曇りのち曇り

雪鶴

一話 真綿の様な島

『夜に昇る月は一つ。

太陽が雲で隠されて二つ。

島の形で三つ。 

三つの月の三月島みつきじま。』

碌に観光客も来ないから、本島にある精神病院の療養棟を誘致して何とか集落の形を保っている年中曇りの島。

それが僕の住んでいる三月島。


「…の後 李徴りちょうがどうなったかを知る者…」

「……う者、勅命ちょくめいほうじて嶺南れいなん使つかいし、…」

そしてここは島唯一の高校、”三月高校”の教室。

気候と天気の影響で三月島は年中それなりに肌寒い。

小中とエアコンのある暮らしをしてきたけど高校にそれはなく、

6月でも今日のように寒い日だと生徒は厚い冬服を着てさえいる。

…どうやらもう授業の終わりらしい。伊藤さんが文房具を片付け始めた。

最近はいつも彼女が一番先に片付ける。時計を見ると針は35分。

綺麗な授業終了五分前行動。


次第に彼女以外からもゴソゴソと教科書をしまったりペンの擦れ合う音がし出す。

「はあ…。」

先生が黙ってしまった。授業終わりにキリが悪いといつもこうなる。

眼の前で片付けだす生徒を見てやる気を削がれるのだろう。

まあそもそも初めから大してやる気はなさそうだったが。

やる気のある先生は教科書を念仏みたく音読はしない。


…。


…チャイムだ。

教室前部に一つだけある安っぽく古めかしいスピーカーから安っぽく古めかしいベルが鳴る。

「…ええ、時間ですね。」

「ありがとうございました。」

毎度のこと先生が何に感謝しているのかが分からないが、これで六時間目の現代文の授業が終わった。



…別に、不幸ではないと思う。

横浜までは船で大体4時間で着く。学割で運賃もそれなりに安い。

用事があれば東京辺りに出かけることができる、という点は利便性だけでなく精神的な支えにもなっている。

中学生の頃からしょっちゅう本島の繫華街に繰り出すグループもいて、案外ステレオタイプの田舎らしさからは脱却している。

Amazonも船の欠航さえなければほぼ予定通りに届くのも魅力だ。

また島のかなめ、誘致した精神病棟は村議会の目論み通りに雇用を増やした。

僕らに実感は大してないが。

まあ患者の脱走なんてそうそう無いし、島の大人たちが言う様な「教育への悪影響」はまるで無かった。

結局「精神病院が誘致された、ただの田舎の島」それ以上も以下も無かった。


……

…先生が出ていった教室から立ち去ろうとする人は誰も居ない。


「え、じゃ今日はみんな集まれるよね。」

伊藤さんが口を開いた。

「大丈夫だよ。」

控えめな須藤さんの声が消える頃には、もうクラス全員が伊藤さんの席の周りに集まっていた。

5人が集まる。

これが全員。クラス単位ではない。学校単位で。

「じゃあ皆なんか考えて来た?」

伊藤さんは飯野に目配せをしながら、しかしクラス全員に話し掛ける。

朗らかな声だ。有無を言わせない声ともいう。


…3年が始まってもう2ヶ月。

受験の存在感が随分強くなってきたこの時期。

それぞれが別の方向を向いているクラス。


そんな状況で、伊藤さんはこの学校でも文化祭をやりたいと言い出した。


海向かいの瀬凪高校のように。

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