第6話 一年生 8月
あっと言う間に夏休みになってしまった。
由衣夏は、コンビニで夏休みだけアルバイトさせてもらうことにした。
レジだけかと思っていたら、宅急便や、コピーの取り方を聞かれることもあるし、覚えることがたくさんあった。
由衣夏は、とりわけ宅急便が苦手だった。
サイズ、重さ、距離、ものによっては特別料金とか、思った以上にややこしい。
一緒にシフトに入ってくれる大学生の男子が、レジだけやっててくれていいよ、と言ってくれて助かったが、秋以降も少しでもアルバイトが続けることができたら助かるかもしれないので、宅急便を早く覚えようと思っていた。
でもコンビニのアルバイトは、クーラーの効いたところで仕事ができるし、立ちっぱなしがしんどいけれど、由衣夏には楽しかった。
コンビニのアルバイトは大学生が多く、車を持っている人までいた。
由衣夏はお兄さんお姉さんと一緒に、川辺のバーベキューに連れて行ってもらったり、カラオケに行ったり、彼氏はできなかったが楽しい夏を過ごしていた。
車があると、終電を考えることなく自由に外で遊んでいれる。
時々深夜に帰宅することもあったが、同じバイト先の先輩と一緒にいる、と言うと、親は何も言わなかった。
ミミが広島の自宅に遊びに来てくれ、と言われていたので、夏の遠出はそれだけで、あとはアルバイトと宿題だけだった。
由衣夏はイヤなことを後回しにしてしまうと、心置きなく楽しめないことがストレスになる性分だったから、宿題は夏休みに入った一週間のうちにさっさと終わらせていた。
新幹線にひとりで乗るのは初めてだった。
新大阪に着くまでに、何度もチケットを確認した。
二泊するだけだから、荷物は少ない。
パンツだけ持ってきたら、服でも化粧品でもなんでも貸してあげる、とミミが言ってくれていたので、着替えをスポーツバッグひとつにまとめて行った。
実家だから親兄弟もいるだろうし、ミミは押し倒してくるキャラクターでもないし、大丈夫だろう。
駅弁買うほどの距離でもないし、缶のカフェオレだけを買って新幹線に乗った。
それでも1時間半ほどかかった。
ミミの両親は、海外にいることが多いと聞いていたが、今は日本に帰ってきているのかな。
広島駅に着くと、ミミが兄と思われる男性と車で迎えにきてくれていた。
国産車だが、大きなセダンだった。
「ほんまに来てくれたん。
嬉しいわあ」
と、満面の笑顔で迎えてくれた。
ミミのこういう素直で愛想のいいところは、見習わねばなあと思っている。
可愛い、と思ってもらえるだろう。
ミミは接客業が向いてるだろう。
が、相手に気があると誤解されても困るから、愛想を振りまくのはやはりやめようか。
それに、わたしらしくない、よね。
ミミの自宅は、和風モダンな一軒家だった。
庭があるほどではなかったが、きちんとした門構えで、玄関の床は黒い大理石で光っていて、重厚感があった。
お父さんのご趣味だろうか。
和風の一軒家と言っても、田舎なだけのうちとは大違いだ。
そんなことを考えながら、脱いだ靴を揃えようとして身を屈めていると、
「ええよ、そんなん。
なんも気ぃつかわんでいいけ。
あとで揃えとくけ、はよぅ上がって、こっち来ぃ」
ミミはそう言って、お母さん、着いたよぉ〜と叫びながら、家の奥へ子犬のように走って行った。
やっぱり、ミミは経営者かなんかのお嬢さん、みたいだな。
なんとなくそう予想はしていたが、間違いなさそうだ。
お兄さんは静かに2階に上がって行った。
車の中でも一言も話さなかったから、おとなしい人なのかもしれない。
妹の騒々しさと対照的で、面白い。
ミミの後をついていくと、リビングだった。
「座って座って。
どこでもかまわんけぇ。
お父さんは今、香港なんじゃ。
明日帰ってくるけぇ。
お土産楽しみなんじゃ」
そう言って紅茶を運んできてくれた。
黒いソファに座って、紅茶をいただく。
普段から住んでいるわけではないのか、生活感が感じられない。
家族から可愛い可愛いされて育つと、こういうキャラクターになるのかなあ。
ミミがお母さんに何かを伝えて、勝手口から外へ出て行った。
お母さんが、そうっと由衣夏の方に来て、
「ほんま、よう来たってくださいました。
あのぅ、仲良くしたってやってくださいねぇ」
と、どこか申し訳なさそうに言う。
この人は、あの出来事を何か知っているのかもしれない・・・と思った。
由衣夏は親にも誰にも話していないのだが。
しかし、もしかするとこの親子は、隠し事なく何もかも話すような親子関係かもしれない。
由衣夏の家は違うが、そんな家族もいるだろう。
だからと言って、憶測だけで着いた早々にあんな話題を出すわけにもいかない。
「いえ、こちらこそ、わたしも外部入学で知り合いもいないんで、優しくしてもらって、助かってます」
と言っておいた。
お母さんは、微笑みながら何度か頷いた。
お兄さんといい、お母さんもあまり物音を立てないような、おとなしそうな人だ。
「ミミは、どこへ行ったんですか?」
「うちは、誰も料理をしないもので、近所に食事を頼みに行かせたんですよ」
と言う。
生活感がないのは、そのせいかもしれない。
「すごい綺麗なおうちですね。
