第12話 一年生 2月
顔だけの失言以来、紘美は別のグループと話すことが増えていった。
元々、音楽好きの紗栄子がコンサートやライブの話をする音楽友だちのいるグループだったので、紘美も由衣夏も話すことはあったが、ふたりとも紗栄子ほど音楽が好きではなかったので、一緒にいる時間は多くなかった。
しかし、最近はそのグループの中にいるが音楽好きではない子と気が合ったようで、紘美はその子とよく話している。
由衣夏は少し淋しかったが、そのグループの中に、春に由衣夏に気持ち悪いと言ったカオリがいたため、距離を置いていた。
カオリ以外の子とは仲良くしたいけど、変なことを言われるのもイヤだったので、わざわざ近づかないでいたのだ。
ふたつのグループが、微妙に大きなひとつのグループっぽくなってきていた。
どうやら紘美のボーイフレンドのひとりが音楽活動をしているようで、音楽グループの女子から色々と情報を得ているようだ。
街頭で弾き語りをしている彼氏を持っている子もいるみたいだった。
由衣夏は無視していたのだが、そうやってグループの壁が薄くなるにつれて、カオリが話しかけてくることが増えた。
しかし、変に笑顔で受け答えすると、わたしに気があるのよ、とか言い出しそうだったので、なるべく冷たくあしらうように努めていた。
好きだとも言ってもいないのに、好きにならないで、と自分から言うような根拠のない自信の持ち主なのだから、要注意人物だった。
カオリは何かにつけ、由衣夏にさっきの授業のノートを見せてくれとか頼みごとをしてくることが増えた。
由衣夏がうんざりしながらカオリにノートを見せてやっていると、視界の端にミミの視線が突き刺さる。
ミミはまだ自分に未練めいたものがあるようだ。
ミミはぜったいに音楽グループの子と話そうとはしなかった。
音楽グループは、半数が内部進学者で、お金持ちの家の子が多かった。
残る半数も外部だが、お父さんが大企業の役員とか、国際線のパイロットとかだった。親が厳しすぎて、お金はあるが寮から出してもらえないそうだ。
その連中に混じってしまえば、ミミもそう大したことのない家の子になってしまう。
音楽グループを交えておしゃべりしていると、弾き語りの彼氏と結婚したいがクラシック演奏者の親におつきあいを反対されてるとか、ボーイフレンドのひとりが焼肉のチェーン店の社長の息子で、とか、華やかな会話が多い。
紘美には、そっちのグループの方が刺激的で話も合うのだろう。
紘美は綺麗なんだが、正直なところ、話していても由衣夏はあまり面白いと思うことはなかった。
紗栄子と話している時が一番楽しくて、軽快なピンポン球がヒュンヒュンと返ってくるように話題が弾み、由衣夏と紗栄子がバンバン球の投げ合いをしているのを紘美はおとなしく聞き手に回って見ている、ようなことになることが多かった。
紘美はたぶん、男たちから楽しませてもらうのが当たり前だったから、自分から楽しもうとか、楽しませようと思ったことがないのだろう。
視覚的には最高なんだが、つい紗栄子とばかり話してしまうのだった。
それには申し訳なく思っていたが、紘美の方からやる気が感じられないのだし、仕方ない。
賢い紘美は、自分でも感じていたんだろう。
だから由衣夏の顔だけ発言は、紘美の心を抉ってしまっただろう。
自分の失言のせいだから、仕方ないのだ。
紗栄子は音楽以外の会話は由衣夏としていたし、ミミが自分にかまえと寄ってくるし、由衣夏はどうにか不足なく学校生活を過ごせていた。
由衣夏は正直、カオリに辟易していた。
憶測だが、カオリは由衣夏の気を引こうとしていると思う。
ノートを見せてとか、断られない程度の小さな頼みごとをしょっちゅうしてくる。
甘え上手なミミを見ていて、ああやって頼れば簡単に落とせると思っているような気がしていた。
由衣夏は絶対にその手には乗らない!と決めていた。
カオリなら、ミミの方がマシだ。
カオリは由衣夏に気があるわけではなく、自分の魅力を試したいだけに思えた。
ありえない。
それならば、可愛く甘える、とか手を抜いたセコい小技を使わず、紘美レベルの顔に整形して来い、それくらいの根性で挑んでくるなら、こちらも受けて立ってやろう、と思っていた。
カオリが春に由衣夏に向けて、気持ち悪い、と言った一言を許すつもりは一切なかった。
だからカオリの前では、わざとミミを褒めたりした。
そんなにダイエットして痩せなくても可愛いのに、なんで?って言ったり、入学した時からいつも優しくしてくれてありがとう、一番最初にできた友だち、と言って、みんなの前でプレゼントを渡したりした。
だんだんミミが怪しんで来たので、もうやらない、ごめん、と言って控えることにしたが、数回見せただけで十分だと思った。
学校の帰り道、またゲンを見た。
由衣夏を見つけると、
「よお」
と、気軽に話しかけてくる。
「また紘美待ってるの?」
「うん、お前が歩いてるってことは、もう帰っちまったかなあ」
「さあ?
