第46話「ビビってんじゃねえぞ」


 ほとんどなんの意味もない、妖狐の姉妹が男だったらの仮定の話は早々に切り上げてとっとと本題へ、と思ったんだけどまだ脱線中だよ。


「聞いときたい事ってどんなこと?」

「いやな、妖魔と人の結婚ってなんか問題あるのかなって」


 まぁ重要なことかも知れないね。ただ、菜々緒ちゃんに答えられるかなぁ。


「だったらちょっと三郎太呼ぶね」

「ん? そう?」

「ちょっと待っててね」


 あっさり諦めた菜々緒ちゃんは道場併設の診察室に駆け込んで、入れ替わりに出て来たのは髭もじゃ大男の三郎太ちゃん。相変わらず大きいね。


「よぉ三郎太。久しぶりだなぁ」

「ご無沙汰してます、賢哲さま」


 なんだ、賢哲さんと三郎太ちゃんは顔見知りだったんだ。驚いた顔なのはただ一人、良庵せんせだけ。


「け、賢哲、そちらはどなただ? なぜ僕の診察室から……」

「おぉ、びっくりだろ? 菜々緒ちゃんの身の回りの世話してる三郎太ってえ大男なんだけどよ、こんなして菜々緒ちゃんと入れ替わりで変なとこから出てくるのが面白えんだ」


 ぴしゃん、とハゲ頭をひと叩きした賢哲さんが笑いながら言いました。


 そっか。賢哲さんは器が大きいんじゃなくて、面白ければ良いや、って人なんだ。

 それが器が大きいって事なのかもだけど。


「菜々緒から、賢哲さまにお話を伺えと……」

「おお、それなんだがよ。なんか菜々緒ちゃんって妖魔なんだってよ。知ってたか?」


「そりゃまぁ……あっしもそうなんで」

「なんでぇオマエもかよ! それを早く言えよ!」


 いやぁ、それはなかなか言えないよね。ここにたまたま、妖魔でも構わないって奇特な二人がいただけで、普通はなかなかねぇ。


「三郎太も妖狐なんか?」

「そうとも言えやすが、あっしは菜々緒お嬢さんのなんでお嬢さんたちとはちょっと違いやすかねぇ」


「オッポ? そういやさっきそんな事を……」


 賢哲さんががばりと視線をやったのは、大人しくなっちゃんと手遊びしてたシチ。


「え? シチ? ヨル様の尾っぽだよ? だからそう言ったじゃない」

「え? そうなの? この子、ヨルの尾っぽなの? 三郎太気づいてた?」

「あぁ、気付いてた。こないだの女と同じ匂いだからな」


 にゅっ、と三郎太ちゃんのお腹から顔を出してそう言った菜々緒ちゃん。それ見てびくっと体を仰け反らせた賢哲さんと良庵せんせ。


「なん……それ!?」

「あ、いけない。びっくりして出てきちゃった。てへ」


 ぺろっと舌出してそんなん言った菜々緒ちゃんだけど、厳つい大男のお腹んとこから顔出して言ったんじゃ可愛さも半減だよ。

 さすがの賢哲さんだって引くんじゃないかなぁ。


「――だぁっはっはっはっはっは! なんそれ、面白れぇ~! そんなん出来るんならどこからでも三郎太が出てくるのも納得だわな!」


 ……引くどころか面白がってるね。これはさすがに器が大きいと認めざるを得な――


「ん゛んっ!」


 ――せんせが上げたわざとらしい咳払い。


「悪いが手短てみじかに頼む。早くお葉さんの話を聞きたい」

「そ、そりゃそうだ! すまん!」


 それでも一応きちんと疑問をぶつけた賢哲さん。正体バラした三郎太ちゃんもいつもの口調に戻ったよ。


「人と妖魔が夫婦になることになんか問題あるか?」

「特にない。強いて上げるとすれば、妖魔には人が言うところの戸籍がないことくらいだな」


「子が生まれたらどうなる? それは妖魔か? それとも人か?」

「単純にいの子だが、どちらが強く出るかはまちまちだ。現に人との合いの子の葉子は妖魔寄りだが、二人の死んだ兄貴は人寄りだった」


 お葉さんは人と妖魔の合いの子……、


 良庵せんせがそう呟いたのを、聞き逃さなかったのわっちだけだったみたい。さらに小さく『うん、納得だ』って呟いたのも。


 最後に一つと前置いて、菜々緒ちゃんも合いの子なのかと尋ねた賢哲さんに、これは三郎太ちゃんのお腹から顔を出したままの菜々緒ちゃんが答えました。


「菜々緒は白狐と黒狐の合いの子だよ。兄妹みんなお父さんが違う、種違いなんだー」



 これでやっと本題だね。


「お葉さんはヨルという黒狐の棟梁に連れ去られたという認識で合っていますか?」

「ああ、その通りだ。ヨルは数十年ほど前から葉子と子を成す事を望んでいる」


 あ、引き続き三郎太ちゃんが答えるんだね。


「今はどちらに?」

「黒狐の里だ」


「そこに僕が行くことは可能ですか?」

「……可能だが……一応伝言を預かっている。伝える必要もない気はするが……聞くか?」


 至って自然に頷く良庵せんせと、なんでかプぅっとほっぺを膨らませた菜々緒ちゃん。


「はい。お願いします」

「分かった。『あたしの事は忘れて、誰か良い人探してくれ』だそうだ。どうする? そうするか?」


 せんせはスッと背筋を伸ばしたままで、一つの躊躇いも見せずに首を振りました。


「しません」

「だろうな」


 そりゃそうだよ。たとえお葉ちゃんが男だとしても愛せるとまで言った良庵せんせだもん。お葉ちゃんの本心だかどうだか分からない言葉で翻らないよ。


「では黒狐の里へ案内して下さい。今すぐに」

「慌てるな。行けば間違いなくヨルと戦う羽目になる。今のままじゃあ、万に一つも勝ち目はない」


「しかし! いま行かなくてはお葉さんが――!」


 今度は三郎太ちゃんが首を振って言いました。


「慌てたって一緒だ。人の足じゃあ十日は掛かる。ヨルに迫られりゃ葉子じゃ太刀打ちできねえ。どうせ間に合わねえよ」

「ならば……! やはり今すぐにでも――!」


 三郎太ちゃんって現実主義なとこあるんだよね。

 やっぱりヨルにビビってるんじゃない?


 ここはわっちの――お葉ちゃんの尾っぽの出番だね!


「良庵せんせ、安心して。わっちが連れてったげるから」


「う、うさぎ殿が――!」

「ウサちゃん! 可愛いじゃねえか!」


 せんせの腰にぶら下がった御守りから飛び出して言ってやった。

 ちっこい幼女姿だけどわっちはビビりの三郎太ちゃんとは違うってとこ見せたげるよ!



 ――飛び出したわっち見て驚く良庵せんせと賢哲さんの反応は思った通りだったんだけど、三郎太ちゃんの反応は思ってたんと違ったんだよ。


「やっと出てきたか。ビビってんじゃねえぞ、しーちゃんよ」


 三郎太ちゃんこそビビってたくせに生意気言うじゃん。それはわっちの台詞だよ!

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