第3話主人公を振った幼馴染は動揺する

「これで良かったんだ」


学校の屋上でフラフラとその場を去る幼馴染の元彼の樹を目で追いながら、樹の幼馴染、元彼女の根岸花蓮はため息をつきながら呟いた。


『本当にここまでやる必要があったのかしら?』


でも、樹のしたことを考えたら……当然。


「上手くあの最低ヤローに天罰を与えてやれたようだね?」


「綱島先輩!!」


花蓮は樹が事件を起こし、学校中から孤立していく中、何もできなかった。


樹を信じてはいた。だけど、周りの状況から樹を庇うことなんてできなかった。


そんな中、声をかけてくれたのが、先輩の綱島悠人だった。


彼はざわめく花蓮の相談相手となり、花蓮の心を慰めていた。


「あんな最低ヤローのことは早く忘れることだ。君は優しいんだね。まだ彼に憐憫の情が……」


「そ、そんなのはありません! あいつは私を裏切ったし、よく考えたら、なんであんな陰キャで、冴えない男の子と付き合っていたのか……幼馴染ってだけで、私、どうかしてました!」


花蓮は樹のことを信じるどころか裏切っていた。


樹の必死の弁解を聞いておきながら……。


花蓮が動揺していた時、近づいてきた先輩が綱島……サッカー部のキャプテンで長身であからさまにイケメン。ようは彼に速攻で惚れていた。


「まあ、彼のことは早く忘れることだ。アイツがまともな社会で生きていく人間じゃないのは間違いない。君はあんなヤツのことを忘れて、本当の幸せを手にいれるべきなんだ」


「わ、私の幸せって……綱島先輩が作ってくれるんですか?」


「当たり前だろ? 俺達、これで正式につきあうことができるようになったんだから……改めて、俺の彼女になってくれるかな?」


「も、もちろんです。ふつつかですけど、よろしくお願いいたします」


二人は誰もいなくなった学校の屋上で、日が落ちる中、キスをした。


だが、花蓮の心には何故かトゲのようなものがチクチクと突き刺さった。


綱島に送られて、自宅に帰り、花蓮は、ベッドの上で寝転んで、何気にスマホのTwi〇〇erを覗いたら。


「―――――!!!!」


声にならない叫びが出た。


それは彼女の愛読書のラノベの作者のつぶやきだった。


『今日、幼馴染の彼女に振られた……』


あまりのタイミングに花蓮は不意を突かれて驚いた。


まるで、神様に自分の心が読み取られたように。

花蓮は幼馴染の樹を振ったことに自責の念があった。


樹は本当にみなが言っているようなことをしたのか?


実は正直、そんな筈がないとさえ思っていた。


だけど、重要なのは、事実では無く、みながそう思っていること。


たとえ樹が無実であっても、自分がそれに巻き込まれるのは嫌なのである。


それに……。


「でも、結果的に綱島先輩と出会えたから良かったんだ。樹はつなぎだったのよ……」


そう、打算家の彼女にとって、樹の無実はどうでもよかった。


樹に巻き込まれるのはご免だ。新しい彼氏の綱島ができたからいい。


でも、それでも何故か心にトゲが引っかかる……それがなんなのか花蓮にもわからない。


「気分転換でもしよっと!!」


花蓮は最近一冊のラノベに出会い、すっかり読書の虫になっていた。


彼女を本の虜にしたのは、他でもない。神作者と名高い『しいくがかり』先生のラノベとの出会いからだった。


そして、web小説の最新エピソード読み始める。


「―――――~~~~ッ!!!!」


またしても声にならない声が出る。


「わ、私!! 忘れてた……」


そのエピソードは主人公とその幼馴染の彼女との出会いと告白、そして初めてのキスの描写だった。


「樹の言ったのと同じ告白のセリフ……それに応えるセリフも……私の言ったこととそっくり」


更に読み進むと主人公とその幼馴染の子供の頃からのエピソードが。


「……わ、私、取り返しがつかないことを」


気がつくと花蓮の目には涙が浮かんでいた。


綱島先輩は樹みたいに絶えず道路側なんて歩いてくれなかった。


綱島先輩は自分の話ばかりで、私の話なんて聞いてくれなかった。


樹はいつも私の言う事を笑いながら聞いてばかりで、自分の事なんてほとんど話さないのに。


子供の頃からの思い出が走馬灯のように蘇る。


楽しい思い出、樹と一緒に両親に怒られたり、ドブに落ちて泣いているのを慰めてもらったり。


夏祭りでは一緒にお菓子を食べて……私がお菓子を落としてしまったら、樹は自分の分を全部。


たくさんの思い出が蘇るにつれて、花蓮の心が張り裂けそうになる。


「ち、違う。私、間違えてなんていないはず。これでよかったのよ。それに今更」


そう、今更遅いのだ。


もう私は子供じゃない。あの頃のような純真無垢なままでいられる人間なんていない。


今更と思いつつもなおも心にトゲが刺さったままのような気持ちに花蓮は苛まれるのだった。

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