第4話「むつびようこ」
今日は特にやる事もないらしく、良庵せんせは書斎で野巫三才図絵を眺めていらっしゃいます。
あたしは庭先に
「良い匂いですね、お昼ごはんにですか?」
「えぇ、お
「お葉さんのいなり寿しは美味しいから嬉しいな」
これであたしもいい歳ですからね、大抵なんでも作れますけどお稲荷さんは特に得意なんですよ。
もちろんあたしの好物だってえのもありますけどね。
ところで良庵せんせ、野巫三才図絵を手に持ったままですけど何かあたしに用事でしょうかね?
あたしが手を止めるまでそこでお待ちになりそうなんで、一旦お話を聞いてあげましょうか。
七輪から土鍋を上げて
「一区切りつきました。良庵せんせ、どうかなさったんですか?」
「油揚げはよろしいので?」
「ええ。
なら良かったと良庵せんせ。
「野巫三才図絵の
いつかはそこに触れるだろうなとは思っていました。思ったよりも遅かったくらいです。
奥付というのは巻末にある、いついつだれだれが書き記した、どこそこの版元が出版した、などの情報が記される部分です。
野巫三才図絵は全て手書きの
「この筆者の『
良庵せんせや患者さんはあたしの事を『お葉さん』と愛称で呼んでくれますが、ホントの名前は『
「あら、そうだったんですか?」
しれっとそう返事しましたけど、良庵せんせは一つお間違えです。一文字だけ読みが違うんですよね。
『睦美 蓉子』と書いて、『むつ
奥付にある通り書かれたのはほんの百年近く前、そして筆名の通り、歳経た
奥付だけじゃなくって筆名だってふざけているでしょう?
何を隠そう、それを書いた妖狐、
昔っからあたし、人間ってえのがなんでか好きでさ。人に化けちゃ人里で暮らしたりしてたんですよ。
で百何十年か前かしら、ひょんな事から人間の子供の怪我を
なし崩し的にしばらくその土地で野巫医者やってたんですよね。
しょっちゅう来る怪我人、病人を癒したり、乞われるままに野巫の技を教えたり。
その時ですね、野巫三才図絵を書き残したの。
でも何年何十年経っても
けど人間ってのはもっと不思議でね。
そんなおかしなあたしをさ、排すどころか、崇め始めちまってね。
生き神さま、生き神さま、ってうるっさいのなんのって。
おっと、昔話は今度またにしましょうか。
良庵せんせを放ったらかしにはしたくありませんからね。
「そんな偶然もあるんですねぇ」
「ホントですね。常からお葉さんは野巫の才能があるというか、野巫の勘が良いというか、そういうところありますから。
当たらずとも遠からずですね。まぁ本人なんですけど。
野巫三才図絵を書いた百年前にはすでに今とおんなじ六本の尾でしたけど、あたしの尾っぽももうすぐ七本になりそうです。
二尾で産まれるあたしたち妖狐は、大体百年ごとに尾っぽがひとつ増えてその力を一気に増大させるんですよ。
六尾の妖狐と七尾の妖狐じゃ妖魔の格が全然違いますからねぇ。
「さぁ良庵せんせ、お
そう言って良庵せんせに
「よしきた!」
良庵せんせはひとつも嫌な顔せず腕まくり。
あたしの良い人、ほんと可愛くってしょうがありませんねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます