第2話 公爵令嬢の侍女になりました

 クロウ一家と使用人達の目が厳しい。

 ここで、勉学と使用人として有能であると実績が詰めなければ後がない。

「カロリーナ女史より紹介頂いたリリー・エバンス嬢です。不慮の事故で階段から落ちて、入学後から今までの記憶の一部が抜け落ちて難儀しているとのこと。卒業後のことを憂いて、わたくしの侍女として必要最低限の学力とマナー、使用人の心得などを教えるつもりです。エバンス嬢、挨拶を」

「お初に御目文字仕おめもじつかまつります。エバンス子爵の娘リリーと申します。マリア様を始め、学園では様々な方にご迷惑をおかけし恥じる気持ちです。カロリーナ様とマリア様のお計らいで、更生の機会を与えられました。ご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします」

 制服のスカートの裾を摘まみ、カーテシーをする。

「……見るに堪えないカーテシーですこと」

 扇子で口元を隠し、辛辣なお言葉をマリア様の御母堂から頂いた。

 前世の記憶がにょっきりこんにちはしたことで、色々と大事な部分まで抜け落ちちゃったんだもの。

 今の私は、どちらかというと前世に引っ張られている。

「お嬢様、これは躾甲斐があるお方で御座いますね。貴方は、一時とはいえ公爵家の使用人となる者です。頭から指の爪先まで、一つ一つ優雅に素早く動いて仕事をこなせるようにして差し上げます」

 クイッと眼鏡の縁を押し上げて不敵な笑みを浮かべる女性(推定40歳?)のお言葉に、不穏なものを感じた。

 躾と称して体罰は嫌だが、聖魔法のレベル上げと思えば耐えられるだろうか?

「本当にどこの馬ともしれぬ阿婆擦あばずれを侍女に召し上げるのかい? マリアが嫌なら、私がカロリーナに断りを入れても良いだよ? 明日には、物言わぬ死体そんざいになっているかもしれないし」

とマリアのアルベルト様が、甘い声で囁いている。

 呟かれている内容は全く穏やかではない、私に。

 破滅エンドを迎えるのと、卒業までの約2ヶ月を死と隣り合わせの生活するのは、どちらが幸せなのだろう。

 これは、後者が正解かな。

 前者を選んだら生き地獄だが、後者を選べば運が悪ければそこで終了となる。

 『死』は、最も救いに近いのかもしれない。

「結果を残せるように頑張る所存です」

「期待はしていない。精々、マリアの顔に泥を塗るようなことはしないように。生きて卒業できると良いね」

 笑みを浮かべているのに、目が全く笑っていない。

 殺気は感じないが、怒気は感じる。

 色々やらかしたもんね。

「彼女を公爵家で正式に受け入れた以上、しっかりと教育を施しますわ。一日の仕事の流れは、侍女頭のマーサに訊ねなさい。彼女の手が空いていない時は、執事長でも宜しくてよ」

「畏まりました」

「後、わたくしのことは常にお嬢様と呼ぶように。学園に通っている時でもよ」

「はい、お嬢様」

 私は、こうしてお嬢様ことマリア様の侍女となった。



 侍女頭のマーサに、仕事の流れを教えて貰うため使用人棟へと移動した。

「ここが、貴方の部屋よ」

 四畳ほどの何にもない部屋は、埃で汚れている。明らかに物置だった場所だ。

 一応、窓はあるが小さすぎる上に高い場所にあって手が届かない。

 典型的な嫌がらせ。やることが小さいと思うが、私がマリア様にした仕打ちに比べれば可愛い方だろう。

「部屋を掃除して、使われていない家具をお借りすることは出来ませんか?」

「……良いでしょう。使用人の昼食は、交代制で取っています。貴方は私と同じ時間に休憩を取ることになりますが、その時間を掃除に宛てても構いません。掃除道具は、一階の階段下にあります。このフロアの一番奥に使われていない家具がありますので、使いたいのならご自分で運び込んで下さいませ。昼食に入る前に声を掛けますわ」

 ツンッとした顔で言いたい事だけ言うと、マーサはどこかへ行ってしまった。

 掃除道具を取りに行くにしても三階から一階まで下りなければならない。

 それに加えて、水の持ち運びもするとなれば結構な重労働だ。

 私一人で机や椅子は兎も角、ベッドや箪笥を運び込むのは無理だと思われているのだろう。

「魔法は、イメージの世界! やってやろうじゃないの」

 前世の化学とオタク知識をフル活用して、新しい魔法の一つや二つ作って見せようじゃないか。

 私は掃除道具一式と梯子を取りに行き、高い場所の窓をモップの柄で突いて開ける。

 頭には三角巾、口元はハンカチで作った即席マスクを、ゴミとして出されていたシーツを貰って割烹着を作り着用している。

 どこからどうみても公爵家に侵入した不審者そのものである、皮だけは。

「埃を落とすところから始めましょう」

 掃除をするなら、塔に閉じ込められた女の子が掃除の歌を歌う曲でお送りします。

 毛糸のポンポンを作り、風魔法で小さな竜巻を幾つも作ってポンポンを浮かせ、部屋中の埃を絡めとって貰う。

 操作を一歩間違えると大惨事になりかねないが、腐女子の妄想力は時として偉大なのだ。

 埃を取り終えたポンポンは頭陀袋ずだぶくろに仕舞い、水で軽く絞ったポンポンを先程と同じように宙に浮かせて汚れを拭き取って行く。

 薄汚かった壁は白くなり、くすんだ床は飴色の光沢を放っている。

 部屋の掃除は一旦終わったが、昼食を抜かないと家具を搬入して使用できるまでには至らない。

 昼食に呼びに来たマーサに断りを入れて、ピカピカに磨いた家具を身体強化魔法で部屋に運び、自分好みの部屋へと変貌させた。

 ドアマットに『土足厳禁』とデカデカと書き、拝借した棚に靴とルームシューズを収納した。

 聖魔法と闇魔法以外の他の魔法適性があって良かった。

 私の魔法適正は、こんな感じである。

 聖魔法=闇魔法>風魔法>水魔法>火魔法=土魔法>無属性

 一番適正がないのが、無属性魔法。付与魔法や空間系統魔法は、これにあたる。

 魔力量が多いと言えないのに、半日ぶっ続けで行使出来たのは強固なイメージと魔力消費を極限までに抑えた結果である。

 この時点でヘロヘロだったが、お昼休憩が終われば本格的なお仕事が始まる。

 荷物を片付けて、お部屋の体裁が取れたところでマーサが私を呼びにやってきた。

 彼女を招き入れると、女の子がやっちゃいけない顔になっていた。

 人は、あれを『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』というのだろう。

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