『魔法』は実在すると科学的に解明されて一世紀。


 かつておとぎ話の中の存在であった『魔法』は『錬力れんりき』と名前を変え、いまや一般人にも身近な存在になっていた。


「テメェかよ、一年のくせに『ライトニング・インサイト』とか呼ばれてイキがってるっつーヤツはよぉ」


 ただし『実在すると科学的に証明された』とは言っても、それは『魔法のような超常的な力を扱える人間が実際にいるのだと科学的に実証された』『その力を扱える体質である人間が科学的に識別できるようになった』という方向性での解明であって、錬力の全てが解明されたわけではない。


 結局、錬力というものは生まれ持った資質に100%依存している『魔法』のような代物だ。その力を万人が発現できるように、またより広く役立てられるように……あるいは未知の分野を開拓したいという純粋な知的好奇心から、今や世界中で錬力学は研究されている。


「見れば見るほど、そのナマイキなツラが気に入らねぇ」

「つかさっきからずっと無言だけど、俺達の話、ちゃんと聞いてんのかよ!?」

「ナメクサッてんじゃねぇぞっ!! オォンッ!?」


 とりあえずどんな理由であれ、扱える者が一定数以上いると世間が認めていて、研究も盛んに行われていれば、その力を扱う者に秩序を教え込み、さらに後進を育成するための学びが作られることになる。


 つまりここはそんな感じの場所だ。


 国立五華いつはな学園高等学部。


 この国で文句なく最高峰クラスにある、錬力使い育成のための教育機関だ。


 ──なんて、ツラツラと考えて現実逃避するのも限界っぽいな。


 不良漫画のテンプレよろしく体育館裏に呼び出され、正直言って見分けがつかないスキンヘッドの男子生徒三人組に取り囲まれた稲妻いなづま雷斗ライトは、両手を胸の前に軽く掲げて抵抗の意志がないことを示しながら内心だけで小さく溜め息をついた。


 本日最終コマの授業が終わった後『先輩っぽい人が探してたよー、体育館裏に来いってさー』という親切なクラスメイトの声に答える形でノコノコとこの場にやってきたらこのザマだ。いや、正直に言うとこうなることは半ば予想した上でノコノコ来てしまったわけだが。今日の授業は先生達の会議の都合で早終わりだったというのに、これではせっかくの早上がりもパアになってしまう。


 ──学年章を見る限り、三年生か?


 何よりこんなにつまらないことに時間を取られて、恐らく今でも教室でポケラッと呑気に雷斗を待っているであろう幼馴染にして相方である少女を放置しておくわけにもいかない。


 彼女はあらゆる意味でトラブルメーカーだ。目が届かない場所に放置しておくと大概碌でもないことになる。


「……あのぉー、ちょっといいっすか?」


 雷斗は意を決してソロリと口を開いた。そんな雷斗に向かって三人組からギロリと視線が飛ぶ。


 ちなみにこの三人はこの場に来てから雷斗が終始無言であったことがお気に召さないという趣旨の発言をしていたが、雷斗はきちんと挨拶をしたし、『で、ご用件はなんでしたか?』という問いも向けている。それに無言のメンチを切り続けたのは彼らの方だ。


「さっきもお訊ねしたんすけども。結局これは、何の呼び出しなんすか?」

「はぁぁんっ!?」


 だというのに、至極丁寧にしてみた質問に、容姿も体格もそっくりなスキンヘッド三人衆から返ってきたのはドスが効いた奇声と勢いを増したメンチだった。


 なんたる理不尽。


「俺らはテメェが気に入らねぇつってんだよっ!!」

「一年坊主が俺達に生意気な口利いてんじゃねぇぞっ!!」

「俺様達は天下の三年チーム『牛頭党ゴズトウ』様だぞっ!? あぁんっ!?」


 内心で『今日の俺、星座占いのランキング良かったはずなのになぁ』とぼやく雷斗に構わず、三年連中による理不尽の嵐は続く。


「入学したての一年坊主なくせしてもう実地パフォーム出てるとかクソ生意気なんだよっ!!」

「おまけにランキング5位とかなんなんだよっ!? 俺ら三年のコト舐めてンのかっ!? あぁっ!?」

「俺様達だって35位なんだぞっ!? はぁんっ!?」


 だがそのボヤきは、続く言葉を聞いて納得に変わった。ちなみに納得とともに溜め息もこぼれている。


 ──なんだ、やっかみか。


 多分こうなるだろうと半ば予測ができていながらも雷斗がノコノコとこの場にやってきた理由がここにある。


 慣れている。いつものこと。どこからともなく湧いてきて、対策の仕様がない。


 つまり、こういう類の呼び出しは、雷斗にとっては日常茶飯時なのだ。


 ──まだアンナが単身で呼び出されるよか断然マシだけども……。一体何回目だよ、この学校に入学してからさ。


 錬力を扱えるか否かは、生まれ持った資質に100%依存している。


 そして『才ある者は、世のため人のために正しく広くその才を活かさなければならない』というのが、錬力学を興した者達から脈々と受け継がれる矜持なのだともいう。


 その理念の実践としてこの高校で行われているのが『実地課題』。


 学生同士でチームを組み、警察の錬力犯罪対策チームとともに、錬力によって引き起こされたトラブルの解決に当たるというものだ。


『パフォーム』と呼ばれるこの実地訓練は、その様子の一部が世間一般に公開されている。『錬力使い達はこんな風に世間の皆様のお役に立っております!』という分かりやすいプロモーションの一環なのだが、これが世間には中々に好評であるらしい。何でも、ちょっとしたアクション映画みたいに見えるんだとか何とか。


 ──ま、確かに、錬力使い同士のバトルって異能力ファンタジー物のバトルシーンそのものだもんな。動画編集チームも、世間一般に見せられないシーンを削るついでに、そこも意識して編集してるみたいたし。


 そんな状況でパフォームに出ているチームが複数存在していれば、世間様からの人気・不人気は当然生まれてくるわけで。つまり実力差やら人気差ができるわけで。


 本当は二年生から行われるその実地訓練に入学当初から参加している一年生コンビがいれば、当然目立つわけで。


 その片割れが、錬力の素質を欠片も持たないくせにこの学校に入学してきた『史上最強の劣等生』なんて呼ばれる存在だったら、余計に目立つわけで。


 さらにそんなコンビが年功序列をゴボウ抜きにして実力も人気もトップクラスに名を連ねていれば、当然他のチームは面白くないわけで。


 ……つまり、こういうことになるわけだ。


「えーっと、ですね。もう埒が明かないんで、率直に言わせてもらうんですけども」


 大体の用件を把握した雷斗は、一度深々と溜め息をついてから口を開いた。今まで意識的に演じていた『突如体育館裏に自分を呼び出した三年生に囲まれて怯えている一年生』という化けの皮を脱ぎ捨てて言葉を紡いだ瞬間、ピリッと周囲を取り巻くプレッシャーが上がる。


「っ……!」


 雷斗を取り囲んだ三年連中も、その圧が分からないほどバカではなかったらしい。


 たった一言で場の圧を変えた雷斗を囲んだ三人は、即座に拳を固めると無言で雷斗に殴りかかる。一瞬かつ無言で展開された一糸乱れぬ連携は、並の人間であったら成す術もなく倒れる圧倒的な『暴力』だ。


 ──まぁ、


 もっともそれは、雷斗がであったならば、という話なのだが。


 ──『ライトニング・インサイト』にケンカ売ってこようってわけなんだから、そりゃそこそこ強いわな。


 もう一度深く息をつき、雷斗は意識を切り替える。


 その瞬間、雷斗の視界は突如スピードが落ちた。


 ゆっくりと流れ始めた視界で冷静に三人の動きを眺めた雷斗は、体を沈めるとまず背後に立った人間の軸足を払う。次いで左から来る人間の腹に右の拳を沈めて吹き飛ばすと同時に退路を確保。空いた空間に体を逃しながら、右正面から来ていた相手の背後を取り、首筋に手刀を叩き込む。


「なっ!?」

「ゴッ!?」

「グハッ!!」


 雷斗を取り囲んでいた三人は、たった一瞬で地面に伸びていた。


 制圧完了を確認した雷斗はフーッと鋭く息を吐き出す。深呼吸で意識を切り替えると、雷斗の視界はゆるゆると通常の速度を取り戻した。


 数度瞬きをして完全に緊張を解いた雷斗は、さらに溜め息を零すと地面に転がした三人へ言葉を向ける。


「この学校では錬力使いの私闘は厳禁って聞いてるんすけど……。錬力使ってないケンカなら、ギリセーフっしょ」

「て、テメェ……!」

「俺、つまらないことでこの学校を退学にでもなったら困るんすよね。大事な約束があるんで」


 きちんと手加減はできていたようで、地面に沈められていても三人はきちんと意識を保っていた。『何が起きたか分からない』という顔でうめき声を上げながらも、三年生達は果敢に雷斗を睨みつけてくる。


 そんな三人に、雷斗はヒヤリと冷めた視線を向けた。


「純粋に因縁つけたかっただけなのか、煽って実力試しをした上で仲間に引き入れたかったのかは知りませんけども。頼むんで、もう俺に構わないでください」


 先程までのプレッシャーとは種類が違うひんやりとした空気に三人が揃って息を飲む。


「俺は……」

「イトく〜ん?」


 だがその圧が持続することはなかった。


「イトく〜ん? その辺にいたりしない〜?」


 聞いているだけでこちらが脱力してずっこけそうな声が、雷斗のことを呼んでいた。その声に雷斗は思わずガバリと声がする方を振り返る。


 ポテポテという効果音でもしそうなトロい走り方をしながら声を上げているのは、制服を野暮ったくカッチリと纏った女子生徒だった。


 ボサボサに伸ばされた黒髪は前も後ろも長い。おまけに顔にはサイズが大きすぎる瓶底メガネがかけられていて、顔面の位置は分かるが容貌はまったく分からない状態だった。『野暮ったい』という言葉が人の形を取り、五華学園の制服を着たらこうなるのかもしれない。


 そんな悪い意味で非常に目立つ女子生徒の姿を見つけた瞬間、雷斗はひっくり返った声で女子生徒の名前を呼んでいた。


「アンナっ!?」

「あ! イトく〜ん!」


 その声にようやく雷斗が視界のど真ん中にいることに気付いたのか、雷斗の幼馴染はパァッと顔を輝かせた……ような気がした。何せ顔が全面的に髪とメガネで隠れているので、雰囲気で判断するしかない。


「イトくん! やっと見つけた!」

「ちょっ、アンナ……!」


 子犬が飼い主を見つけた時のような反応を見せた雷斗の幼馴染……冴仲さえなか杏奈アンナは、止まっていた足に力を込めると雷斗に駆け寄るべく地面を蹴る。反射的に雷斗は杏奈を制止しようと声と腕を上げていたが、残念なことに何もかもがすでに遅すぎる。


「イトく、ふぎゅっ!?」


 案の定、杏奈はベシッと己の足に反対側の足を引っ掛け、見事に顔面から地面に倒れ込んだ。あまりにも痛そうな転び方に雷斗のみならず地面に伸びたままの三年生達までもが揃って片手で顔を覆う。


「……なぁ、お前」

「……なんっすか」


 そんな状態のまま、三人のうちの一人が声をかけてきた。今から何を言われるかうっすら覚っている雷斗は、諦観にも似た心境で口を開く。


「あいつがお前の、相方なんだよな?」

「そうですけども?」

「錬力学の『れ』の字も扱えない、『史上最強の劣等生』」

「不本意ながら、そう呼ばれてますね、はい」

「あいつ以外と組んだ方が、何かと楽なんじゃね?」

「そう思うことも、まぁないと言ったら嘘になりますが」


 もう一度だけ深々と溜め息をついた雷斗は、顔から手をどけると前へ足を踏み出した。


「『ライトニング・インサイト』は、あいつあってのものっすから」


 ゆっくり踏み出した足は、三歩進む頃には駆け足に変わっていた。そんな雷斗の背中に三人組の『あれがランキング上位者の心意気……!』『一年生ながらシビレたぜ!』『惚れるわぁぁあっ!!』という感嘆の声が飛ぶ。


 ──結局あの人達、何なの?


