第26話:ベリュー連合王国
異世界召喚から60日目:佐藤克也(カーツ・サート)視点
「ブラウン公爵領から来た。
ファイフ王国との戦いで人を集めていると聞いた」
俺はベリュー連合王国のブラウン公爵領を次の拠点に選んだ。
ここが最も危険な状態だと思ったからだ。
ファイフ王国が起死回生を狙うのなら、ここ狙って来るに違いない。
「傭兵希望の方で間違いありませんね?」
「傭兵でなくてもかまわない。
ダンジョンでの狩りでも、後方の力仕事でもやる」
「分かりました、ブラウン公爵領ではどのような事をされていましたか?
冒険者ギルドの紹介状があれば見せてください」
「冒険者ギルドの紹介状はない。
紹介状のない者でも、ギルドの入会試験に合格すればいいと聞いたのだが?」
「それで間違いありません。
入会試験を希望されるのですね?」
「ああ、頼む」
「……戦いや狩りには、その子を連れて行く気なのですか?」
「ああ、大切な子供は見える範囲に置いておきたい。
それだけの実力があると自負している」
「子連れで仕事をするというのは、かなり厳しくなりますが、分かっています?」
「依頼人が認めてくれない可能性は強いと分かっている。
だが俺の実力なら認めてもらえるとも思っている。
遠距離からの攻撃魔術も回復魔術も使える
「それが本当でしたら、騎士団の後方支援職に合格できるでしょう」
「そうか、だったら試験を始めてくれるか?」
「……私について来て下さい」
ベリュー連合王国のブラウン公爵領は人猫族が治める地だ。
連合王国領の他種族が出稼ぎに来る事はあるが、大多数は人猫族だ。
だが、ファイフ王国との激しい戦争で3万人いた人猫族が2万人まで減っている。
このままではファイフ王国の負けてしまう。
連合を組んでいる他の6種族に援軍を求めたいが、人猫族は身勝手で協調性がないので、他の種族からよく思われていない。
いや、連合王国で協調性があるのは人族と人狼族だけといっていい。
しかも協調性のある人狼族も他国と戦争中で、援軍が送れない状態なのだ。
この世界の来る前に予習した事だが、間違いないようだ。
「この10個の的に連続して攻撃魔術を放ってください。
正確性と発動間隔、破壊力を見てレベルを判定します」
高さと距離を微妙に変えた的が、1メートル間隔の横並びになっている。
速射性を優先すると、破壊力が弱くなり命中率も低くなる。
破壊力を優先すると、発動に時間がかかり命中率も低くなる。
歴戦の戦士なら、自分の能力を生かす選択をするだろう。
素早さに自信があるのなら、小魔術を短時間に数多く放つ。
破壊力に自信があるのなら、時間をかけてでも魔力を込めて大呪文を放つ。
「攻撃魔術に指定はないのか?」
「どの属性の魔術でも、敵を殺せる事に違いはありません」
実戦主義なのは気に入った。
魔獣を狩るなら相手の属性によって有利不利がある。
だが人間を殺すのなら、属性の違いには何の意味もない。
(魔法の槍を10個放つ、マジック・ランス・テン)
これが心の中で念じると同時に、純粋な魔力の槍10個が、同時に的の正中をぶち抜き、後方の壁も破壊する。
(呪文解消、インキャンテイション・デソリューション)
冒険者ギルドの外にまで破壊を広げる訳にはいかないので、呪文を解消する。
「なっ!」
俺を案内して来ただけでなく、試験官も務める受付嬢が絶句している。
プライドの高そうな人猫族が、驚いて言葉も出なくなっている姿はおもしろい。
俺の脚に抱き着いているオリビアが興味深く見ている。
「いったい何をしたのですか?!」
「できるだけ早く正確に的を射抜いた、それだけの事だ」
「非常識です!
同時に10個もの魔法の槍を発動させるなんて、非常識です」
「非常識だろうと、敵を斃せればいいのではないか?
