7 - 水城
足取りも軽く、地上への階段を駆け上がった。
目の前には予想していた通り、ナイフだの金属バットだのを構えた見ず知らずの若者たちが十数名、目ばかり妙にギラギラさせてこちらを見詰めていた。
「番場明日香をお戻しください」
その若者たちの中から、聞き覚えのある声がした。
水城は顔を上げ、目だけで声の主を探す。
「あ、瞽女迫聖一」
「水城純治さん──でしたっけ。その節はどうも」
「どうもも何もないよ、俺は子どもを殺すやつとは仲良くしないって決めてるんで」
こんな形ばかりの襲撃チームで、本当に番場明日香を取り戻せるつもりでいるのだろうか。だとしたらあまりにも舐められている。もしくは、他に、何か勝算があるのか。
(予知)
「水城さんが凄腕の殺し屋だということはこちらも承知しています。その上で、お願いしているんです」
「はあ?」
殺し屋であることを隠したことはない。この男相手に表明した覚えもないが。無精髭の浮き始めた顎をぐりぐりと擦りながら、水城は目を細めて瞽女迫聖一を睨め付ける。
同業者の匂いはしない。あの日弟を手にかけたのが、彼にとっては最初の人殺しの経験となったのだろう。腕に覚えがないからこそ、こうやってチンピラを掻き集めている。いったいどんな餌を鼻先にぶら下げたのやら──金か? 金なのかやはり? 瞽女迫家は金でしか動かないと、穣も、それに明日香も証言している。だとしたら、
「俺は、今目の前にいるこの人たちを、全員殺すことができるけど」
拳銃を出すつもりはなかった。そもそも今日は所持していない。歌舞伎町のホストクラブを回っている間はずっと手ぶらだった。何かの間違いで職務質問でもされたら厄介だからだ。
体の横でぶらぶらと両腕を動かす。まず殴って、それから蹴って、凶器を取り上げて、どれでもいい、そうして──
「俺がこの人たち全員殺したら、あんた相当損するんじゃねえの」
あはは、と瞽女迫聖一は爽やかに笑った。
「そうですね。そうかも」
「じゃあ一旦引いてくれない? お店にも迷惑かかるしさぁ」
「この店のマスターは、元殺し屋という話でしたね」
「それも予知で見たわけ? あんたにその力がないっていうのはもう俺も知ってるよ。どっかに新しい能力者を囲ってるのかな」
聖一は笑顔を打ち消さない。不愉快な男だな、と思った。
本当に不愉快だ。養子とはいえ妹と弟を手にかけて、その上番場明日香のことまで殺そうとして、にやにやにやにや笑いやがって。
殺しっていうのは、もっと、
「真剣にやるもの──ですか?」
「読心術も使えるの? 鬱陶しい!!」
ナイフを構えた若者と金属バットを手にした若者の頭を鷲掴みにして、その額同士を力任せにぶつけてやった。悲鳴を上げて昏倒する若者たちの凶器のうち、ナイフは地下──純喫茶カズイの入り口に通じる階段の方に蹴り飛ばし、金属バットを拾って構えた。
「全員まとめてかかっておいで。逆転満塁ホームランだ!!」
宣言する水城の背中に、ナイフ、と呆れたような声がした。里中だ。
「こっちに落としてくんなや、危ない」
「あっ里中くん。里中くんもやる? バットもう一本ぐらいなら調達できるけど」
「やらんやらん。めんどくさい」
聖一の指示だろう、男たちが次々にこちらに突っ込んでくる。彼らの頭を迷いのない手付きでぶん殴りながら、水城は笑った。
「死んじゃったらまた片付け頼んでいい?」
「それぐらいは、まあ、な」
スチール製の立て看板に腰を下ろした里中が煙草に火を点ける。連れてきたチンピラたち全員が水城に殴られるのを、瞽女迫聖一はうっとりとした笑顔を浮かべて眺めていた。最後の一人が倒れたところで黙って踵を返すその背中に、
「瞽女迫聖一」
と、里中がしゃがれ声を投げ付ける。
「予知の結果、ここで水城の力量を測りたかった、か?」
「さあ?」
どうでしょう。瞽女迫聖一は振り向きもせずに去った。
誰かが通報したのだろう。パトカーのサイレンが、冬の繁華街に妙に響いて聴こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます