第31話 みぎわの行動
四人は喫茶店を出ると二組のカップルに分かれた。牧野と室屋の二人が遠ざかるのを見送った。二人が夕闇に消えるとみぎわと療治は近くのバス停まで歩いた。既に通勤時間が過ぎて、都心から離れるバス停にはバス待ちの乗客は疎らだ。オフィス街の勤め人はとっくに出払って、此の辺りは昼間の賑わいに見捨てられて寂れかけていた。バス停で二人はもうスッカリ空いた夜間の時刻表を見ながらバスを待っていた。
「結局は
みぎわは突然の呼び出しに中途半端な説明に終始した牧野と彼の遣り取りにチクリと不満を打っ付けて来た。
「だって俺は牧野の昔の女は何も知らないし聞かされたのはその女への恨み言ばかりだからどうしょうもなかったんだよ」
「じゃあどうして呼んだのよ」
「どん詰まりの
「それで少しは風通しが良くなったのかしら」
さっき別れたあの後ろ姿からはその答えをまだ導き出していないのは確かだ。
郊外へ向かうバスが左側に寄ってウィンカーを出して近付いてきた。春とはいえ陽が落ちると寒くて、さっきから行き先違いで何台もやり過ごしてホッとした。終点に近いからに後ろの空いた席に座った。仕事の終わったオフィス街から出遅れた乗客を乗せたバスがゆっくりと動き出した。
「どうして学生時代は愚痴るのでなく、どんな
「悪女に良いも悪いもあるのか」
「だって今までの話だとその人は本気で牧野さんに惚れていたってゆうじゃあないの、それってそんなに変われるものなの」
「だから、恋は恨みと愛しさ、、憎しみと哀しみが、欲望と謂う紙一重で入れ替わるから
「でも実家はお寺でしょう、そんな家の人なのに考えられないわね」
「中途半端に徳を積むとそうなるんだ。だからやるからには徹底しろって常に彼奴に云って彼奴も頷いていたから心の中では葛藤して居てたんだよ」
「まあ過程はどうあれ恋のキューピッドには違いない人だからほっとけないわね」
とみぎわは昼間の喧騒から遠ざかるように行き過ぎる街並みを眺めた。
室屋とみぎわはさっそく翌日には牧野が氷結した女が居る会社にやって来た。
しかしここまで来るにはそう簡単には行かなかった。なんせあの女に会うには会社が営業している平日で無いと会えない。しかしみぎわも室屋も既に働いていて休みを取らないと行けない。何でそこまでしてと謂う室屋に、みぎわは説得に苦労したようだ。
二人とも実家が同じお寺だから、徳を積む修行の辛さは知ってるはず。その最大の目的が人間本来の性善説に基づくのなら、
先輩の小西さんから牧野が伺った情報に基づいて、二人は女の居る確率の一番高いこの日の此の時間を選んで訪れた。
その会社は室町通りに面した三階建ての本社ビルだった。一階玄関を入ると目の前には二人ぐらいが座れる受け付けテーブルの前に女は立っていた。そこでみぎわは大崎と謂う名札を見て女を確認した。女はそこで控え目ながら目立つような化粧をしてそこに居た。長い髪が両肩から前に落ちている。長い髪が余計に女の顔を面長に見せて頬もほっそりとさせていた。キリリとした口元は意志の強さを窺わせた。細長く見える目の目元が切れ長に閉じられて余計に古風に見える。まるで和歌でも詠みそうな雰囲気を漂わせたが、みぎわがひと言挨拶すると、一瞬にして全てを消し去るほどの笑顔をされた。それが牧野の謂う氷の微笑を連想させた。
此処でみぎわは生命保険の勧誘活動を社内でやらせてもらえないか尋ねた。すると少々お待ち下さいと内線電話で連絡を取りだし、何処の生命保険会社か伺ってもよいか訊かれた。そこでみぎわは大手の会社名を挙げるが、それは一件の加入契約でいくらかのマージンが貰えるだけの委託契約を結んでいて直接の社員では無いと告げた。要するに保険勧誘するセールスレディーだった。
「内の会社は所帯持ちが多いですから今必要のないそんな余分な出費をする人は居ませんけれど」
「でもそれはあなたが決めるんじゃ無いでしょう」
ここまで架空の話が進展すると後で取り返しが付かないと室屋が「今日はご挨拶に伺った迄ですから後日改めて伺ってもよろしいですか」と暇乞いをしょうとする。しかしみぎわは引き下がらない。そこで向こうも「もう直ぐ福利厚生の担当者が来ますので会って頂かないとご案内した私が叱責されますのでもう少しお待ちください」と引き留められると、出直しますとみぎわは直ぐに引き下がった。
「お待ち下さい」
と言う女の声を背中に聞きながら、サッサと引き返し表へ出た。
すると室屋が浮かぬ顔付きで「あれじゃあ何しに来たのか判らなくなるじゃん」と牧野に合わせる顔がないとぼやきだした。
「いいこと、もう直ぐお昼よ」
「それが
「あの女は昼の食事に出るでしょう」
「お弁当持ってきてたらどうするの」
「そんな面倒くさいことをする人に見える?」
「見えない」
「ならこれであの女とは十分に顔繋ぎは出来たし、この辺りで食事に出る処を見張りましょう」
とそこで話を付けるらしい。
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