第18話酷インvs陽葵ちゃん3

樹Side


俺は学校の廊下を走り抜けた。目指すは体育館裏。


『なんで陽葵ちゃんは俺を連れて行ってくれなかったんだ?』


そう、陽葵ちゃんに問いかける言葉が頭を巡る。


陽葵ちゃんから「今日は用事があるから先に帰ってくださいね。夕ご飯は楽しみにしてくださいね、先輩♡」そうメッセージをもらっていた。


だけど、莉子ちゃんからもメッセージをもらって驚いた。


そこには「陽葵ちゃんは樹先輩のために日吉を体育館裏に呼び出した。追及して言質を取るつもりだと思うけど危険と思うので、お願いします。あたしはおやかた様の命令があって緊急の用事がぁ」


俺はとにかく走った。階段を踊り場まで飛んで少しでも時間を稼ぐ、足が痛むがそんなことはどうでもいい。ただ一心不乱に体育館裏を目指した。


体育館裏が見えて来るが、陽葵ちゃんの姿が見えない。


「そんな? 陽葵ちゃんは何処に?」


一瞬、莉子ちゃんの心配は杞憂で陽葵ちゃんは上手く立ち回って、無事証言を得て帰ったのか? そう思った俺は甘すぎた。


「あんっ、いたい、いたい、いだい、よぉぉおおおおお!」


「「ぎゃはははははっはははっ!!!」」


陽葵ちゃんの叫び声に下卑た笑い声に俺は最悪の事態なことに気がついた。


男の声は二人聞こえた。陽葵ちゃんは日吉に嵌められた。男は綱島と川崎か?


俺は慌てて体育用具室へ向かって走り、慌てて扉を開けようとした。


――鍵がかかってる!


俺は体育用具室の扉を叩き様子を伺うが、「おい、もう一度口を塞げ! あんまり叫ばれるとな 」、そんな声が聞こえてくる。駄目だ。体育用具室の扉は鉄製だし、陽葵ちゃん達は離れていて扉を叩く音も聞こえていないようだ。


「陽葵ちゃん? 返事して!」


だが、返事はない。その時。


「い、樹……はぁ……はぁ……」


俺と同じように息が上がってしまっている状態で大和が俺に声をかけて来た。そして、大和の手には、鍵が。もしかして体育用具室の鍵か?


「大和! それ、体育用具室の鍵か?」


「はぁ……はぁ……あ、ああ、莉子ちゃんに言われて、もちろん!」


「それじゃあ、急いで開けるぞ! 急げ!」


俺は大和から奪い取るように鍵を受け取るが、焦っているせいで上手く鍵を開けられない。


「樹! 落ち着け、ゼイゼイ」


「ああ、ありがとう、一旦落ち着く」


俺は深呼吸すると自分の両頬を自分で張った。


軽く頬を叩く音が聞こえると、落ち着ききってはいないものの、少しは心が落ち着いた。


いや、落ち着かなければと自分に言い聞かせて再度鍵を開けようと試みると、今度はあっさりとカチンと鍵が開く音が聞こえた。


俺はどうか手遅れでありませんようにと祈りながらドアを開けた。


体育用具室の薄暗い中で俺の目に入ったものは、組み伏せられた陽葵ちゃん。


そして直後に聞こえて来た。


「じゃあ俺が先にな。こいつ多分初めてだぜ」


「た、たすけてぇ! 樹先輩ぃぃ!!!」


陽葵ちゃんの助けを呼ぶ声に俺の頭は真っ白になり、頭に血がかあっと登った。


俺は切れた。我慢できない感情。真っ黒な憤り。俺の陽葵ちゃんを!


気が付くと俺は陽葵ちゃんに覆いかぶさる綱島を思いっきり蹴り上げていた。


「ヤバイ、めちゃめちゃやわらか————————ぐふえぇっ!?」


陽葵ちゃんのスカートの中に無遠慮に手を入れていた綱島に殺意が沸き起こる。


「な? お前!? 何でここに?」


「綱島ぁぁ!! 絶対許さねぇっ!!!」


俺はそのまま綱島を殴りつけた。陽葵ちゃんを組み伏せていた状態で無防備だったから簡単にパンチが入る。俺は鬼神のごとく綱島を殴りつけた。


「樹、川崎は俺が抑える!」


「サンキュ、大和!」


川崎と大和がもはやどちらが有利とはいえない殴り合いになっているが、無防備なところを突然殴りつけた俺は綱島に対して有利に一方的に殴りつけていた。


「綱島ぁ!……お前、陽葵ちゃんに何をしようとしたぁ!」


「い、いてえ……ま、まだ何もしてねぇよ。な、だから許してくれよ。げふっ! や、やめろ!」


俺はまだ何もしていないという言葉に更にキレた。


まだ何もしてないだと……? コイツは何を言ってるんだ? ようするに俺達が来なかったら陽葵ちゃんに乱暴する気だったということだろう。こんなヤツ! 俺は更に激しく殴った。そして俺の怒りは最高潮に達した。

「お前はもう許せねぇんだよぉ!」


俺は右手を高く振り上げ、止めの一撃を綱島に入れようとしていた、その時。


「海老名君! 止めなさい!」


不意に耳に入って来たのは担任のちびはるちゃんの声だった。


だけど、俺の怒りの拳は尚も止まらなかった。


「先輩! ダメです!」


今まさに綱島の顔面に怒りの一撃を振り下そうとした瞬間、陽葵ちゃんの声が響いた。


そして、背中には温かい女の子の感触。俺は我に返って振り上げた拳を下げた。


「先輩……これ以上はダメです……お願いやけん……」


「ひ、陽葵ちゃん、でも、だって?」


俺を止めた陽葵ちゃんの目には涙が……俺は必死に俺を止めようとする陽葵ちゃんの言葉と抱擁でようやく心に降りた鬼を解き放つことができた。


「陽葵ちゃん……ご、ごめん」


我に返ったものの、俺は暴力を振るった。相応の処分は覚悟しないと。だが、この事実が暴露されれば俺の冤罪も、この綱島の卑怯な犯罪も露見する筈、そう思った。


「海老名君、こ、これは一体どういうことなの?」


担任の先生のちびはるちゃんが俺に問いかけて来る。担任としてはこの暴力事件を看過できる筈もない。だが、それと引き換えに俺の冤罪はきっと。だが、存在を忘れていた日吉から出てきた言葉に俺は驚いた。


「先生、海老名君は後輩の厚木さんを友達の大和君と乱暴しようとして、私が綱島先輩と川崎君に助けを求めたんです。でも、こいつら卑怯で……もう少しのところで……私もまた海老名君達に……」


沈痛な面持ちで迫真の演技を見せる日吉。この女の演技のおかげで俺は卑怯な犯罪者として陥れられた。またしても俺達を嵌める気か? だけど今度はたくさん目撃者がいる。そんな嘘が通用する訳がない。


「ち、違う! 俺達は綱島と川崎に乱暴されようとしていた陽葵ちゃんを助けるために!」


「大丈夫よ、海老名君、事情は大和君から聞いてる。だから体育用具室の鍵を大和君に渡したの、それに……私はもうこれ以上、教育者としての職務を放棄したくないわ!」 


ちびはるちゃんは沈痛な面持ちで日吉や綱島達に目線をやる。


「綱島君、私は必ず海老名君を助ける。もう、素知らぬフリはできないわ」


「ほぉー、では先生もこの件の首謀者になってもらおうかな? 学校を敵に回す気?」


「……」


俺は綱島の言葉で、問題が解決した訳じゃないことに気が付いた。


そう、大和は推理していた……学校も俺の敵になっているということに。

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