恋ってどうって事ないさ

和之

第1話 帰郷

 季節は冬を迎えて風が故郷の山野を吹き抜ける中を波多野療治はたのりょうじは、正月三が日から十日も立たないうちに今年に入って二度目の帰郷だ。

 彼の実家は丹波山地の山間に拓けた、そう広くない田畑が広がる盆地を走る山陰線の駅辺りに在り、周囲には家屋が密集していた。その周りは田畑で埋め尽くされて所々に旧家が点在している。その旧家の波多野家では亡き当主の一周忌の法要が行われて、朝から親戚筋が集まって賑わっている。此の法要で当主の孫に当たるのが波多野療治である。波多野療治は此の法要に合わせて実家に帰郷していた。だから前日までは両親と兄が中心になって、当日の朝は、近い親戚と療治の友人である榊原さかきばらも来て準備をした。

 松の内が明け切らないうちに法要をする何てという声も有ったが。しょうがねぇだろう急にポックリその日に脳卒中で死んじまったのだから。じいさん歳なんだから寒の入りだと言うのに血圧が高いのに長風呂して倒れたそうだ。寒いから長風呂をしたんだろう。僧侶が来るまではそんな話題で賑わっていた。

 田舎だから親戚が多くて人手には困らない。それと手伝うのが面倒くさくて今朝の電車でやって来た。それが家の者に言わすと、お前とこの息子の療治は生半可でなっとらんと陰口を叩かれたらしい。朝、家に着くと兄から遠回しに言われてから、訪れた親戚達の顔がみんな俺をそんな眼で見ているのかと、一人一人迎えるたびに見返していた。

 波多野家では一階の三部屋有る中仕切りの襖が全て外されて、広い部屋に数十人が数珠を持ち正座している。そこで上座に座る僧侶のなが〜い読経が漂う中でみんな俯いているが、端に居たのを幸いに波多野療治だけがウトウトしていた。そこへ何処から紙ヒコーキが飛んできて彼の頭に当たった。療治は頭をこすりながらその方角に目を向けると、紗和子さわこが居眠りをするなと、戒めと愛嬌を混ぜ合わせてあっかんべーしていた。手伝いもせずにギリギリに来る奴が有るかと、今朝一番に紗和子にぼやかれると、キチッと遣れば良いんだと言い返した。それでそれ見た事かと紙ヒコーキを飛ばしたらしい。

 今朝遅れた仕返しかと、療治は睨み返したが知らん振りしてやがる。

 何だあいつ結婚したばかりだというのに何が気に入らないのかちっとも変わってない。これじゃあ結婚相手の榊原も堪ったもんじゃ無いだろう。

 療治に紙ヒコーキを打っ付けたのは、今もこの町に住んでいる幼馴染みの紗和子だ。彼女には子供の頃から何かにつけてちょっかいを出されて、身体のあっちこっちに傷を付けられていたが、家に帰っても転んでけがをしたと言っていた。なんせ女にやられたと有っては男の沽券に関わる。しかしそれを良いことに彼女には、今まで散々にやられっぱなしだった。今日の法要もそのうちの一つだった。まあ昔に比べれば可愛げが有るが、良い大人がまだそんな子供っぽさが抜けきらぬ女だった。しかし地元では信用金庫に勤めて周りからも一目置かれるしっかり者で通っているからたちが悪かった。その紗和子もこの春に地元で療治に勧められて、高校の同級生だった榊原と、社内結婚をして家庭に納まっている。

 法要が終わり仕出しの懐石が振る舞われた。一時間ほどで親戚達が帰りがけに「どうして一緒に並ばないんだ」と新婚の紗和子は冷やかされた。あんな親戚一同の席に一緒に出れば新婚は好奇の眼で見られると辞退したと言えば、でもまだ半年なら一緒に並んでも良いと言われてしまった。

 そんな紗和子も波多野療治にはやっかみ半分に突っ込んでくる。

「毎年帰って来るのに去年の夏は帰ってこなかったのね、いい人が出来たの」 

 半年前には今、付き合ってる彼女と一緒に帰省するつもりだったが結局はひとりで帰省した。

 矢張り紗和子の目が気になったからだ。一回生の時に別の彼女を連れて来てひと騒動した。それに懲りて今、付き合ってる彼女は連れて来なかった。それは紗和子は療治の過去を全て知っている女だけに、連れてくると直ぐに突っ込まれるからだ。

 最初に彼女を連れて来た時に、度肝を抜かされたのは、紗和子の太々ふてぶてしい態度だった。あの時は初対面の俺の自称女友達に紗和子はアッケラカンとして名乗った。勿論、俺の友達だと言う女の前で紗和子は、幼馴染みとして昔からよく知った仲だと、ヌケヌケと公表してはばからなかった。どういう心境なのか察しきれなかったが、いつもの一癖有る態度だが悪気はないらしく、角張らずにざっくばらんな処がある。それで自然と思ったことが出るようだ。その歯に衣着せぬ言い方が紗和子の性格を表していた。それが周りからも一目置かれるしっかり者として好感を抱かれているから、波多野も口まで出掛かった文句を、喉につかえさせた女でもある。

「今回は一人で帰って来たのね何かあったの」

 さっき言ったのにひつこい女だ。そして人聞きの悪いことを平気で言う処が、波多野には紗和子と結婚を躊躇ためらう理由だが、そこが憎めないのも彼女の役得だろう。それを知ってか知らずか相変わらず口も達者だ。

 そこに榊原も帰り支度を終えてやって来て、よおーと気軽に話し掛けて来る。そして俺はもう直ぐ転勤するぞっと言ってきた。高卒で入社してこの春で四年目になるがそれで支店長って言う訳は無いよなと思った。

「波多野君もあの街で就職が決まったようだからあたしもこの町を出たいからと頼んだの」

 と紗和子に言われて、どうやら会社がそのままの身分で転勤を認めたようだ。この場合は矢張りおめでとうだろうと率直に言ってやった。


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