第45話 暴かれた罪 1
イグナシオは、肘あてに肘を乗せ額を手の甲に押し当て俯き、ボソッと言った。
「これから話す事は、カンデラには言わないでほしい」
「えぇ。わかっております。約束致しますのでお聞かせ願いますか」
頷くアルデンだが、彼の表情は厳しい。
「私は、ある者に取り返しのつかない行為をしてしまった……」
イグナシオは、今まで聞いた事がない覇気がない声で語りだした――。
◇
イグナシオは、カンデラとの婚約寸前で初めて恋に落ちた。相手は、聖女。いや、聖女の役目を終え、当時王だったオーガスに挨拶をしに来たジアンナだ。その彼女に一目惚れをしてしまった。
カンデラは隣国の王女で、婚約をしてしまえば結婚をしなくてはいけない。そう思ったイグナシオは、驚く行動に出た。既成事実を作ろうとしたのだ。いや作ってしまった。
チャンスは今しかない。そう思い、深く考えずに行動した。相手の同意など、あるはずもない。
その事に気が付いたのは、父親のオーガスではなく祖父のテオールだった。彼は激怒した。
もしイグナシオとジアンナが結婚出来たとして、幸せになれるとは思えない。誰からも祝福などされないだろう。
ジアンナは平民だ。聖女だったとはいえ、王妃にはなれない。側室があれば、平民でもなれただろうが。
彼女の事を想うのなら忘れろとテオールに言われ、イグナシオはジアンナとの結婚を諦めた。
テオールは、その後、事の隠ぺいを図る。どうなったかはイグナシオは知らされなかったが、彼女をパラキード子爵と結婚させた。
王を退いたとはいえ、権力は彼からすれば王と同等だ。
平民のジアンナだったが、聖女になった平民が貴族と結婚する事もあり、それにケンドールは
数日前に夫人の死亡届が来ていた。髪色を調べればジアンナと同じ青。さすがに年齢は違うもちょうどいい相手が彼しかいなかった。
断れないケンドールは、多額な口止め料と契約を強制させられた。
亡くなった先妻は体が弱く数年の間療養の為、屋敷では暮らしていない。そして屋敷に戻らぬまま亡くなった。
先妻が療養していた場所に、ジアンナをかくまう様に住まわせる事になる。それも、彼女との関係は内緒にする事を約束させられた。
つまり、再婚した事を伏せる事。その為、先妻を知る屋敷の執事やメイドなどの入れ替えをしなくてはいけなくなった。さすがに執事長を辞めさせるわけにはいかないので、ジアンナとの再婚を知る者はほんの数人いる。
それから十か月後、クレイが生まれた。
クレイの面倒をみたのは、ケリーも育てた乳母だ。
自分の子とはいえ、望んで出来た子ではない、いや望みもしない子だったクレイに対し、ジアンナは育児を放棄した。
もちろん本当の父親でもないケンドールは、クレイという厄介者が増えたという思いしかない。
本来療養で屋敷にいないとなっていた夫人に子供が生まれた事が、乳母がクレイをみる為に屋敷を離れた事により使用人達に知れてしまった。
屋敷には、ケリーがいる。母親ではないジアンナを連れて行けば、ケリーが何か言うかもしれない。だからと言って、彼女を放っておけば変な噂が立つ。考えた末、屋敷に二人を連れてきたのだった。
ケリーには、ジアンナの事に干渉しないように言いくるめた。わかっているのかいないのか、ケリーはジアンナには近づかなかったが、クレイとは遊ぶようになる。
その後、仮面夫婦が暮らす屋敷を出てクレイは騎士となり、精霊の儀の騎士として勤め始めた。
運命なのか偶然なのか、ランゼーヌの聖女の騎士として、そして婚約者としてイグナシオの前に現れたのだ。
クレイが、ジアンナの子だと知ったのは、アルデンが持ってきた資料だった。クレイの家族構成を見て気が付いた。
隠ぺいをしたとはいえ、系譜に細工をする事まではしなかった。なので偶然目にして、クレイが自分の子だと知ってしまったのだ。
自分では、バレてはいないと思っていたが、アルデンにはいつもと違うと気づかれていた。
クレイの事を知りたい、守りたい。そして、償いたい――。
「わかっている。償えない事ぐらい。だが、この目で見たかった……」
最後に今の本音を語ったイグナシオに、アルデンは大きなため息をついた。
オーガスが恐れているのは、アルデンではなくクレイだったのだ。王位継承権を持った者の存在。しかも彼は、第一子なのだ。
「絶対に誰にも知られてはいけません。それとクレイの母親には、絶対に会わないで下さい」
「そ、そんなのわかっている。今はカンデラだけだ」
「しかし何というめぐり合わせか。いいですか、クレイと必要以上に仲良くならないようにして下さい」
「わかっている」
「いいえ。わかっておりません」
「仲良くしたいわけじゃない。幸せになってほしいだけだ」
「だからといって、余計な事はなさらないように。関わるなと言っても、ランゼーヌ様の事がありますので難しいでしょうが、私が一緒の時以外は二人に会わないようにお願いします」
「あぁ。わかった。ありがとうな……」
立ち上がったアルデンに、イグナシオはほぞっと言った。
イグナシオも年月を重ね、自分がした事の重大さを悟るも、どうする事も出来ないでいたのだ。クレイに出会い嬉しさもあったが、苦悶する日々で、打ち明けられて少し気が楽になった。
だがアルデンは、新たな頭を抱えるような問題に、気が遠くなりそうだった。
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