目が覚めたら学生時代の恋人の息子になっていた 〜社会人経験を活かして面倒事を解決したら学校一のツンデレ美少女に付き纏われるようになった~
ミソネタ・ドザえもん
校外活動
望まぬ再会
優しくて、面倒見の良い人だった。
高校時代、俺は人生で唯一の彼女がいた。
出会いは高校一年の春。入学式。門出を祝うその日に、マイペースな性格をしていた当時の俺は遅刻ギリギリに登校をしてしまった。
ギリギリに到着すれば大丈夫だろう。当時、そう高を括ってそんな危なっかしいことをした俺だったが、早々に自分の見込みの甘さを呪うことになった。右も左も分からない学校で、自分のクラスの教室がどこにあるかもわからない俺が、玄関で右往左往するくらいに狼狽えてしまったのだ。
『大丈夫?』
そんな俺を見兼ねて声をかけてくれたのが、当時この学校の生徒会長をしていて、一足先に体育館に出向かなければならない当時の俺の恋人、進藤香織だった。
彼女は、自分の仕事も放って、俺を自分の教室にまで案内してくれた。そうしてそれが、俺達の出会いとなった。
それから俺達は、関係を築いていった。
向こうから見て、当時の俺は楽観的でマイペースで、とにかく危なっかしく見えたのだろう。自分の方が年上で、面倒見の良い性格をしていたから、献身的に俺の面倒を見てくれたのだろう。
気付けば俺は、優しく頼りがいのある彼女を信頼し、そして信頼以上の感情を胸に秘めた。
しかし、意外なことに交際を始める際してのきっかけは、香織の俺への告白だった。
当時は不思議で仕方なかった。
俺は、自他共に認めるマイペースで楽観的な男だったから。だから、香織がこんなちゃらんぽらんな男を好きになるはずないと、そう思っていたのだ。
疑問だった。
『どうして俺なんかと』
だから俺は、告白に対する返事をする前に、彼女にそう問いかけていた。
どうしてこんな魅力のない男のことを好きになったのか。
どうしてこんなに頼りがいのない男を好きになったのか。
ただただ不思議で、その答えを聞きたかった。
香織は、
『バカにしないで』
そう言って、語気を強めて不快そうに怒った。
何がバカにしたことに値したのか。俺は理解に苦しんだ。でも、俺の魅力を問いかけて、答えが返ってきたのではなく怒られたことで、俺は少し目頭が熱くなった。暗に香織は言っていた。俺は、自己評価よりもずっと素晴らしい人間だと、そう言ってくれていたのだ。
嬉しかった。
他でもない彼女にそんなに評価されていたことが、嬉しかった。
水を差してしまったが、香織の申し出に対する答えはそこからはすんなりと出た。
ありがとう。
よろしく。
晴れて香織と恋人同士になって、俺達は色々なところに出掛けた。遊園地に行って、カラオケに行って、それ以外の場所にもたくさん行って、思い出を紡いできた。
俺達の別れは唐突にやってきた。
いや違う。俺が唐突だと思っていただけで、俺達の関係は始めからタイムリミットがあった。それに気付かず俺は、マイペースに楽観的に、香織との時間が永遠に続くと誤解をしていたのだ。
『あたし、東京の大学に行くつもりなの』
香織が自分の夢を教えてくれたのは、付き合い始めて一月経った頃。彼女の部屋で、彼女の両親が帰ってこない夜に、夜空を見ながら教えてもらった。
俺達の地元は、東京から二時間以上離れた場所にあった。当時の俺からして、遠くて、眩い場所だった。
だから、俺達の別れは彼女の卒業と共にやってくると、当時の俺は悟ったのだ。
楽しい時間を彼女と紡いできた。
嬉しい思い出を彼女と共有してきた。
そうして、別れの日はやってきた。
卒業式を終えて、引越し準備中の彼女の家に、両親がいない間に押しかけたのがその日だった。その頃になると、彼女も引越し準備が忙しくて中々一緒に出掛けることは出来なかった。
でも俺は、彼女とただ話しているだけで楽しかった。彼女と話せることが楽しかったこともあるけれど、多分当時の俺は実感出来ていなかった。
もうまもなく自分の前から香織がいなくなる事実が、まるでB級映画でも泣きながら見ている程度の、それくらい浮世離れした話と感じていたのだ。
『将太』
