第28話 三年生 6月
礼次郎が東京に行ってしまい、由衣夏は呆然としていた。
きっともう、そんなに会えることもないだろうと思い、長く伸ばしていた髪をバッサリと切ってショートにした。
礼次郎の気をひくために、清楚でフェミニンなファッションをする必要も無くなったと思ったのだ。
学校では、急にどうしたの、とみんなから聞かれたが、ちょっとイメチェンしたかっただけだと言っておいた。
紗栄子が、ショートは由衣夏のさっぱりした性格によく似合っている、と言ってくれた。
コンビニのアルバイトが終わって帰ろうとしていたら、クラクションが鳴らされた。
ゲンだ。
よほど、よくこの道を通るらしい。
この先に付き合ってる女の一人でも住んでいるんだろう。
紘美には言えないなあ。
なんで知ってるの、ふたりで会ったの?とかうるさいだろうし。
「どお?
短くしすぎたかなあ。
男の子みたい?」
由衣夏が自分の頭を指差し、おどけてみせる。
ゲンは首を左右に振って、
「ずいぶん短くなっちまったな。
お前、時間大丈夫だったら、今からラーメン食いに行かねえか」
と誘ってくれた。
そういえば久しく食べてなかったから、ラーメンを食べに行くことにした。
ラーメン屋に入ってオーダーをしたら、ゲンがすぐにトイレに立った。
その時の客は自分たちだけだったので、店員に聞いてみた。
「今の人、よく来ます?」
紘美とどれくらいの頻度で来ているのか、ちょっとチェックしたくなっただけだった。
「ええ、ずっと前から、よく来てくださってますよ」
「いつもどんな人と一緒に来ます?」
「いつも、綺麗な人と一緒に来はりますなあ」
「綺麗な人・・・てことは、女性ですね?
同じ人ですか?」
と聞くと、店員は首を傾げて、
「さあ・・・あの人はどんどん変わらはりますから」
「変わるって・・・顔がですか?」
由衣夏は、店員にうろたえたことが気づかれないように、なるべく平静な声で話すように会話を続けた。
店員はまな板を見つめながら、ボソボソと話し続けた。
「あの人は、なんでもどんどん変えはります。
自分のことも、一緒に連れてはる人も・・・」
どんどん顔が変わるから、同じ女かわからない、ということか?
そう思うと、由衣夏は背筋がゾッとした。
ゲンはやっぱり自分だけじゃなくて、いろんな人を整形させてるんだ。
自分と紘美だけじゃない、もっと色んな女を連れて、しょっちゅうここに来ているんだ。
今日、ゲンがここに由衣夏を誘ってくれたのは、急にショートにしたから、何かあったのかと、ちょっと心配してくれたんだろう。
そういう優しさもある人だって、わかってる。
わかっているけれど、色んな人を煽って整形させて、面白がっているようなところもあるんだ。
悪意があってやってるんじゃない、ゲンは自分が整形して良かったと思っているから、人にも勧めているわけだ。
整形が成功した人は、喜んでゲンに感謝をするだろう。
でも失敗した人がゼロなわけない、と思うのだが、その人たちのことは想像つかなかった。
誰にだって、長所も短所もある、わかっているけれど・・・。
ゲンが戻って来た。
由衣夏は何事もなかったように、笑顔でゲンを迎える。
紘美は何をどこまで知っているんだろう。
ゲンは最近の自分のオススメのトッピングについて話している。
由衣夏はどんどんゲンも、ゲンの連れてる相手も、その相手の顔も変わっていくことが気になっていたが、ゲンの言うとおりにトッピングをかけた。
「そういえば、レイちゃん、覚えてる?」
「ああ、あの大阪のバンドのやつだろ」
「こないだ見かけたから話してみたら、メジャーデビューが決まって、東京行くって言ってたよ」
「へえ・・・」
ゲンの顔が真顔になった。
ちょっと考え込んでいるような雰囲気を発している。
もしかして、予定よりうまくいってないのかもしれない。
気づかないふりをして、話を続けた。
「そっちはどんな感じ?
