第44話「全部」
新しい
せんせは呪符を一緒に握り込んだ木刀を手に、ちゃんと警戒を解かずに見張ってるよ。
逆に先頭を行く賢哲さんは一つの警戒心も見せずにふらふら歩き、後ろを歩くシチにずっと話し掛けてる。
「お嬢ちゃん名前はなんてんだ?」
「いくつ?」
「メシ食った?」
「家はどこらへんだ?」
「ぶっちゃけお嬢ちゃんは妖魔なんかよ?」
そのどれもにえぐっえぐっと鼻を啜る音で返事するシチ。わっちはさ、ちゃんと返事しないヤツ嫌いなんだよね。
シチは最初に見せた二十そこそこの見た目じゃなくて十三、四歳くらいの女の姿。わっちが化けた姿にやっぱり近い。
色々と話し掛ける賢哲さんにまともに返事しなかったシチだったけど、とある言葉に過敏に反応したんだよ。
「好きな子とかいる?」
「いるー! 私、ヨル様が大好きなんだー!」
「お、おう、そうかよ。その
「え、ヨル様知らないの?」
「知らねーけど、有名なのか?」
小生意気にもシチのやつ、鼻からふふんと息を吐き、西洋人がやるように肩をすくめて見せたんだ。
「ヨル様のことも知らないなんて、つるつるの兄さん物知らずだね」
「たはーっ、言われちまったな〜。じゃあよ、この物知らずのつるつるによ、そのヨルサマのこと教えてくれよ」
どうしよっかなー、なんてシチが呑気に言ってる。ほんと思ってたんと違うやつだなぁ。
けど賢哲さん、普段そんなでもないけど、お坊さんらしくお話上手だね。
なんやかんやと賢哲さんが
けど、余計なことまで喋らないか心配。どうもおつむが少し足らないみたいだし。
「ヨル様はねー、黒狐の棟梁なんだよ!」
「こっこ? なんだそりゃ? ニワトリかよ?」
……ま、まだ大丈夫。
いきなりバラすもんだから驚いたけど、ヨルとお葉ちゃんの関係は二人とも知らないからね。
「ニワトリじゃないよ! 黒狐! クロギツネで黒狐!」
「ははぁん、分かった。てことは狐の妖魔の親分ってことだな? そんでおめえはそいつの子分ってとこだろ? どうだ違うか?」
そう返した賢哲さんだったけど、当のシチはしゅんと俯いちゃった。どうしたのかな?
「……違うもん。
「違うのか。分かった、じゃ娘だろ? どうだ違うか?」
「娘でもないの! シチ……シチはヨル様の尾っぽだもん!」
「オッポ? なんのことだか分かんねえけど、オッポだとなんかいけねえのかよ?」
「だって尾っぽはヨル様のお嫁さんになれないんだもん!」
……まぁ、そりゃそうだね。
「そんな事ねえだろ。さっきの大人の姿、あの色っぽいので迫りゃ大抵の奴はイチコロだぜ」
……てきと〜、なこと言ってるね。
オッポがなんだか分かってもない賢哲さんが、なんでそんな自信たっぷりで言えるのさ。
けどね、その軽さが賢哲さんの良いとこだよね。
「ほんと? シチ、色っぽかった?」
「あぁ〜、色っぽかったなぁ」
「付き合いたいと思った?」
「おぉ、思った思った」
「じゃ抱きたいと思った?」
「思った思った。ただな、俺にはもう心に決めたおん――」
「じゃ、
心に決めた女がいる――そう言う筈だっただろう賢哲さんの口を、いきなり大人の姿に化けたシチの口が塞いじゃいました。
「――ばっ、バカ! 何しやがるぅぅうわぁあっ!」
そしてシチが素早く賢哲さんをお
「こンの…………浮気ものがぁぁー!」
びたーーん! と菜々緒ちゃんのビンタが炸裂! 賢哲さんに! 不憫!
「浮気しちゃダメって! 菜々緒言ったじゃない!」
「ま、待て菜々緒ちゃん! 誤解だ! お、俺は何もしてねぇ!」
良かった死んでなかった賢哲さん。
打たれた頬と吹き飛ばされて地面で擦りむいた反対の頬と、どちらも手で押さえながらも口からダラダラ血を流しつつ誤解だと訴えてます。
ちなみにシチのやつは菜々緒ちゃんの剣幕にビビりまくってがくぶる震えちゃってんの。うける。
「うわぁぁぁん! あぁぁぁあん! 賢哲さんのおたんこなすぅぅ!」
「ち、違う! 俺はちょっとでも妖魔の情報を――」
「あぁぁぁぁん! あぁぁぁああん!」
収拾つきそうにありません。
けど、ずっと黙りこくってた良庵せんせが泣き叫ぶ菜々緒ちゃんに近付いて、ガシッと肩を掴んで言いました。
「そんな事より! お葉さんはご無事でしたか!?」
それだよそれ! なにより
「――ぁぁあん! あぁぁ――、え? お葉ちゃん? 元気だったよ?」
心の底からほっとしたのか良庵せんせががくりと膝から崩れ落ちて、はぁぁぁ、と深く息を吐きました。
良かった……わっちもほんと安心したよ。
ぐすっ、と少し溢れちゃったらしい涙を啜り上げ、良庵せんせが立ち上がって再び口を開きました。
「菜々緒さん。突飛なことを言いますが聞いてください」
「なに!? 賢哲さんの浮気より大事なこと!?」
「だから
こくり、と真剣な顔でせんせが頷いて、菜々緒ちゃんも溢れる涙を拭って聞く姿勢。
一体なにを言うんだろ……?
昨日からずっと――棟梁が帰ってからずっと考え込んでたもんね。
たぶん、『お葉さんは野巫が使えるんじゃないですか?』じゃないかなぁ。
ゆっくり良庵せんせが口を開いて――
「お葉さんは、妖狐なのでは?」
………………
――お葉ちゃぁぁぁん! 全部! 全部勘付いてるよ良庵せんせ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます