美味しい出汁、良い味の出る海藻とか無いかな?」

「貝はいかがですか?」

「あの小魚、煮込むと良い味が出ます」



 周囲からおすすめを聞いて適当に見繕っていたら、突如、


「あ──ん!!」



 小さな女の子の泣き声が聞こえた。


 殿下が一瞬だけ眉間に皺を刻んだ後、小さな女の子の方へ足早に向かった。



「泣くな。一体どうした?」

「お、お兄ちゃんが……私のパンを……勝手に食べたの」



 殿下は勤めて優しい声を出して聞いてあげてる。

 顔はポーカーフェイスだけど。

 

 ひっく、ひっくとしゃくりを上げつつ、幼い女の子が泣きながら説明した内容によれば、幼い妹のパンを奪った、けしからん兄がいたという事。



「パンでは無いが、飴とクッキー、お菓子だ。ほら、多少は腹の足しになるだろう」


 亜空間収納布から殿下がお菓子を出してあげた。

 優しい。


「あ、ありがとう、お兄ちゃん、まほ──つかいなの?」



 突然布から食べ物を出したから驚いたのだろう。

 まだ涙も乾いて無いけど目をパチパチと瞬いている。



「まあな。飴は暑い所だと溶けるからなるべく早く食べろよ」



 この辺は気温が高いからね。


「パンもあげるわ、アシェルさん、袋を一つ出してくれる?」



 私は受け取った袋を魔法の袋に見せかけて、自分の亜空間収納から柔らかいロールパンが5個入った袋を取り出し、幼女にあげた。



「あ、ありがとう、お姉ちゃん」



 私はにこりと微笑んで、「良いのよ」と言って、その場を去った。



「でん、いえ、ルギ君は、優しいね」

「別に優しくは無い、女の泣き声が苦手なんだ」

「そうなんだ? まあそういう人は多いよね」

「バンシーの声を思い出す」



 え? アイルランドとか関係なくてもこちらの世界にもいるの? 

 亡くなる人がいると泣いて知らせる妖精?



「バンシーってあの、死を予見して泣くバンシーの事?」

「そのバンシーだ。母が亡くなった夜に、あの声を聞いた」



 物語のお話かと思えば想像以上に重い過去話だった。



「ご、ごめんなさい」


 悪い事を聞いてしまった。


「いや、こちらこそ、楽しい旅行の最中にすまない、忘れてくれ」


 そう言って殿下は悲しげながらも健気にも笑顔を作って、私の頭を撫でた。


 母を亡くして……

 慰められるべき者は

 優しくされるべき者は

 子供の貴方の方だろうに、私の方を気使うなんて……。



「ほら、お前達も買いたい物があるなら俺が収納してやるから、お土産を買いたい者は言え」



 殿下が側近達を気使って声をかけた。

 優しい! ……って! 感心してる場合か!



「ああっ、そうだ、貴方達も! 何かあればここに入るから!」


 私は慌てて手に持ってる袋を上げて見せた。


 自分の買い物に夢中でうちの騎士に気を使っていなかった!

 するとヴォルニーがサクッと言った。



「アシェルにお金を渡して、代理で購入して貰ってるから大丈夫」

「あ、アシェルさんが、き……えっと、お兄ちゃん達のお買い物分も収納してくれてたの?」



 うっかり騎士達と言おうとしてお兄ちゃん呼びにした。



「そうだよ、大丈夫」



 ヴォルニーが笑顔で肯定し、頭を撫でてくれた。


 よ、よかった、アシェルさんはできる男だ。

 私は他領の市場に夢中で浮かれていて全く気がついて無かった。

 同行してる人の為に心配りをしてくれてたのかー。


「ありがとう」


 アシェルさんの服の裾を掴んでお礼を言ったらまた頭を撫でて貰った。


 今日はやたら頭を撫でられる日かな。


 殿下の事も誰か、頭を撫でたり抱きしめてあげて欲しいけど……不敬になるから無理かな。

 今度、あまり人目がない時に、私がなんとか……抱きしめてあげたい。

 いや、殿下まわりに人目が無い時など有るかな?


 難しい、これは難しい……。

 

 ともかく買い物を終わらせて、侯爵邸への帰路につくことになった。


 * *


 健気に笑ってみせる殿下を見てると、胸が締め付けられて苦しくなった。

 馬車での移動中もその事ばかりが気になった。

 馬車はそれぞれ側近や侍従と乗っている。


 私の馬車はアリーシャと私とアシェルさんが乗ってる。

 騎士二人は馬で馬車を守りつつ移動している。


 一旦辛い事を思い出すと、しばらく脳内で繰り返し再生される事が有る。

 お母様の死は、とても辛い記憶だろう。

 楽しい記憶より、嫌な事を忘れないのは生存する為に大事な事だというけれど……。

 人間は鬱になると死ぬ事が有る。悪影響も有る。


 殿下の為に侯爵領の滞在を延ばせるかモーリス様に交渉すべきかしら。

 帰還すると真冬の寒さが身に染みて追い討ちにならないか、心配。

 南国の夜の方が寒くは無い分、寂しさは和らぐのでは?

 一人寝だとたいして差は無いだろうか?

 

 いや、知り合ったばかりの侯爵一家に迷惑をかけられない。 


 せっかく美味しい食材ゲットしたし、王都のお城に戻る前に殿下をライリーに食事に来ませんか?

と、誘えば良いのでは?


 せめて美味しい料理で、ひと時でも満たされて欲しい。


 まあ、侯爵領のお食事も美味しいけれど、殿下は多分ライリーの料理の方が好きでしょう?

 リナルドを撫でまわしてくれても良いし。



『僕を撫でまわして、そんなに癒されるものかな?』

「可愛いから多少はイケるのでは?」



 私は微かな声で答えてみた。

 脳内にリナルドの声が直接響いたのだ。こやつ、ついに念話を。



『ティアが夜中にそっと呼び出して、一瞬抱きしめてあげるとか』

「流石に夜中に呼び出してそれは、はしたないのでは? あと、びっくりするでしょ」

『むしろ、びっくりさせるのが狙いだよ』



 ……何そのショック療法みたいなの。


「お嬢様、お一人で……小声で何を言っているのですか?」


 やばい。隣のアリーシャには聴こえていた。


「殿下を励ます方法について……ライリーにお食事に誘っても良いと思う?」


「……他の王族の方なら急に言われては領主様も困るでしょうが、ギルバート殿下については大丈夫では。

ライリーの訪問中に不満を言われた事はございませんし」


「ティアは殿下を励ましたいのか。良いのでは?」 

「そっか、アシェルさんも良いと言うなら、お誘いしてみようかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る