泉の女神と少女レプリカ【後編】
「助かりました、毎度のことですけど、ここから探すの、大変なんですよねー」
「はぁ……」
整理整頓すればいいのでは? と言うのは違うのだろうか?
誰もが最初に考えることだし、女性自身も思いつくことだろう。それを指摘して、「それもそうですね!」と新しい発見のように頷いてくれるとは思えない。
「そんなこと知ってますよー。それができない上で、悩んでいるんです」と言われそうだった。
実際、言われた。
ただし、整理整頓ができないわけじゃないらしい。
女性――あらため、泉の女神様が面倒くさがりで、というわけでもなく。
「知らぬ間に増えているんですよ。泉に物が落ちた段階で、棚のどこかで新しく『金と銀の道具』が生まれているんですけど、それがどこにあるのか……。
整理整頓はしているんですけど、分別したところとは別の場所に、ぽんと生まれてしまうわけで。過去のものを保管するにはいいですけど、新しいものを探し出すには整理整頓は意味がないんです」
「それでもしておいた方がいいと思いますけど……。
地面に転がってると踏んでしまいますよ。ほら、斧とか、危ないですし」
「それもそうですね――あ、いまドボンって聞こえませんでした!?」
泉に物が落とされたようだ。
こうして作業をしていても、何度も中断されるから、整理整頓が進まないのだろう。
面倒くさがりでなくとも、途中でうんざりしてしまうはずだ。
「斧です! 金と銀の――」
「落ちてるこれですか?」
「違います! 形状が少し変わっていて――新しく生まれているはずですから!」
「じゃあ転がってるこのへんの道具はいらないんじゃないですか……?」
正直者にだけ渡す物なので、嘘を吐いた者の落とし物と、その金と銀のモデルは泉の中に残ることになる。できれば持っていってほしいが……、嘘を吐いた相手になんのお咎めもなく渡すことはできない。正直者以外も得をしてしまうのは違うだろう。
「不要ですけど、捨てることもできませんから……まあ、ここに置きっぱなしにしている時点で、見た目は不法投棄みたいにも見えますけども」
ただ、これもこれで使い道があると言う……、災害などで多くの物を失った町や村へ寄付するための道具たちだと思えば、捨てるのは勿体ない。
一応、金と銀である。
価値がなくとも高価なものであることは変わらず、災害でダメになった町や村を復興させるためのお金として、少しの足しにはなるはずだ。
「これでも減った方なんですよ。つい最近、村へ寄付しましたからね」
「なら、やっぱり整理整頓はするべきです。
できればどこになにがあるのか、紙にまとめて書くことができれば満点ですけど……」
「やってくれますか?」
と、女神様は少女に丸投げする気だった。まあ、少女の提案だし、嫌というわけではない。
そういったことも教えられてはいるし、今のご主人様は、女神様なのだから。
「はい。完璧にこなしてみせます」
それから数日後――
整理整頓が終わらないのは、新しく生まれた道具が棚の奥を圧迫し、せっかくしまった道具を外に押し出してしまうからだ。
高い棚、梯子を使って上下に移動し、整理整頓を繰り返す……、大きな女神様専用に作られた棚を、小さな少女が整理するというのが合わないのだ。
それでも時間はたっぷりある……完成の日が遠のいてもいいから、一つずつ、着実に棚へ収めていこう。
そんな時、棚の奥から声が聞こえた。
手を伸ばしてみれば、――がしっと掴まれ、驚いた少女が思わず身を引いてしまう。
梯子に足をかけていたにもかかわらず。
「あ」
と気づいた時には遅く、少女の手を掴んだ『少年』ごと、梯子と一緒に後ろへ倒れ――、どぼん!! と泉の中へ落ちた。
幸い、この水面に落ちたからと言って、『増殖』するわけではないらしい……増殖するのは、ここよりも上の、地上に繋がる水面の方なのだ。
「ぷはっ……、ちょっと、誰!?」
遅れて水面から顔を出したのは、金髪と銀髪の、少年だった。
『お前こそ誰だ!!』
「ねえミナちゃん――って、あら、もういるのね。その子たちを連れていくわ」
「……この子たちの元となった子が、落ちてきたんですか……?」
「うん。ミナちゃんみたいな境遇の子ね」
女神様が二人を連れていってからしばらくし、水面から出てきたのは女神様と……持ち主に拒否されたのだろう、さっき顔を合わせた少年の、大元の方だった。
少女・ミナと同じく、黒髪の少年。
奴隷なのかどうかは分からないが、満足な生活を送っていたわけではなさそうだ。傷はないが、ガリガリに痩せ細っている。
彼が落ちたことで生まれた金と銀の少年は、もう少し健康体だった気がするが……。
「それはそうよ、落ちた物よりも上位互換が生まれるわけだし。
それを見せて、落とし主はどちらを選ぶのか。正直者には全てを渡す、嘘吐きなら全部を没収する――それが泉の女神のシステムだしね」
「……正直者でも、わたしたちは捨てられたんですけどね……。
正直者は別に、善良な人間ではないです」
「そうね。でも――連れ帰ってほしかったの?」
あの屋敷に。
あの男に? ……ミナは首を左右に振った。女神様との生活が幸せだからだ。
あそこに戻りたいとは、口が裂けても言いたくなかった。
「……捨てられたことが、嫌なだけです」
こっちが見限りたかったのに、先にやられてしまった悔しさがあったのだ。
だけどそこまでは言わなかった。
女神様の前で、『加害者になりたかった』、とは、言えないし、言いたくない。
……女神様にだけは嫌われたくなかったから。
「じゃあ、ミナちゃん、この子をよろしくね。
整理整頓のお手伝いとして使うもよし、楽しく遊んでいてもよし、この泉から出て新しい人生を歩むもよしよ。
私に恩を感じて一生、傍にいてくれなくても構わないわ。女神が何百年、一人だったと思っているの? 寂しくなんてないんだからね」
そう言い残して、女神様は泉の中へ潜ってしまった。
また新しい道具が泉へ落とされたのだろうか。
「…………なんとなく、分かってるよ」
「え?」
「僕は元……銀の少年だ」
黒髪は染めたからだ……、色を落とせば銀髪が顔を出す。
そう、目の前にいる彼は、泉へ落ちた少年の『増殖した分身』であり、それが再び泉へ落ちたのだ。そして、新たな『金と銀の少年』が生まれ、地上へ運ばれた――。
つまり最低でも、目の前の少年は、地上と泉を合わせて、五人は存在することになる。
過去にも落ちたことがある、とは、女神様は気づいてなさそうだ。
……そんな小さなことに気づくような人ではないけど。
「だからここでの生活は分かっているつもりだ。
君は先輩面したいのだろうけど、僕の方が先輩だから……手伝ってもらうよ」
「な、なにを、」
「整理整頓」
「へ?」
「やっぱり雑な人だよね。……昔から整理整頓してもさ、すぐに汚くするんだから。
僕たちで使いやすい倉庫にするよ。それだけじゃない、それを維持するんだ――それが女神様の助けになってくれるはずだし」
水面が弾け、女神様が顔を出した。
「――二人とも!! 大きな壺なんだけど、どこにあ、」
『はい』
「え、見つけるの早いですね!?」
金と銀の壺を抱えて、地上へ戻った女神様を見送り――
二人の少女と少年が「よし」と、拳をこつんと合わせた。
「さて」
「探して汚くなった棚を整理整頓しよっか」
後に、こういう噂が聞こえてくるようになった。
最近、泉の女神様が品を持ってくるのが早くなった――と。
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