第43話 なぜこうなった 4
二人は無事、イグナシオの寝室に戻ってきた。
「本当に夢ではないのですね」
目の前にある壁に手を伸ばしつつアルデンが言う。
その場所は、穴が開いた壁だ。今は元に戻っていた。
「これから騒ぎになるだろうなぁ」
イグナシオは、目の前の壁を叩く。特段変な音はしない。
「そうですね。彼女の存在も明るみになるかもしれません」
一瞬にして呪われていたはずの場所に大きな木が出現し、朽ちていた木々が周りと同じく青々とした森の一部と化した。それは、ランゼーヌが祈りを初めてすぐの事。
実際は祈りではなく結界を解いた事によるものだが、そんな事は公表できない。それを公表するという事は、呪いは王族の子供が原因だと告げなくてはならないからだ。
知れれば内乱が起きるだろう。
「口が堅い者達だとはいえ、箱庭が消え去り精霊樹が出現した事は、隠しようがないからな」
「では彼女には、それを口実に?」
「あぁ、そのつもりだ。自然だろう?」
「……そうですね。嫌でも彼女は表舞台に出る事になりますか」
「仕方がないだろう。あそこまでハッキリとあの場所が変化してしまっては」
はぁっと、二人は大きなため息をついた。
まさか、こんな展開になるなど二人は夢にも思ってなかった。いや彼らだけではない、ランゼーヌもだ。
「彼女の秘密は、知られない様にしないと不幸にしかなりませんよ」
「うん? なんだ、その言い方は。何か含みがある言い方だな」
「大層、気にしている様子でしたので」
「べ、別に。普通だ」
「そうですか。では、そういう事で」
「あのなぁ……」
「それより、精霊王の件はどう致します?」
ワンちゃんとの契約は、ランゼーヌが死ぬまでどうしようもないと判明した。
精霊王であるピュラーアは、ランゼーヌの名が変われば契約解除されるとわかったのだが、ピュラーアをあのままにしておくのは危険だ。
もし契約者ができ、この国を乗っ取るなどという願いをされれば、いとも簡単に行うだろう。
現に、二人の目の前でランゼーヌを唆すような言葉をかけていた。
たまたまランゼーヌと契約をしたが、もしアーブリーの様な性格ならこの国がどうなっていたかわからない。
国など誰が治めようとピュラーアにすれば、どうでもよさそうだった。
「この世界の為なら自らを差し出すようだが、精霊王にすれば人間の国などどうでもいいのだろうな。精霊王の望みはもうないのだろうか」
「そうですね。精霊が望む事など私達には想像もできませんね」
叶えれば契約者になれる。そうわかっていても簡単な事ではない。
「それにしても疲れたな」
「そうですね。でも休んでいる暇はありませんよ」
「そうだな……」
二人は寝室から出ようと、会話をしつつドアを開けて固まった。なぜなら部屋に王妃であるカンデラがいたからだ。
予想外の事に、二人はピタッと動きを止めてしまった。
「い、いつからそこに居た」
イグナシオが驚きつつも問う。
いやいつからそこに居たかなど本当はどうでもいい。だが咄嗟に出た言葉がそれだった。聞くなら何か用事か? だろう。
「いつから? さあ? もう一時間はここにいるかしら?」
一国の王の部屋のソファーは、上質だ。一時間程ずーっと座っていたとしても疲れはしないだろう。そのソファーから立ち上がり、銀の瞳に涙を湛え二人を睨みつけるようにカンデラは答えた。
王族が住むエリアは、見回りの兵はいるが各々のドアに兵士は立っていない。王宮自体に、悪意ある者が入れない様に結界が張ってあるので、その程度の警備体制になっていた。
つまり、カギを掛けていなければ誰でも入れるのだ。もちろん、王の部屋になど勝手に忍び込むやからなどいないはずだった。
「まさか本当に枢機卿が……」
「は? 何の話だ?」
「とぼけないでよ。寝室に結界を張っていた! 一体何をなさっていたの!」
「な! あるわけないだろう。そんな事!」
驚く事にカンデラは、イグナシオとアルデンの逢瀬を疑っていたのだ。
アルデンと部屋で会話する時は、部屋に結界を張り話し合っていた。その感覚で寝室に入ったイグナシオは、その寝室に結界を張った。癖だ。特に意味はない。
ただ失敗したのは、部屋のカギを掛け忘れて寝室にカギをかけてしまった事だ。それが、誤解を招いた。
「私が何も知らないとお思いですか? あなたに想い人がいたぐらい知っております!」
「想い人だと!? いるわけないだろう!」
「陛下はこうおっしゃっておりますが、どこでそのようなお話をお聞きになったのでしょうか?」
「枢機卿もグルなのは知っています! まさか女を連れ込むなんて!」
自慢の銀の髪を振り乱し、今にも寝室に乗り込みそうなカンデラの勢いに二人は驚く。
出てきたのはイグナシオとアルデンの二人。それなのに寝室に女がいると言うのだ。
「お待ちください。それだと私も事に加わった事になってしまいますが? それに私もグルだと知っているとはどういう意味なのでしょうか?」
アルデンが至って平静に問えば、カンデラは彼を睨みつけた。
「聖女ではない者を聖女だと言って、王宮内に呼び寄せる手伝いをしたでしょう!」
「なんだと!」
「なんですって!」
カンデラの怒りの言葉に二人は驚く。
ランゼーヌの事は、カンデラにも秘密にしてあったのだ。それが、彼女の耳に入っていた。しかも歪曲されて、届けられていたのだ!
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