最近あんまり一緒にいないから、わかんない」
「せっかくだから、乗ってくか?
どこへでも連れてってやるぜ。
隣に座ってんのを見たからって、あいつは怒ったりしねえよ」
「うち、遠いけど、送ってもらえたら助かるかも」
電車ではなかなか座れないのだ。
車ならずっと座っていられる。
男の方から言い出したんだし。
場所を言うと、
「オレん家もそっち方向だから、ぜんぜん遠くねえよ」
と言うので、乗せてもらうことにした。
ドライブってやつかな。
普段電車の窓から見る景色しか知らなかったが、いろんな家が建っていて面白い。
とくに話もせず、ずっと窓の外を見ていた。
「あんなとこにパン屋があったんや!
知らんかった〜、今度行ってみよ」
ゲンから返事はないが、由衣夏は楽しかった。
「お前、さっきからえらく楽しそうだけど、ドライブとか連れてってくれる彼氏とか、いねえのか?」
「いないよ」
「へー、そりゃ、もったいねえこった」
気をつかって言ってくれているんだろう。
「うん、でも別に今はいらないかな」
「そりゃ、なんで?」
「んー、一緒にいる人は欲しいけど、エッチなこととかしたくないから。
付き合うってなると、そう言うことをしなきゃいけないやん」
「はー、なるほど」
「だから、彼氏はいなくてもいいかな」
そう言うと、ゲンは由衣夏をじっと見つめて、
「オレなら、そんな女も愛せるかもしれねえぜ」
と言った。
由衣夏は吹き出した。
紘美の彼氏のくせに何を言ってるんだろう。
ああ、これは遊び人、と言うやつか。
「あんたって、女好きなの?」
「ああ、好きだねえ」
「ふうん、わたし、女子校で女ばっかりだけど、めんどくさいことがいっぱいだよ」
「それもあるけど、女ってのは、可愛いねえ」
どうやらゲンは根っからの女好きのようだ。
若干呆れてきた。
「そんなに可愛いもんなのか」
由衣夏にはさっぱりわからない。
「めちゃくちゃ可愛いぜ」
とゲンは嬉しそうに言う。
楽しそうで羨ましい。
「わたしもそんなに好きなものがあったら、もっと楽しいんだろうな」
「ああ」
ゲンは、楽しい!と言わんばかりに大きく頷いた。
大した会話はしなかったが、由衣夏は男とふたりきりだったのに、ぜんぜん緊張しなかった。
紘美の彼氏、という前提があるせいだろうか。
挨拶がてらに口説いてきたが、軽く流せてしまった。
ラテンの男って、あんな風なのかな。
挨拶がわりに褒めたり口説いたりするって聞くが、実際会ったことがなかったから、本当のところはわからない。
悪びれもせず、女が好きだ、可愛い、と素直に言って、いやらしさが感じられなかったから、モテるんじゃないかなあ。
でもたぶん、一人だけのものにはならない人かもしれない。
こんな人を本気で好きになったら大変かもしれない。
紘美のような取り巻きの男がたくさんいるような女がお似合いなのだろう。
ありがとう、じゃあね、と言ってお別れした。
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