第26話 三年生 4月

学年が上がったが、教室の場所は変わったが、クラス替えはないので去年と同じ顔ぶれだが、今年いっぱいで最後このメンツとはお別れなのかと思うと、切なくなる。

2学期が終わったら、3学期はほとんど自由登校になるから、今年とは12月末までみたいなものだ。

2学期すら推薦入試や模試などで忙しくなり、放課後にクラスメイトと遊びに行くことも減ってしまうだろう。

貴重な日々だから、大切に過ごさねば、と思った。

「あ〜、よかった〜、クラス替えがないっちゅうんは、楽でええね。

 クラス替えあったら、毎年イチから友だち作るところからやらんといけんもんね」

ユウが嬉しそうに由衣夏に話しかけてくれる。

「ユウが一緒のクラスでよかったわ」

「あ〜嬉しいこと言ってくれるね〜。

 わたしもやで〜、て、関西弁言ってみたけど、できとる?」

できとるで〜、と言って笑いあっていると、紗栄子が来て、わたしが使っている香水をくれた。

「あれ、これって・・・」

「うん、もらってほしいねん」

「ええっ?」

けっこういいお値段のものなのだが、もらってしまっていいんだろうか。

「これ買って、自分につけてみてんけど、なんか思ってたのと違うねん」

「違う?

 いや、これ使ってるで。まったく一緒よ」

「うん、そうやねん。

 でも由衣夏ちゃんがつけてたの、もっと甘かってん。

 わたしがいいって思ったんは、その香りやねん。

 なんでかわからんけど、自分につけたら同じ香りにならへんかってん。

 だから、由衣夏ちゃんがこれつけて。

 わたしはその香りが好きやねん」

そう言って、由衣夏にボトルを向けてシュッと吹きかけた。

人には体臭があって、その香りと混じってその人独特の香りになる、と聞いたことがあったが、それは体臭の強い欧米人に当てはまることで、体臭の薄い東洋人には当てはまらない、と思っていたが、紗栄子はそのことを言っているようだ。

「ほら、やっぱりなんか甘い」

由衣夏には自分ではわからなかったが、紗栄子にはわかるんだろう。

ユウが隣で、ふうん、いい香りじゃねえ、と言って嗅いでいる。

由衣夏も鼻をヒクヒクさせてみたが、

「そうなん?

 自分じゃぜんぜんわからへん」

「甘くなるで」

「ふうん。なんやろ、甘いもの食べすぎかな?」

面白いと言って笑われたが、自分にも体臭があって、甘いようだ。

よく男子が、女の子は甘い香りがする、お菓子みたい、と言ったりしていたが、本当に甘い香りがしているのかもしれない。

そして、その女子の中でも、とりわけ由衣夏は甘く香るようだ。


アルバイトの帰り、またゲンが待っていた。

最近よく来るようになった。

まあでも、とくに意味があるわけじゃないんだろう、と思って由衣夏は気軽に接している。

ゲンに、学校で紗栄子に言われた香水の話をした。

それを言うと、すごく面白そうな顔で聞いていた。

「自分独自の香りってわけか」

「うん、同じ香水つけても、みんなが同じ香りにならへんみたい。

 そう考えたら、香水って面白いなあって思ってさあ。

 わたしがつけたら、この香水、甘くなるらしいねん」

そう言ってボトルを見せた。

ゲンはボトルの香りを嗅ぎ、次に顔を由衣夏の肩に近づけ香りを嗅いだ。

「たしかに、ボトルの香りと、お前の香りは違ってると思うぜ」

「紗栄子が言うには、わたしがつけると甘くなるんやって。

 わたしの体臭って、甘い、ってことやんな」

「なるほどな」

「ゲンはいろんな女の子を抱くやろ?

