第4話樹と陽葵ちゃんの境遇

元書道部の部室で陽葵ちゃんとたくさん話した。


もう3か月近く誰とも話していなかった俺はにはとても嬉しいことだった。


とはいうものの、夕暮れになって、帰宅することになった。


今日はアレの更新がない日だ。それにあっち続きを書かなきゃ。


そうして、俺は一人住まいの部屋へ入ると。


「―――――!!!!」


思わず声じゃない声が出た。


だって、そこには制服にエプロンをつけた陽葵ちゃんがいたからだ。


「ひ、陽葵ちゃん? なんでここに?」


「あっ! お帰りなさい! いややなあ。先輩んご飯ば作っちゃるんって、未来ん嫁としては当然やなかと?」


「ええっ!?」


ていうか、この部屋、どこで知ったの? それにどうやって入ったの?


「あ、あの、この部屋にはどうやって入ったの?」


「え? いややなあ。ピッキングで鍵開けたに決まっとーやんか?」


俺の未来の嫁、不法侵入者の窃盗犯か何かか?


何、俺、陽葵ちゃんのこと、未来の嫁とか考えてるんだ?


不法侵入はびっくりしたけど、陽葵ちゃんの作ってくれたご飯を二人で食べた。


毎日自炊はしているけど、まともなものは食べてないから、ありがたかった。


「ところで、先輩はなして一人暮らしてると?」


「う、うん、俺、家族とそりが会わないから…」


一緒にご飯を食べていた陽葵ちゃんが、いつ買ってきたのか、自分用の食器を持ってそんなことを聞いてきた。気のせいか洗面所には可愛い歯ブラシも増えている。


「どうしてそんなことを聞くの?」


「え? いや、ちょっと気になって、えへっ♪」


どうしてそんなことを聞くか、逆に理由を尋ねると、陽葵ちゃんは少し寂しそうな表情をしていた。


どうして寂しそうな顔をするんだろう?


「……つまんない理由だと思うぞ」


「それでもよかけん、聞きたか……先輩んこと……」


陽葵ちゃんはいつになく、真剣な表情で俺を見つめる。


あの噂を聞いても俺のことを信じてくれた陽葵ちゃんなら、……その、話しても、いいかな……。


「俺の家には、親父と母さんと、一つ年上の兄がいてね……」


俺は自分の身の上話を始めた。


かいつまんで言うと、俺の兄は天才だった。


子供の頃から勉強ができて、運動神経も良かった。


それに引き換え、俺はたいして何もいいところなんてなく、いつも兄と比較されて育ってきた。


親になじられるのって辛い。比べられるのが辛い。愛情が兄にばかり向くのが辛い。


子供の頃は少しでも親の気を引くため、必死で勉強した。


でも、才能って……神様って絶対いないなと、小学生の頃に思った。


どんなに頑張っても、簡単に学年トップをとってくる兄に対して、俺がどんなに必死で勉強しても、クラスの真ん中になるのがやっとだった。


それでも俺は両親に褒めてもらいたくて、ほんの少しでもいいから愛情が欲しくて、必死で勉強した。


その努力が実ったのか、一度だけ苦手な国語で100点が取れた。


100点の答案用紙を持って、いそいそと家へ帰った。


両親が褒めてくれる。俺のことを見てくれる。


そう思うと、心がはやった。


そして、帰宅するなり、


「お父さん、お母さん! 僕、国語で100点をとったよ!」


大声で両親に言った。てっきり、俺のことを褒めてくれる言葉が待っていると思っていた。


だけど、


「五月蠅い! お前なんかのことはどうでもいい! 蓮が大変なんだ!!」


帰ってきたのは父親の拳だった。


「本当に蓮と違って空気も読めないの子ね! 本当に血が繋がっているのかしら?」


そして、実の母親から投げつけられた言葉。


兄の蓮と俺が血が繋がってなけりゃ、俺は誰の子なんだよ?


