第86話 湖と少年
農地候補視察とスケートに行くまでに5日ほど日数があったので、ギリギリまでスヌードを編んでみようと頑張っている。
視察に同行する騎士は、ローウェとナリオになった。
ナリオもローウェもスケートが得意らしい。
お母様はスケートに興味が無いらしいので、弟とアシェルさんとで留守番組。
ごめんね、アシェルさん。
白樺の樹液ジュースを採りに行く時は同行して貰うから。
せっせとスヌードを編んでいると、アリーシャが扉をノックして、私の部屋に入って来た。
「お嬢様、黒い大蛇の皮で作った財布入れのバッグとベルトが職人により、納品されました」
「ありがとう」
編み物を一旦、中断して、アリーシャに箱をテーブルの上に置いて貰って、中身を確認した。
この世界のお金が札と小銭だったら、かっこいい厨二心溢れるデザインのお財布が作れた気がするけれど、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨とかなのよね。
超嵩張る!
最初は財布にしようと思っていたけど、そんなわけで、結局財布入れのバッグになった。
冒険者がよく、腰のベルトに引っ掛けている小型のバッグ。
財布と言う布袋とか、ポーションや薬草、魔石などを突っ込んでるやつ。
それとベルトも蛇皮で作った。
どちらも黒い蛇の皮製だから、わりと渋いと思う。
お父様の分と、この蛇を狩ったローウェにもあげるつもり。
他にも一応、殿下用にも用意してある。
なんかまた何かあった時用。いつ渡すかは不明。
メイン素材は蛇皮で一緒だけど、一部素材とデザインは全部微妙に違う。
ちなみに蛇皮はまだ余ってる。何しろ大蛇だったので。
完成した物は渡すタイミングまで亜空間収納にしまっておく事にした。
どうせならシチュエーションにこだわろうと思う。
* * *
出発前に城の倉庫を確認したら、ブレードは魔物の骨だった。
亜空間収納ではなく、普通の倉庫に入っていたので、鉄と動物の骨の方は経年劣化があったけど、魔物の骨製は何故か丈夫で無事だったのだ。
さすが魔物! 略してさす魔物と言っても良い。
* * *
視察の日が来た。
スヌードが一つ完成した。
色は赤黒緑の三色。どさくさに紛れて推しカラーで作った。
お父様のイメージカラーである。
赤が髪色、黒が正装の服色、緑が瞳の色。
そしてその、推しカラーをしれっと自分で身に着けた。
ツインテールにした髪には聖下の下さったキラキラのリボンをした。
なんとなく、御守り効果がある気がして。
そして、もこもこと重ね着をして、着膨れをした。手袋もした。
ペンギンのようなシルエットが完成。
リナルドは私のポシェットの中で寝てると言った。
「もこもこで可愛いな」
お父様は私を見るなりそう言って、記憶の宝珠で撮影までした。
……そこまで、ペンギンのようなこの姿を……。
騎士達も使用人達も、私のもこもこした姿を見て、ほっこりしているようだった。
そんなに?
皆さん、満足げなので……まあいいか。
* *
寒風吹き荒ぶ中、視察へ出発。
晴れてはいるけど、寒い日だった。
遠くに見える山の方は、白く、雪が残っている。
空気は綺麗だった。
一応小型のエアコン杖も試運転がてら持って来てはいるから、起動した。
これで寒さはだいぶマシになった。
冬なので、市井の一般人はあまりお外に出ていない。
たまに冒険者らしき人は見た。
そして、お父様の予定している農地候補地、現場に到着した。
「あの辺でいいかと思うのだが……」
お父様が指差す方向を見た。 特に問題は無いように見える。
「良いのでは無いでしょうか?」
と、私が言うと、リナルドもポシェットから顔を出して、
『いいと思うよ』と言うので、あっさり決まった。
良かった良かった! これで砂糖とチョコが手に入る。
「油の取れる植物の土地はまだ、選定中だ」
「あれはお花も綺麗ですし、温泉地の近くに観光名所的っぽくあると良いのでは?」
「観光地も兼ねるのか、なるほど」
などと、意見を交わした。
おすすめデートスポット兼、観光スポットって良くない?
いずれ油で揚げたポテトとかの出店も置いたりして。
* * *
湖に到着した。
本当に凍っている。 広い湖はなかなか映える。
湖は空の色を飲み込んだかのように濃い蒼を映し、凍りついている。
そして一般人をここに来て目撃出来た!
遊んでる! 凍っている湖で! スケートをしている! 大人も子供もいる!
カップルらしき人達もいる!
領民が楽しんでる姿を見れて嬉しい。
足に魔物の骨を装備した。って、言うとなんかウケる。
ともかく滑る準備は完了した。
お父様が私に向かって手を伸ばし、引っ張ってくれる。 わーい!
「ほら、おいで」
「はい、お父様……」
お父様とレジャーは嬉しいけど、この体ではスケートは初なので恐々と、足を八の字にして氷上を滑りだす。
当然のように湖には手すりなどない。
「わー……」
お父様に手を引かれてシャーっと滑る。
「まず、こうやって、氷上に慣れて行こうな」
「はい!」
でも、しばらくして、私の手を掴んでる間は、お父様は楽しめないのでは?と、思い至った。
近くに騎士もいるから、支えてもらって岸まで移動しよう。
「私、ちょっと休憩するので、お父様は自由に滑って来ていいですよ」
「そうか? じゃあ、休んでいなさい」
私は立ったまま、手を振って、お父様を見送った。
お父様は元気にシャーっと、スピードを出して滑り出した。
お父様が楽しそうで良かった!