『ん?』
『いつか、また会おうね』
そう話して、俺達は別れた。ただやはり俺は……当時その言葉は俺達の正真正銘の別れの言葉になるだなんて、予想だにもしていなかった。
それ以降、俺と香織は一度も再会を果たしていなかった。俺は資金面の影響もあり、地元の大学へ進学し、就職も地元で済ませた。対して彼女は、それから地元には居着くことはなくなった。
何故なら彼女は、俺が十八歳。彼女は二十歳になる年に俺以外の男と結婚したからだ。
俺がそれを知ったのは、友達伝い。教えてもらった当時は、複雑な心境だった。
……でも、それも仕方ないことだと、少しして割り切れた。
俺達の関係はあの日に終わっていたし、それに何より、俺は思っていたはずだから。
告白されたあの日。
香織を初めて怒らせたあの日。
……香織と恋仲になれたあの日。
俺は、楽観的でマイペースな男だった。
香織が俺の面倒を見てくれるのは、好意とかではなく面倒見が良いからだと思っていたあの日、俺は思ったのだ。
……どうして、俺なんかとって。
相応しくなかったんだろう。
生真面目で、優しくて、面倒見の良い香織に俺なんか……相応しいはず、なかったんだ。
そう思ったら、その気持ちも割り切れた。
でもその日から、俺は自分のその性格を呪うようになった。
あれから、もうまもなく二十年が経つ。
随分と長い、長い……後悔の夢を見ていた気がする。
夢から覚める時、いつも気だるい気持ちが襲ってくる。
起きたくない。まだ寝ていたい。まだ、夢を見ていたい。
自堕落な性格を呪って変わる努力をしてきた。でも、根底の部分で俺はどうやらまだ変われていないらしい。
情けなくて、面倒臭い、俺。
目を開けると、俺は病院にいた。
昨晩の記憶はおぼろげだった。いや、もっと前から、いくら頭を捻っても、いくら考えに耽っても、記憶の糸は掴めそうもなかった。
俺は戸惑った。
わけもわからない状況に、戸惑った。
霞む視界。
重い体。
「……伊織」
不調な体を起こすと、病室の扉の方から声がした。その声は、懐かしい声だった。
別の誰かを呼んだ声だったのだろうと思って、そちらに見向きもしなかった。ただ、足音が近づいた後、途端、誰かに抱きつかれた。
「伊織。……伊織ぃ」
わんわんと泣く抱きついてきた人に、俺は戸惑うことしか出来なかった。
ゆっくりとそちらへ振り向いて、そして……俺は気付いてしまった。
少しだけ、皺が増えた。
髪も、当時は黒かったのに茶色になった。
……香織。
見間違いではない。
見間違うはずがない。
間違いない。間違いようがない。
忘れた日はなかった。
忘れたい。忘れるべきだと思ったのに、呪いのように脳裏にこびりついて離れなかった。
また会おうね。
あの別れの言葉を経て、彼女の婚姻を知って。
どんな顔をして、再会するべきかわからなかった。
もう、再会することはないと思った。
でも……当時の俺は確かに、彼女と再会する日を夢見て、微笑み合う日を夢見て、生きていた。
あの日、再会した時に言おうと思った言葉があった。
当たり障りもない、照れ隠しのような一言を言おうと思っていた。噛まないようにと練習した言葉があったんだ。
ようやく、俺はその言葉を言うタイミングに見舞われた。二度とやってこないと思っていた言葉を言う機会に恵まれたんだ。
言おう。
「……伊織?」
そう、思ってたのに。
今、香織に別人の名前で名前で呼ばれたことに気付いて、俺の思考は停止した。
「……記憶が、混濁しているのね」
「……何を」
何を、言っているんだ?
優しく、優しく……困惑する俺を、香織は抱きしめた。
「あなたは伊織。斎藤伊織。あたしの大切な大切な……たった一人の息子よ」
涙まじりにそう教えてくれた香織に、俺は何も返事が出来なかった。
まだ夢でも見ているのか。
起きたくないと駄々をこねたから。
だから、悪夢でも見させられているのか。
……でも、まもなく俺は優しく抱きしめてくれた香織の温もりに触れ、それが夢ではなく現実なんだと察した。
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