それが公爵領の考え方なのではないのか?」
「……その通りです、その通りですが、これは余りにも予想外です」
「予想外の何が悪のだ?」
「この結果は、3要素全てがA級判定になります」
「人族がA級になるのが気に食わないのか?」
「そんな事を言っている訳ではありません。
私の権限では、D級までしか承認できないのです。
C級からA級は、ギルドマスターやギルドデピュティマスターが直接試験をしなければ承認されないのです」
「もう1度試験を受け直せという事か?」
「その通りです」
「今直ぐ受けられるのか?」
「申し訳ありませんが、今はギルドデピュティマスターしかおられません。
ギルドデピュティマスター1人で承認できるのはC級までになります」
「A級とC級では、軍での待遇が大きく違うのだな?」
「はい」
「だったら今日はC級の再試験を受けよう。
A級試験の準備できたら教えてくれ。
軍に行く前に、ダンジョンで狩りでもして小遣いを稼ぐ」
「そうしていただければ助かります。
直ぐにデピュティマスターを呼んできます。
今しばらく待ち下さい」
受付嬢が慌てて出て行った。
他の場所にいるデピュティマスターを連れてくるのだろう。
待っている間にオリビアと話し合う。
「オリビア、ご両親と同じ姿形はしていても、ゴーレムは本人ではない。
あくまでもゴーレムが変化しているだけだ。
依存し過ぎると、他の人達と暮らせなくなるぞ」
「……カーツがいてくれたらいい」
「俺が何時も側にいてあげられるわけではない」
「カーツが忙しい時はゴーレムといる、私はそれで幸せ」
「今直ぐ他の人間と交流しろとは言わないが、徐々になれて行きなさい」
「……はい」
俺とオリビアが今後の事について話していると、まあまあの時間が経った後で、受付嬢が3人の人猫族を連れて戻ってきた。
1人が副長で、2人が幹部なのだろう。
「お待たせしたようだな」
俺が貫通させた的を見てから副長が詫びた。
実際に的を見るまでは受付嬢の話しが信じられなかったのだろう。
この世界の平均的な魔術士の能力を考えれば仕方のない事だ。
「かまわない、ルールに従う」
「そう言ってもらえると助かる。
的の状態を見た感じでは、まるっきりの嘘ではないようだ。
魔力に問題がないようならもう1度同じことをしてくれるかね?」
(魔法の槍を10個放つ、マジック・ランス・テン。
呪文解消、インキャンテイション・デソリューション)
「「「ウォオオオオ!」」」
「何と凄い、こんなに圧縮された攻撃魔術は初めて見たぞ!」
「こんな小さな穴を通したぞ!」
「さっきと全く同じ、同時に10個もの高破壊力魔術を発動しているわ」
「……本当に驚くのはそこではない。
同時に放った高破壊力魔術を、1点だけを的中させて解消した事だ。
これは周囲に被害を及ぼさない画期的な事だ」
副長はよく分かっている。
正義の戦いだというのに、周りに迷惑をかけるのは許されない。
大怪獣を斃すためだと言って、幾つものビルを破壊するのは正義じゃない!
「率直に聞くが、この魔術は何回使えるのですか?」
「正確に計った事はないが、鍛錬中に計った回数は5000回だ」
「……自分を高く売り込みたい気持ちは分かりますが、マジック・ランス5000発は盛り過ぎで笑えませんよ」
「俺が以前数えて途中で止めたのは、10発同時発動のマジック・ランスだ。
5000発ではなく5万発だ、間違えるな」
「……これ以上嘘を言うのなら、魔術の能力はともかく、性格に難ありと評価しなければいけなくなりますよ!」
「ギルドマスターの試験が受けられるまでの間、ダンジョンに籠って狩りをする事になっているから、その成果で嘘か本当か判断すればいいだろう。
それも信用できないというのなら、お前達の前で100発同時発動のマジック・ランスを500回実演してやろうか?」
「……100発同時発動を500回とは言いません。
今私達の目の前で、100発同時発動を1回見せて頂けるのなら、貴男の言葉を信じて真摯にお詫びさせていただきましょう」
「ああ、いいぞ、今直ぐやってやろう。
的が10個しかないが、壁を破壊していいなら的の絵でも書いてやろうか?」
「そのようなご懸念には及びません。
直ぐに新しい的を100個用意させましょう」
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