それにしても周りにいる女性達がお父様に見惚れている。
大丈夫? よそ見して転ばないようにね。
私を見守っていたライリーの二人の騎士が、私の手を取ろうと近寄って来た。
でもそのナリオとローウェが滑りつつ、自分が手を引くと二人して言い合いをしている。
何をやっているのか……。
そうやって二人を呆然と見ていると、ここらでは珍しく褐色肌に黒髪の美少年が現れた。
瞳は青。 年齢は成人したばかりの15歳くらいに見える。
「俺が手を貸そうか?」
騎士に代わってスッと自分の手を伸ばして、私の手を引いた。
「えっ」
「「ああ!? なんだ君は!?」」
突然私を引っ張った少年を見て慌てる騎士達。
「大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なのか、いや、南国生まれみたいな肌の色なのにスケートは上手いんだけど。
そうじゃなくて!
許可も出してないのに少年は私を引っ張りつつ、氷上を軽快に滑っている。
「君、可愛いね、スケートは初めて?」
ナンパ師みたいな事を言う少年である。
「スケートは初めてですけど、あの、まだあなたと一緒に行くとは……」
言ってないぞ〜! そもそも君は誰で何者ですか?
仕立ての良い服を着てる気がするし、肌色からどう見ても地元民じゃ無い。
「俺の方が、あそこの背の高すぎる騎士達より、バランスが合うと思うな」
「こらー、お嬢様を返せ〜!」
騎士が追って来る。
「君、可愛いと思ったら、いいとこのお嬢様なんだ?」
「あなたこそ、仕立てのいい服を着ていらっしゃるようですが」
少年は、一瞬、目を見開くと、口元に笑みを刻んで、私の腰に手をかけた。
そして急に自分の方に引き寄せた。
だけど今はもこもこ着膨れしているから、様にはならないと思う!
「綺麗なリボンだ、こんなキラキラした布地、初めて見る」
リボンを至近距離で見たくて抱き寄せたの? だが、しかし……。
「あの……」
「それに、君ってすごく良い香りがする」
乙女の香りを軽率に嗅がないで欲しい!
恥ずかしいので離して、と、言おうとしたら、ふと、彼から香辛料の香りがした。
この……香りは……もしや……。
「「こらー! 何をしている! お嬢様を離しなさい!」」
騎士達が無遠慮に私を抱き寄せている少年に怒って、声をあげている。
彼らは近くで滑っているけど、強引に少年から私を引き剥がそうとすると、氷上なので危ないかもしれないと言う考えか、なかなか手を出せないでいるようだった。
それはともかくとして、今は気になる事がある。
「あなた、辛い系の香辛料を使っている料理を食べている?」
さっき自分の香りを嗅がないで欲しいと思ったけど、こっちもうっかり嗅いでしまった。
不可抗力だから許して欲しい。
「ん? そうだけど臭い?」
「ごめんなさい、臭くは無いわ。気になる香りがするだけなの。
あなた、肌の色からして、暖かい地域出身の方のような気がするのだけど」
「うん、そうだよ」
「あなたからそこはかとなく香る香辛料、私の欲している物のような気がするのだけど、入手する手段はあるかしら? 商人の知り合いとかいます?」
「俺から気になる香りがしてるんだろうけど、まだ、君の望む香辛料と確定してはいないのでは?」
「それは、そうかもしれないけど……。じゃあ、今からランチに手持ちの材料で、料理を作るから、味を見て、同じ香辛料を使っているか、確かめてくれたりしませんか?」
「君が作るの? 今から?」
いい笑顔で言いながらも、彼は私を離さない。
「こら! お嬢様を抱き寄せるな! 離れなさい!」
保護者のようにローウェが叫んでいるんだけど……。
「倒れないように支えているだけですよ」
いけしゃあしゃあと笑顔で答える少年。
「あの、私が料理を作りますので」
話を戻させていただく! 香辛料の話!
「ふーん、それは嬉しいな、君みたいな可愛いお嬢様の手料理が食べられるなんて」
またイタリア人男性みたいに褒めて来るじゃない。
「お嬢様〜、こっちです! 絶対に受け止めますから!」
少年と交渉と言うか、会話中なんだけど、空気を読まずに騎士達が両手を広げている。
自分達の方に引き寄せ保護しようと、頑張っているのが見て取れる。
気の毒になったので、騎士達の方に行こうとすると、騒ぎを聞き付けたお父様が戻って来た。
「あの、私ちょっと、お父様が来たので」
「ああ、かっこいいお父様だね」
そうでしょ! 見る目があるじゃない! 当然だけど!
少年は急にすんなりと私を離して、お父様と交代した。
「君は……?」
お父様が少年にお前は誰だ? とばかりに質問すると
「初めてお目にかかります。ライリーの辺境伯とお見受け致しました。
ワミード侯爵家の次男、モーリス・レイ・ワミードと申します」
「ああ、こちらはジークムンド・ライリーだ」
「やはり、そうでしたか」
侯爵! 侯爵家の次男だった! なんでライリーにいるの!? 先触れの連絡も無かったけど。
「何故このライリーへ? 侯爵家の子息が泊まれる宿はこのあたりにあっただろうか?」
お父様も同じ疑問を抱いたようだ。
そして貴族が泊まるような豪華な宿は無いと思う。
「王立学院が冬季休暇中でこちらへ来ております。目的は聖地巡礼なのですが、途中に良い湖があると聞きまして、宿はキャンプが好きなので、その辺で」
その辺!? 真冬ですよ! そもそも護衛はどこに!? てか、その若さで聖地巡礼とは。
「この真冬にキャンプを? 侯爵家の子息があまりにも無防備な」
「巡礼なので、寒さに耐えるのも修行みたいな物ですよ」
「侯爵家の令息なのに神官みたいな事をなさる」
変わった貴族の坊ちゃんだなぁと思いつつも、私も人の事は言えないのだった。
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