第52話「違ってたらごめんなさい」


「おまえ、ヨーコの尾っぽか……?」


 こりゃ参った。やっちまったね。


 ごっちゃんがせっかくあたしだけでも逃がそうって案を出してくれたってのに、なんの策もなしに飛び出しちまったよ。

 せめて呪符の一つでもこしらえてから飛びだしゃよかったねぇ。


 でも四の五の言ってる場合じゃない。

 顔も体も土つけて黒狐のフリした意味はなかったみたいだけど、幸いヨルのやつにはまだ入れ替わってたのがバレてないみたい。だったらひとつこのまま掻き回してやろっかねぇ。


 ただし相手はヨル。絶対に気を付けなきゃいけないのが――


 ふん、と鼻を鳴らしたヨルが片手を肩の辺りまで上げて、四本指で縦に線、続けて五本指で横に線。空中を引っ掻く様な


 宙に浮く掌ほどの、で作った格子状の図柄。


「失せろ。尾っぽに用はない」


 そうヨルが溢すと同時、庵に前足二つを踏み込んだあたしに向けて放たれるそれ。

 ぐんっと肥大しながらこっちへ――――これを喰らっちゃそれでしまいだよ!


「きゅーー!」


 …………伏せっ!


 ――あ、あぶ、危なかった。ヒヤリとしたねほんと。


 まさかが当たったとこしか相殺できないとは思わないじゃないか。

 格子の下側真ん中、伏せたあたしがなんとか潜れる程度の穴しか空けられないなんてさ。おかげで入り口の障子が丸ごと吹き飛んじまったよ。


 少し驚いた顔のヨルがあたしに背を向けて、ごっちゃんへ向き直って言ったんだ。


「どうやら根本的に術式自体が違うらしい。ヨーコのは優秀だな」


 ちっ。あんなこと言ってら。

 しーちゃんがやるようなさ――遠吠えに戟を籠めて放つ技――、あれに見せかけたつもりだったけど、あたしがこっそりを使ったのがバレてるらしいね。


 遠吠えに紛れ込ませたのは、巫戟で素早くかたどった星。さらにそれに籠めた

 ぶっちゃけしーちゃん達にゃ野巫の術は使えないんだけど、どうやらヨルの尾っぽにも出来ないらしいね。


 ……今のはなんとか防げたけどね、何がやばいってさ、やっぱりアイツ、尾っぽを消滅させるのになんの躊躇ためらいもないってこと。


 分かっちゃいたけど今の状況はホントに拙い。

 なんてったってごっちゃんに化けたあたしがやられりゃごっちゃんたちも纏めてお陀仏なんだから。

 ま、もしそうなったらあの世からでもヨルのやつ指差して笑ってやるよ。


 自分で黒狐の里を救う手段を潰したバカだってね。



『お葉ちゃん! やっぱり逃げてよ!』

『……あたしがなんとかするからさ。ごっちゃんは良い感じにあたしのふりしててよ』


 そう強がってはみたものの、今んとこ一つも良い案ないんだけどね。

 とにかくあたしの身を守ることが最優先。でもそれがバレないようにごっちゃんも守んなきゃいけない。

 だって入れ替わってるのがバレちまっちゃごっちゃん消されてあたしがまた捕まっちまうから。


 ……嫌んなるねぇ。野巫はともかく、あたしの方は戦い向きじゃないんだからさ。


 ぽぅっ、と口から巫戟で作った玉を吐き、それを鼻先でつついて破って頭っから引っ被る。簡易だけど一人用の結界さ。

 これなら一発で死ぬこたないだろ。


「狐の体で器用なことだ。しかしな術なのは変わらない」


 ヨルは再び振り向いて――「ヨーコ、そこを動くな」――それだけ言ってごっちゃんの足元目掛けてあの格子を放ったんだ。


 床に当たった格子は立体的に肥大して、四角く立ち上ってごっちゃんを閉じ込めやがった。


 慌てたごっちゃんが内側からばんばん叩いてみせたけど、音も声も聞こえない、なんならあたしとの繋がりまでも切れちまったよ。


つがうのはこの尾っぽを消滅させてからにしよう」


 いつもの平坦な声音でごっちゃんに告げたヨルが、ゆっくりこちらを向いたところを狙って……全力の遠吠え! 直撃!


 ……ホント嫌んなるねぇ。庵の壁も屋根も吹き飛んだってのに、ヨルがこちらへ向けて掌開いて無傷で立ってやがったよ。


「ヨーコにも当たるぞ? 良いのか尾っぽ」


 へんっ。なに言ってんだ。あんたの張った結界、びくともしてねえっての。


「きゅぅーー!」


 ごっちゃんの体じゃ野巫が巧く使いこなせない。だからもう闇雲に遠吠え放つっきゃない!


 どぉんばぁんぼぉん! ってな具合にひっきりなしにヨルの周りで炸裂するけど、舞い上がる砂埃に垣間見えるヨルのやつ、ニヤニヤ笑ってやがるよ。腹の立つことこの上ない。


 けど不思議だね。

 あんなにビビりまくって震えてたあたしだけど、いざ立ち向かってみりゃなんとか体も動い――


「もういい。飽きた。逝け」


 ――無造作に振られたヨルの両手。そこから放たれた二つの格子。

 その一つ目がもう避けらんない。


 あたしが身に纏った結界はちゃんと仕事したけどあっさり砕かれて、その衝撃で吹き飛ばされたあたしに向かって二つ目が……


 ……あぁ、こりゃ終わったね。

 素のあたしじゃ耐えらんないよ。


 せんせ、ごめんよ。

 何百歳も上の姉さん女房だってのに、ロクな女房じゃなかったね。


 一緒に歳とりたかったけど、それどころじゃなくなっちまった。勘弁しておくれ、せんせ――


 もう駄目だ、ってギュッと目をつぶって――




 ――って、あれ? 来ないね二つ目の格子……


「あなたがヨルか! 野巫医の良庵、女房を返して貰いに参った!」


 ――なに? どうなったっての? あたしを抱えてるの……もしかして良庵せんせ?


「もう大丈夫ですよ。ごっちゃんさん、かな?」


 恐る恐る目を開くと右手に素振り刀を構えて、左手であたしを抱いて覗き込む様にして言ったのは、間違いなく良庵せんせ。


 あ…………逢いたかっ、た……あたし……せんせ……


「ごっちゃんさ――ん? あれ? 違ってたらごめんなさい。お葉さん……ですか?」


 あたしの変化へんげの術は完璧だよ。

 なのに……なのにあたしだって分かるってのかいせんせ?

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