逆ハーレムは苦行でしかないんですけど!

もっけさん

第1話 絶対絶命のピンチなんですが!?

 気が付いたら見知らぬ天井が目に入って来た。

 消毒液の匂いがする。

 ぐるりと辺りを見渡すと、心配そうに顔を覗き込む美少年が二人。

「リリー! 気が付いたんだね?」

 歓喜の表情を浮かべた少年Aに対し、

「殿下、リリーは目覚めたばかりで混乱しているようです。僕らは、保健教諭に任せて授業に戻りましょう」

 少年Bは、呆気に取られている私を見て痛ましそうに顔を歪め殿下と呼んだ少年Aを諫めている。

「だが、あんな事が起こった後だぞ! リリーも一人になるのは、不安だろう」

 いえ、全く不安じゃないです。

 それより、今置かれている自分の状況が分からないことが不安です。

 とは、言い出せない雰囲気がある。

「私は、大丈夫です。お二方とも、授業にお戻り下さい」

 頭の中を整理したいから、どっか行けと遠回しな口調で告げると美少年Aは渋々といった表情で、Bに保健室から引きずるように摘まみだされて行った。

 このベッド、何気に寝心地が良い。今、この状況でなかったら爆睡できていたと思う。

 まずは、自分の記憶を掘り起こして現状を把握しなければ。

 リリー・エバンス、15歳。エバンス子爵家の一人娘。海沿いの小さな領地を拝領しており、漁業と林業で生計を立てて慎ましく暮らしている。

 珍しい聖魔法と闇魔法適正が高く、王立学園からスカウトを受けて特待生として入学。

 学費・寮費・教材費などは一切免除となる代わりに、卒業後は5年の宮勤めが課される。

 その後は、実家に戻ってもOKらしい。

 リリー・エバンスは、良く言えば天真爛漫。悪く言うなら、無神経で男に取り入るのが上手い女の敵である。

 勉強は好きではなかったらしく、成績は下から数えた方が早い。

 これで、卒業して宮勤め出来るのか怪しいものだ。

 それに、先程の美少年AとBに関する情報も出てきた。

 美少年Aは、エルドラ皇国このくにの第二皇子アーサー様。文武両道で眉目秀麗な外面だけは完璧な皇子様だが、依存タイプの粘着系男子。

 少年Bは、宰相補佐の息子リカルド・ロドリゲス様。侯爵子息のTHE文系男子で、ツンデレを拗らせたらストーカーになる地雷男子。

 他にも騎士見習いのジェームズ・ビアンキ様。辺境伯爵子息の脳筋男子で、出来の良い弟妹と比較されこじらせ卑屈モード全開の面倒臭い男子。

 私の前世の知識では、この3人が乙女ゲーム『ハートフル♡彼氏Ⅰ』の攻略対象達だ。

 Ⅰは、学園生活を重点に置いた物語が展開される。

 卒業式で悪役令嬢ライバルマリア・クロウをつるし上げるようなイベントは存在しない。

 ①友情バッドエンドは、これからは職場で切磋琢磨して働こうねでお別れ。

 ②個別ルートノーマルエンドは、攻略者と婚約して宮勤めに励む。

 ③逆ハートゥルーエンドは、主人公リリーを後宮に閉じ込めて第二皇子と結婚して3人に囲われる。

 今の私にすれば、どれもバッドエンドにしかならないよ!!

 3人とも婚約者か婚約者候補がいたはずなのに、何で(前世を取り戻す前の)私みたいな女に引っ掛かるかな?

 第二皇子婚約者筆頭のマリアが、度々私を注意していたのは周囲から買った女子の不満を緩和させるため。

 他にも色々副次効果はあったが、前世の知識が生える前の私には馬耳東風でしかなく、今まさに反省している。

「これ、詰んでね?」

 ウガーッと頭を掻き毟っていると、

「おや、これは珍しいものが見れましたね」

と妖艶な美人さんが、私を珍妙なものを見るような目で見ていた。

「えっと、保健教諭のカロリーナ先生ですよね?」

 そう問い返したら、目を丸くして驚かれた。

 そりゃそうだよね。見目の良い男の名前しか覚えてなかったんだから。

 記憶の底をを浚う勢いで情報をかき集めていたのだ。

 人の名前と顔は一番重要な情報で、次にその人の趣味嗜好が分かればコミュニケーションが捗る。

「あなたが、私の名前を知っていたことに驚きました」

「あー……その節は、誠に申し訳ございません。自分でもかなり頭のぶっ飛んだ話になるんですが、聞いて貰えませんか?」

 今、この状況を一人で抱えるには荷が重すぎる。

 私は、カロリーナ先生に前世の記憶が生えたことに関しては伏せて入学から今までの記憶が虫食いで飛んだことを話した。

「……それ、本当なのかしら?」

「嘘と思われても仕方が無いんですが、授業内容や学校生活で何をしていたか覚えてないんですよ。あの男子達も誰だっけ? っていうレベルですし。よく話かけてくれたマリア・クロウ様は覚えてます」

 話しかけられたというより、呼び出しからの説教だったが言葉の綾である。

「頭を強く打つと、記憶が一時的に飛ぶ事例もあるから貴方の言い分が正しい可能性もある。でも、今までの行いからすれば嘘と思われても仕方がないのよね」

 ですよねー。分かるわぁ。私が、マリアの立場なら嘘と断定したと思うもの。

「入学時に奨学制度を利用しているので、卒業後の5年は宮勤めですよ。基礎の勉強が分かってない小娘に、務まる仕事だとは思えません。卒業式まで2ヶ月切ってます。最低限のマナーと基礎学力を身に着けないと破滅します」

 うわーんと恥も外聞もなく泣き出した私に、どうしたものかと思案したカロリーナ先生が重い口を開いた。

「もし、その言葉が本当なら手助けすることはやぶさかではないわ」

「本当ですか!?」

「最低卒業までの間は、針のむしろで生活しなくちゃならなくなるけど。貴女にその覚悟はあって?」

 私にとってのバッドエンドが回避できるなら、どんとこい!

「勿論です!!」

「なら、マリア・クロウの侍女として住み込みで働きなさい。従妹の私が、紹介状兼診断書を書いてあげる。貴方が反省し有能だと示せたなら、マリアは手を差し伸べてくれるわ。各方面に慰謝料を払わなくちゃならないものね」

と言われ、私は顔面蒼白になる。

 婚約者や婚約者候補の面子を潰したのだから、慰謝料の請求をされても文句は言えまい。

「実家ではなく、私個人に請求して貰えるよう何卒口添えをお願いします」

 米つきバッタのようにベッドの上で土下座を披露すると、

「はしたなくてよ」

と一掃されてしまった。

 こうして、私はカロリーナ先生の紹介を元にマリア・クロウの侍女として期間限定で働くことになった。

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