第26話 予想外な来客3

 ランゼーヌが聖女と判明した次の日、つまり今日の昼頃にはネビューラ家に王家から信書が届いた。

 ドンドンドン。


 「だ、旦那様! 大変でございます」

 「な、なんだ?」


 普段慌てる事などほとんどない執事長のパラーグが、返事も待たずにドアを開けたので、モンドも何事だと立ち上がる。


 「お、王家からの信書が届きました」

 「王家からだと!?」


 パラーグの手には、王家の印章が押された手紙あった。

 二人は、ランゼーヌによからぬことでもあったのかと、モンドは手紙を受け取ると震える手で開封する。

 中には、二枚の紙が入っていた。

 一枚は、ランゼーヌが聖女だと証明する『聖女証明書』。そしてもう一つは、『通告書』だ。


 「な、なんだと!!」


 モンドは、ランゼーヌが聖女だった事に驚いたがさらに、この事を他に漏らしてはいけないという通告に驚く。


 「こ、これは……」


 パラーグも目を通し、驚いた。

 悩ましい事になったのだ。聖女になれば一年から五年は戻ってこれない。それなのに、聖女だと明かせない。

という事は、

 男爵家の行き遅れの娘を嫁に貰ってくれる令息などいないだろう。しかも、借金まみれだと知れればなおさらだ。


 「いや、待てよ」


 ふと何かを思い出したモンドは、机の引き出しを開ける。

 そして、書類を手にし、にやりと笑った。


 「パラーグ、アーブリーを呼んできてくれ。今すぐに!」

 「はい」


 パラーグは、言われた通りアーブリーを呼びに行く。

 その間にモンドは、書類にサインをした。


 「あなた、どうしましたの?」

 「来たか。アーブリー、これにとしてサインしてくれ」

 「「え!?」」


 アーブリーとパラーグは、モンドが言った内容に驚く。


 「一体何をなさるおつもりですか?」

 「まあ、これは……」

 「そうだ。婚約誓約書だ」


 婚約の顔合わせの時、挨拶後すぐに渡されていたのだ。だが、この書類にサインをせずにお開きになりそのまま持ち帰っていた。

 捨てずにおいてよかったと、モンドは思う。


 「こんな事、いけません!」

 「何を言う。向こうのサインはあるのだ。問題ない」

 「大ありです! アーブリー様もおわかりですか? これが知れれば大変な事になります!」

 「もうあなたは、いつもいつも煩いのよ。で、なぜ私が書くのかしら? 本人に書かせればいいでしょう?」

 「そうも言っていられなくなった。聖女だったのだ!」

 「……え?」

 「だから、聖女に選ばれたのだ!」

 「まあ!! でしたらこの方でなくても宜しいではないですか。上手く行けば、侯爵家と結婚も……」


 アーブリーは婚約の顔合わせの後、聖女について少し調べ、聖女になれば引く手数多だと知ったのだ。

 喜ぶアーブリーに、困り顔でモンドは首を横に振った。

 そして、通告書を渡す。


 「ランゼーヌ・ネビューラは、病気でも怪我でもなく健康体であったのにもかかわらず、このような歳に聖女として務める事になったのは、こちら側としても伏せたい。よって、ランゼーヌ・ネビューラが、聖女だと言う事は、家族・婚約者以外に話してはならない。もしこの通告を無視した場合は、処罰が下されます……ですって!!」


 アーブリーは、手にした通告書をぐしゃっと握り、プルプルと怒りで震えだす。


 「何よこれ! これじゃ役に立たないじゃない!」

 「苦肉の策だ。ランゼーヌが戻って来て聖女だとケンドールに話せばいい。結婚すれば、家族だ!」

 「まあ。そうね。喜んでランゼーヌを嫁に貰ってくれるわね」


 婚約を破棄するのには、本人のサインが必要だ。

 クレイがサインしてもランゼーヌがサインしなければ、婚約は続行できる。


 「お二人ともそれはあんまりです。ランゼーヌ様のお気持ちをお考え下さい」

 「もちろん考えている。だったら聞くが、行き遅れの貧乏男爵娘の婿に来る者がいると思うか? 聖女だったと言えなければ、誰も来ないだろう」

 「そ、それは、そうかも知れませんが……」


 パラーグが口ごもると、アーブリーはランゼーヌの名でサインをしてしまった。


 「お前は、何も知らない。私が勝手にした事だ。だからこれも直接私が、持っていこう。よいな、パラーグ」

 「………」

 「わかったら馬の用意をせい」

 「も、もしかして、今から行かれるのですか?」

 「万が一、向こうが婚約してしまったら困るからな」

 「しかし……」

 「もうよい。自分でする。今から出れば夕刻前には到着するだろう」

 「気を付けてね、モンド。いい報告を待っているわ」


 アーブリーは、にっこりと微笑んだ。

 モンドもにっこりと微笑み返す。

 パラーグ一人、大きなため息をするのだった。


 モンドは、馬車ではなく馬で一人王都へと向かう。馬車が通れないような細い道も通れる為、近道が使える。

その為馬車よりずっと早く到着できるからだ。

 あの場所にパラーグが居たからお金の事は言わなかったが、モンドは聖女になればお金が出る事を知っていた。

アーブリーも調べたので知っていて、これを借金に当てられると喜んでいたのだ。

 もちろんパラーグも、聖女になればお金が支給される事を知っているが、それを口に出さなかったのでそんな事を企んでいるとは思っていなかった。

 事の進め方が早くて、パラーグがランゼーヌに連絡を取ったとしても遅いだろう。どうしたものかと、一人頭を悩ますのだった。



 「私は、ランゼーヌ・ネビューラの父親のモンド・ネビューラと申します。娘と会う事は出来ますでしょうか?」

 精霊の儀の窓口に行き、モンドは着いて早々にそう問いかける。

 馬を飛ばして来たので、思った通り夕刻前に到着する事ができた。


 「ネビューラ様ですね。こちらへどうぞ」


 すんなりと中へと案内され、聖女と言うのは凄いと内心にやりとしつつ、毅然とした態度でついて行く。


 「こちらでお待ちください」


 応接室だと思われる部屋は、あまり広くはなかった。丸テーブルに椅子が三つ。後は、壁に精霊の絵が飾られているだけのシンプルな部屋だった。窓さえない。

 ソファーの様なゆったりとした椅子ではなく木の丸椅子で、あまりにも質素なのにモンドは驚く。


 「貴族を通すのにはちょっと質素だな……」


 不服を呟くモンドの声は、ドアを閉め出て行った受け付けの者には聞こえなかった。

 しーんと静まり返った部屋で、イライラと10分ほど待つとこんこんこんとドアノッカーの音が聞こえ、ドアが開く。

 訪れたのは、枢機卿のアルデンだ。

 彼は、モンドでさえ位が高い者だとわかった。先程の者と雰囲気がまるで違う。


 「お待たせしました。モンド・ネビューラ様で間違いありませんか?」

 「はい。ランゼーヌの父、モンド・ネビューラです」


 モンドは、立ち上がり軽く礼をする。


 「わざわざお越し頂き、ご苦労さまです。私は、ここの責任者、枢機卿のレフルーメンドと申します」


 自己紹介をするとアルデンは、モンドに近づく。


 「お座りください」


 促されたモンドは、座っていた硬い木の椅子に腰を下ろすと、アルデンもテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろした。

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