あの京都のライブの時、けっこうお客さんがいっぱいいたね」
そう言ってゲンの様子を伺う。
ゲンはラーメン鉢を見ながら頷いているが、何も言わない。
「ギターのあの子が、自分たちも東京に行くつもりで頑張ってるって言ってたけど?」
「オレもそう思ってるぜ」
由衣夏は頷きながら、心の中で、レイちゃん、ごめんなさい、お願い、わたしを助けてね!と祈っていた。
「ああ、やっぱり東京進出する気でいるんだね。
レイちゃんが、ゲンも東京に来たらいいのにって。
いい友だちになれるのになあ、って言ってたよ」
そう言うと、ゲンの表情が明るくなったように見えた。
ゲンは礼次郎を気に入っているから、こう言うと絶対に喜んでやる気になると思っていた。
これで、ゲンがすぐにでも東京に行ってくれれば、由衣夏は自分の身を守ることができる。
・・・いや、行動力があり、行動範囲も広いゲンのことだ、東京に引っ越したからと言って、易々と油断はできないが。
由衣夏がいくら整形したところで、骨格から違うのだ。
近づくことはあっても、レイと同じ顔にはならないだろう。
それでも、似た顔の女より、本人が目の前にいる方がいいに決まっている。
きっとゲンは東京進出に本気を出すだろう、由衣夏は確信していた。
休み時間、由衣夏は心理学の本に載っていた性格診断の結果を読んでいた。
ユングという心理学者が考案したもので、人間を16のタイプに分けている。
質問にはい、いいえ、で答えると、16タイプのうちのどれかに自分が分けられるのだ。
由衣夏は自分のタイプを詳しく読みたくて、休み時間も誰とも話さずに本を読んでいた。
紗栄子が気になったようで、そばに来て由衣夏の読む本を見た。
「由衣夏ちゃん、一生懸命勉強してるんかと思ったら、本読んでたんか」
「うん、めっちゃ知りたくて、ちょっと今、手離されへんねん」
「なにそれ、そんな面白いん?」
「わたしはめっちゃ面白い。
ユングって心理学者の性格診断やねん。
自分のこと、知りたいやん?」
「え、わたしも知りたい、めっちゃ面白そうやん、それ」
「せやろ、自分のとこ読んだら貸すわ、もうすぐ読み終わるから、ちょっと待ってて」
そう言ってさっと自分の結果を読んで、紗栄子に本を渡した。
「え〜、わたし何やろ〜」
紗栄子はワクワクしているようだ。
「16タイプの中から選ばれるねん」
「16か、星座より多いな」
「うん、しかも学者が書いてるから、占いより信頼できるやん?」
「なるほどお!」
そう言ってふたりで盛り上がっていると、紘美の小さな呟きが聞こえた。
「・・・自分の心なんか、知りたくないわ」
紗栄子は心理テストに夢中になっているから、今の紘美の言葉は聞こえなかったようだ。
紘美を見ると、こちらに背を向けて音楽グループの方を見ている。
知りたくない・・・って、一体紘美は自分の心の中を知ると何が出てくると思っているのだろう。
知りたくないような、イヤなものを知ることになる、と思っているのだろうか。
そうでなければ、あんなセリフは言わないだろうなぁ、と由衣夏は想像した。
楽しそうな紗栄子を見ているふりをしながら、紘美の様子を伺った。
なんだか落ち込んでいるのか、暗いなあ。
まあ、元から紘美は、キャピキャピはしゃぐようなタイプではなかったが。
顔が美しいせいで、いろんな経験がわたし達より早かったのかもしれない。
高校一年生で、大人の男性から自由に使える部屋の鍵をもらっている子なんて、この学校全体でも紘美だけなんじゃないか。
由衣夏以外のクラスメイトが、そのことを知っているかどうかわからないが、そのせいもあって、由衣夏には紘美がクラスメイトの誰よりも大人っぽく見える。
由衣夏は心理学部のある大学に絞って、進学先を考えていた。
国公立は自分の成績では難しい、と判断したので、私立に進学するつもりだ。
両親に伝えたところ、奨学金を借りることになるが、進学してもいいと言ってもらえた。
希望の大学の指定校推薦の枠があったので、担任に申し込む意志をすでに伝えてあった。
これで合格できれば、年内に進学先を決めることができて、3学期はアルバイトに励める。
紘美はどうするんだろう。
紘美は遊んでいるようで成績がいいから進学するのだろうが、ゲンが東京に行くと話していたら、紘美も東京の大学を希望しているんだろうか。
ちょっと気になったが、聞いたところで嫌いな由衣夏に本当の話をしないだろうから、何も聞かないことにした。
ついて行ったとしても、ゲンはほかにもいっぱい女を作るのはやめないような男だと思うが。
一番近くに置いてもらえるグルーピーの女、というだけで、紘美の心が持つんだろうか。
心配したところで、自分には関係ないことだし、と考えることをやめようとしたが、やはり由衣夏には気になってしまう。
そうかと言って、クラスメイトに聞いて回るのも挙動不審だろう。
まあ、ゲンが東京に行くなら、出発前に挨拶くらいは言いにくるだろうから、いずれわかるはずだ、と思い直した。
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