今ならそう言い返しただろう。でも、当時の俺は親離れできていなかった。


「ぼ、僕ね、一生懸命頑張って、国語のテストで初めて100点とったんだよ!」


俺は必死にアピールした。両親に褒めてもらいたかった。


両親に関心を持ってもらえる機会は二度とないんじゃないかと思えて…


「蓮は私立中学の推薦がもらえなかったんだ。運悪く、国語のテストでいつになく悪い点をとったおかげでな!!」


「それなのに、お前は国語で100点取ったなんて嘘をついて!!」


「ち、違う。本当に100点取ったんだよ!」


俺は必死に自分が100点を取ったと主張した。


でも、それは大きな間違いだったんだ。


簡単な話だ。自分の子が国語で悪い点をとったおかげで、有名私立中学の推薦状がもらえなかったんだ。


そこへ、よその子が国語で100点取ったとうそぶいたなら…


そう、俺はよその子だったんだ。彼らにとって…


「嘘をついてまで、兄を貶めたいのか? お前には人間の赤い血が流れているのか?」


「あなたには人の心がないのね……」


お父さん、赤い血が流れていないのはあなただ。


お母さん、人の心がないのはあなた。


今ならはっきりわかる。


俺はあの家の子じゃない。例え血が繋がっていても。


その時から、俺にとっては彼らを親と認識できなくなった。


それから、高校に進学する機会に一人暮らしを申し出た。


意外とあっさり了解された。それだけ、俺への関心度が少ないのだろう。


彼らが心配したのは唯一……。


お金だった。俺に興味はなくても、お金には興味があったんだろう。


正確には一人暮らしをするのに、俺に仕送りするのが嫌だということだ。


仕送りはしなくていいと伝えた。借りる家の保証人にだけなってもらった。


敷金、礼金は子供の頃からのお年玉や、こっそりやったアルバイトでまかなった。


こうして、俺は毎日必死にアルバイトをしながら、一人暮らしをするという幸せを手に入れた。


「……今は、高校を卒業した後、一人で生きていけるように、仕事をしながら、お金を貯めている最中、ってことだな」


俺はここまで喋ると、はあぁと嘆息して、陽葵ちゃんを見た。


彼女の目には涙が浮かんでいた。とんだお涙頂戴劇を他人に話してしまった。


でも、陽葵ちゃんには話して良かったと思った。心が軽くなった。


陽葵ちゃんは俺と視線が合うと辛そうな顔をしたけど、俺の顔をまっすぐに見て。


「せ、先輩……偉か」


「そんな大したことじゃないよ。つまんない理由だよ」


「……


陽葵も家族から浮いとって…陽葵は成績悪うて、家族ん中で邪魔者扱いされて…でも陽葵には先輩んみたいに勇気のうて


……」


陽葵ちゃんは自分の境遇を話してくれた。彼女も俺と同じだった。


学校の成績悪くて、両親に無視されて……俺と同じだ。


「だからやと思うばい。陽葵がギャルなんかになったと……親に心配して欲しかけんギャルになっとーだけで、本当はただん甘ったれで……陽葵は恥ずかしか」


陽葵ちゃんは親に振り向いて欲しくてギャルになった。


でも、そんな彼女に、ご両親は何も言わなかった。


何も言わない家族が、陽葵ちゃんの心をさらに傷つけた。


「陽葵はいらん子なんや。お姉ちゃん達しゃえおりゃ、陽葵なんていてもおらんだっちゃおんなじなんや」


俺は言葉に詰まってしまった。


こんな身近に境遇を共感できる人がいるとは思わなかった。


「うち達、おんなじなんやなあ。大好きな人から無視しゃれて、いない人て思われて……」


いや、俺と陽葵ちゃんは少し違う。俺の両親は無視しているという気持ちもないし、いない人という認識なんてない。


本当の他人のような家族。でも陽葵ちゃんの家族は俺の家族よりマシなんだろう。


陽葵ちゃんがギャルになっても、それほどグレていないのは、陽葵ちゃんが思うより、ご両親は心配してくれたからじゃないのだろうか。


少なくとも、俺は両親を両親だなんて思わない。無視されても、いない人と思われても何とも思わない。


俺自身が両親を心から完全に消してしまっているから……。


陽葵ちゃんは両親とやり直すことができるかもしれない。

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