雑誌とかモデルルームみたい」
そう言うと、
「このうちは事業がうまくいきだしてからやっと最近建てかえたもので。
こんなソファとか買いましたけど、主人は落ち着かない、と言って、ふだんはあっちばかり使ってるんですよ」
と言って奥の方に目をやるので、由衣夏もそちらを見ると、由衣夏のうちにもあるような庶民的なテーブルセットがあった。
お金持ちになったからと言って、庶民の感覚はすぐに抜けるものでもないらしい。
由衣夏は、少しほっとした。
お金持ちのテーブルマナーとか、そんなことはわからないから、育ちの悪いみっともない友だちだと思われたくもなかった。
その心配はなさそうだ。
「お兄ちゃんがおってくれて、頼んできた〜」
ミミが帰ってきた。
昔から馴染みの料理屋なのだろう。
夜はそこへ食べにいくのかと思ったら、ケータリングしてくれるそうだ。
「由衣夏、どっか行きたいところあったら、今日は運転手がおるけ。
どこへでも連れて行かすよ」
ミミが茶目っ気たっぷりの笑顔で言う。
「う〜ん、着いたばっかりやし。
広島は修学旅行で来たことあるから、その時に観光はしたしなあ」
由衣夏には、とくに広島で行きたいところは思いつかなかった。
「本場の広島焼き、ってのは食べてみたいけど」
それなら、明日のお昼でも行こう、という話になった。
明日はお父さんもおるから、運転させる、と言うが、香港から帰ってすぐに申し訳ないから、タクシーでも電車でも使って、自分たちで行こうと提案した。
ミミは由衣夏の提案に、あんたはえらいねえ、と言った。
ミミにとっては、自分のやりたいことをすることで誰かに迷惑をかける、とか考えないのだろう。
むしろ、可愛いわたしのためにどうしてやらないの?くらいに思うのか。
まったく羨ましい性格が出来上がっている。
ミミといい、紘美といい、積極的な人は、やっぱり裏に自信があるようだ。
ミミは家族から、紘美は男たちから自信をつけてもらっているんだろう。
「いいご家族みたいやん。
ええなあ」
「ええ?そう?田舎くさくてダサない?」
由衣夏は首を左右にふる。
うちの方がもっと田舎くさくてダサい。
その上、愛もない。
知性も、情緒も、美も、金も、愛も、なにもない。
由衣夏にとっては、実家など屋根があるだけのようなものだ。
でも、なにも言わなかった。
「うち、すんごい周り田んぼだらけのド田舎やもん。
ここは地方やけど市内やし、田んぼとかないやん」
「ああ、そうか、田んぼはないなあ」
「なんもないって、ほんまに田んぼしかないで。
コンビニも自転車で10分くらい走らなきゃないし。
ジュースの自販機がやっとあるくらい」
「へえ?」
そう言うとミミは驚いたようだ。
「そうか、大阪でもそんなところもあるかあ」
「うん、和歌山とか奈良の県境なんか、ただの山やで」
ミミは大阪イコール都会、と思っていたようだ。
でも大阪でも、全土が都会ではない。
「都会なんか、ミナミか梅田くらいやで」
「そっちの人って、ミナミ、て言うねえ。
最初聞いたとき、どこかと思った」
「梅田がキタ、やから、難波がミナミ」
「ミナミは、あんまり行きとうないなあ」
ミミには、ミナミは怖いところのように思っているみたいだ。
ミナミの帝王のイメージが強いんだろうか。
そんな人が歩いてるのを見たことはないけれど。
アメ村なんて、古着屋やライブハウスやおしゃれなショップもあって、若い子が好きな場所だと思うが。
由衣夏的にはアメ村より堀江の方がセンス良くて好きだが、ミミはミナミに強い偏見を持っているようだから、誘っても来ないだろうと思った。
ミミは、田舎、とか、オシャレ、にコンプレックスがあるようだ。
由衣夏はオシャレなものが好きだったから、クラスメイトがヒルトンのケーキバイキングに行くと言うとついていったが、そういえばそう言う時にミミがいることはなかった。
たしかに、ミミはアルバイトなどしなくても一人暮らしをさせてもらえ、すぐにブランドバッグを買ってもらえるほど、実家はお金があるが、ちっともオシャレではなかった。
まあ、ジュリとミミが合コンに行っても、ふたりともいい男にモテたりしないだろうな。
ダサめのおとなしい男子が、ミミに押されて付き合う、と言う流れになるだろう。
わたしもミミとジュリと同じレベルだろうな。
でも紘美が行ったらどうだろう?
すごく自信のある男か、勘違いしてるヤツか、玉砕覚悟の男が寄ってくるんだろうな。
紘美を誘って合コンに行って、みんなの様子を観察するのも面白いかもしれないなあ。
でもわざわざお金払ってまで、だよなあ。
しかし自由に使える部屋までもらっている紘美と、なんという差だろう。
ミミには紘美との出来事を話していないが、こんなに違うメンツが学校では毎日一緒にランチをしている・・・。
紘美が違いすぎている、のかもしれない。
もしかしたら紘美は一般人には理解できない悩みがあるのかもしれない。
いろんな人がいる、と言うが、本当に、いろんな人がいるんだなあ。
広島にいながらも、夏休みを楽しんでいながらも、由衣夏は新学期が待ち遠しかった。
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