 その時、みんなからそれぞれ違う匂いする?」

由衣夏の質問に、ゲンが口ごもる。

「わたし、体臭って外人にしかないもんや、って思っててん。

 黒人とか、体臭強いって言うやん。

 香水ってフランスでできたものなんやろ。

 東洋人は体臭が薄いから、何つけても香水がそのまま香るって思っててんけど、鼻のいい人には違いがわかるんやなあって。

 わたしは自分じゃ違いがわからんけど、紗栄子は鼻がいいみたいで、ぜんぜん違うって言うねん。

 そんで、わたしがこれをつけた時の、その香りが好きやから、わたしに使ってほしいって言って、それくれてん。

 友だちの女の子から言われたけど、なんかすごい嬉しかったわ」

ゲンは由衣夏の香水ボトルをしげしげと眺め、

「オレも自分の香りってのを探してみっかなあ」

「えっ、ホストやってんのに香水使ってへんの?」

「ん〜、使ってるけど、とくにこれって決めてねえ」

「ああ、これって決めてないんやね。

 これが自分の香り、ってのがあるっていいよね。

 その香りが好き、って言われたら、すごいいいよね。

 そんで、それに似た香りを嗅ぐたびに、わたしのことを思い出してもらえたら、なんかすごいロマンチックじゃない?」

由衣夏は話していて気持ちが高ぶっていった。

ゲンは黙って聞いている。

「たとえばよ、熱烈な恋をするとしてよ、その時好きだった相手がいつも同じ香水をつけていたとしてよ、お別れしても、その香りを嗅ぐたびに、その人のことを思い出す・・・みたいな。

 その香りが、イコールその人、に結びついてしまっていて、一生香りを嗅ぐたびに思い出してしまうっていうようなやつ!

 素敵〜、そんな恋がしてみたいっ!」

「ほお〜」

ゲンも、それは悪くない、という顔をして聞いている。

由衣夏は現実を語る。

「でも悲しいことに、香水って、永遠じゃないねん」

ゲンがキョトンとした顔をする。

「廃盤、と言うのがあって、廃盤になるとお店で買えなくなってしまうねん。

 廃盤にならなくても、メーカーが倒産するってこともあるねん。

 と言うことは、自分の香水ってのは、潰れないようなメーカーから選ばないといけなくて、さらに廃盤にならないような人気の香水から選ばんとあかん、てことになるんやなあ」

ゲンはおとなしく、ふんふん、と頷いていた。

「さっきから静かやけど、これ、おもしろい?」

と聞いてみると、おもしろいし、その通りだと思う、と言ってくれる。

「そんで興味が出ちゃって、香りのことをちょっと調べてみたら、結局香りって化学物質で、いろんな成分の組み合わせでできてるみたいやってのがわかってん。

 体臭も、いい匂いばっかりやったらいいけど、うんことか、なんであんな臭いものが体から出るんやろって思うわ」

「ああ、そうだな」

「でもな、うんこも、使いようによったらな・・・」

「え?」

ゲンやイヤそうに顔をしかめる。

「ジャスミン、てわかる?」

ゲンが頷きながら、ああ、花だろ、と言うので、由衣夏はそう!と言って、

「ジャスミンの香りの成分にスカトールってのがあんのよ。

 それがね、なんと、スカトールはうんこの香りの成分やねん。

 うんこの香りを薄めると、ジャスミンの香りになるんやって!」

そう言うと、ゲンが驚いた顔をした。

「だからさあ、それを知ってしまってからは、女子がジャスミンティーとか飲んで、あたし〜ジャスミンの香りが好き〜、とか言ってるのを聞くと、こいつはスカトロフェチになる素質があるんちゃうか、とか思ってまうねん」

と言うと、ゲンが大笑いしながら、お前、やめろよ、と言った。

「薄めるとジャスミンになる、と言うことは、ちょっとうんこチビってると、周りの人からは、なんかジャスミンの香りがする〜て思われてるかもしれへんってことやんな。うんこちびってんのに」

とさらに続けて言ってやったら、おい、まだ続ける気かよ、と言って肩を揺すって笑っていた。

「ジャスミンの香りが好き、って言ってる奴を見つけたら、ボンテージ着て鞭でしばいて、うんこ食べろ!て言ったら、そいつは食べるかもしれへんよ。

 ちょっとやってみたら?」

もう、その話は終わり!と言って、車から降ろされた。

せっかく由衣夏は気分が乗っていたのに。

由衣夏の家の前で、ずいぶん長く喋っていたようだ。

家に入った時に、香水のボトルをゲンに渡したままだったことに気づいた。

まあいいか、そのうち返してもらえれば。

同じやつ、家にもあるし。

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