 一瞬だけ心の中で疑問を転がしてから、雷斗は杏奈に駆け寄った。片膝をついて杏奈の前にしゃがみ込めば、杏奈からは微かなうめき声が聞こえてくる。


「アンナ!」

「ふ、ふぎゅう〜……」


『それ、どんな声だよ』『ツッコミ待ちか?』と言いたくなる独特なうめき声を上げながら、杏奈は何とか自力で体を起こした。上半身を支えるために突っ張った腕が滑って再びアゴから地面に飛び込みそうな鈍くさい動きを見た雷斗は、今度は杏奈がすっ転ぶよりも早く両脇に手を突っ込んで体を支えてやる。


「大丈夫か?」

「う〜、だいじょばない」

「はいはい」


『軽口を叩けるなら大丈夫だな』という判断の下、雷斗は杏奈の両脇に手を入れたまま立ち上がる。実年齢よりも上に見られがちなガッチリした体つきをしている雷斗にとって、平均よりもはるかに肉がついていない杏奈の体重など軽いものだ。『わっせい』と気合を入れてそのまま立ち上がると、杏奈の体はフワリと浮く。


「わ、すご〜い! さすがイトくん!」


 毎度お馴染みの行動なのに、いつもと同じように杏奈は無邪気にはしゃぐ。


 そんな杏奈の無邪気なところが、雷斗は案外嫌いじゃない。


「で? 何でお前、俺のこと探してたの?」


 あっさり立ち直った杏奈を地面に降ろしてやりながら、雷斗は本題を問う。


 だが杏奈はそんな雷斗をキョトンと不思議そうに見上げた。ボサボサの黒髪と見透かせない瓶底メガネの向こうで杏奈がパチクリと目をしばたたかせていることが顔が見えなくても分かる。


「え?」

「いや、『え?』は俺の方なんだけども」


 これも毎度の恒例行事なので、雷斗は辛抱強く質問を重ねる。


 ──これがわざとじゃないってんだからなぁ……


「お前、俺のことを探してたからこんなトコまで来たんじゃねぇの?」

「言われてみれば?」

「で、ご要件は?」


 さらに問いを重ねると、杏奈は雷斗を見上げたまま首を傾げた。ポカリと口を開いたまま雷斗を見上げて考え込む様は間抜けとしか言いようがないが、これでも本人は真剣に記憶を漁っているのだろう、多分。


 ──俺が気長になったの、確実に杏奈がこうなったからだよな。


「あ。そうだ、先生がイトくんのこと探してたから、呼びに来たんだった」


 辛抱強く待ってやると、数十秒後にようやく杏奈はポムリと右の拳を左の手のひらにぶつけた。


 その瞬間だけ、ヒヤリと杏奈の空気に無邪気らしからぬが混じる。


、だってさ」

「仕事? 実地パフォームじゃなくて?」

「さすがにそこは間違えないよ」


 雷斗の確認に杏奈はドヤッとない胸を張った。


 そんな杏奈に雷斗は思わず顔をしかめる。


「そんな重要案件、うっかり忘れんなよ」

「そこはゴメン」

「で? 誰先生が探してたんだ?」

「……え?」

「え?」


『いや、そこ忘れるか!?』とは思ったが、どうやら再びパカリと口を開いたまま宙を眺めている杏奈を見るに、本気で忘れてしまっているのだろう。ぱやぱやと小花と小鳥を散らしながら宙を見つめている杏奈の記憶を頼るよりも、片っ端から教員を捕まえて話を聞いた方が早いかもしれない。


 ──俺達ライトニング・インサイトを持ってくる先生なんて限られてるし。


「……分かった。とりあえず、校舎に行くぞ、アンナ」


 さすがに溜め息を隠せなくなった雷斗は、深々と溜め息をつきながらも杏奈に手を差し出す。その手を嬉しそうに取った杏奈は、さらにスルリとじゃれつくように腕をからめた。


「うん!」


 ぽやぱやと笑っているのであろう杏奈には、重要案件を忘れてしまった罪悪感など欠片も見えない。


 それが平和の証拠でもあると分かっている雷斗は、小さく溜め息を飲み込んだのだった。

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