第23話 歓迎されているのかいないのか4

 バローニの説明は、なぜか最後にと言ってから30分以上続いた。彼がドアをぱたんと閉じて出て行くと、疲れたとリラが言うので、隣に座ってとランゼーヌがソファーをポンポンとすれば、失礼しますとリラが腰を下ろす。

 普通ならない光景だ。その様子を黙ってじーっとクレイが眺めている。


 「あ、クレイ様もお座りになって」

 「いえ。結構です。立っているのは慣れているので」

 「そうなのですか? じーっと見ているから座りたいのかと。遠慮しなくてもよろしいですよ」

 「……いえ、座りたくて見ていたのではなく、驚いて見ていたのです」

 「「………」」


 侍女が令嬢と対等のようにソファーに腰を下ろす様子など見た事がない。いや、宿屋で見た。――彼女達以外、見た事がなかったのだ。


 「そうね。私は、令嬢らしくないわよね。教養も何もないわ。友達もいない」

 「べ、別にそういう意味で言ったわけではなく……」


 クレイが、ちょっと拗ねた様に言うランゼーヌに慌てて言った。


 「私ですよね……」


 リラがそう言って、すくっと立ち上がる。


 「クレイ様、座って頂けると助かります。リラが座れないので……」

 「え……」


 クレイが、ぼぞっと驚きの声を零す。前回もそのような事を言われ、座ったのだ。つまりこれからは、そうしなくてはいけないのかと、クレイは驚いた。


 とその時、廊下に出る扉の横にあるランプに赤っぽい明かりが灯る。

 クレイは、それに近づき触れ明かりを消した。消す事によって、承諾した事になる。

 じーっと三人は、訪れるだろう者達が叩くであろう扉を凝視して待った。もちろん、そんな事をして待たなくてもよい。だが、初めて合図によって尋ねて来るのだから気になった。

 ほどなくして、ドアがノックされる。


 「侍女長のウーテと申します。ご挨拶参りました」


 クレイは、ゆっくりと扉を開けた。


 そこに立っていたのは、ちょときつそう雰囲気の年配の侍女とリラと同じ年齢ぐらいの侍女、そして騎士が一人立っていた。


 「入っても宜しいでしょうか?」

 「どうぞ」


 ランゼーヌが立ち上がって、中にと促すと三人は失礼しますと、部屋の中へと入って来る。


 「私は、侍女長のウーテと申します。この者は、侍女のジャナです。私達二人で聖女様のお世話をさせて頂きます。ご用の際は、お呼びください」


 ウーテは、制服と同じ紺の色の髪をきっちりと結い、キリッとした鋭い目つきでランゼーヌ達を見て挨拶をした。


 「ジャナです。お付きの侍女が休憩中に聖女様のお世話をさせていただきます」


 ジャナも深々と礼をする。


 「私はバレルモと申します。こちらに来る者に付き添う騎士です。また、聖女の騎士が不在の時に代わりに付かせて頂きます。宜しくお願いします」


 青の制服の騎士は、王族専属の騎士だ。彼もまた、ランゼーヌに頭を下げた。


 「よ、宜しくお願いします」


 緊張気味にランゼーヌは言う。


 「お茶をお持ち致しました」


 挨拶が終わると、ウーテはワゴンを部屋の中へと入れた。それをジャナがテーブルにセットする。その様子をリラがじーっと見つめていた。


 「失礼します」


 規則に乗っ取り、クレイがお茶をスプーンですくい、毒味をする。


 「お飲みになって大丈夫です」


 一呼吸置き、クレイが言うとランゼーヌは頷く。

 でもランゼーヌは、一人だけお茶を飲むなんて事になれていない。凄く緊張する中、お茶を一口ごくんと飲んだ。


 (あぁ、落ち着かないわ。待遇が今までと違い過ぎて。こんなに人がいるのに静かだし。あれ? そう言えば、いつも騒がしい声が聞こえない)


 ふとワンちゃんがいないのに気が付き、ランゼーヌはキョロキョロと辺りを見渡した。


 「どうかなさいましたか?」


 何かを探すような仕草をするランゼーヌに、ウーテが聞く。


 「いえ……」

 「そうですか。あと30分程で、椅子師が到着いたします」

 「あ、はい」


 そう言えば、バローニが言っていたと頷いた。

 聖女の祈りは長時間の為、椅子に座って行われる。

 その椅子を聖女本人に合わせオーダーメイドで作ると、バローニから説明があった。

 長時間座るのも疲れるものなので、出来るだけ祈りの負担を取り除く為だ。

 その為の椅子を作る専門の者がおり、ランゼーヌの為の椅子を作りに今日ここに来る。

 本来は、家に帰った令嬢宅に訪れそこで色々と計っていく。聖女として祈りを捧げる日までに椅子を作り届けるのが今まで過程だが、今回は今日計り明日には仕上げる事になっていた。


 「では我々は、控室に戻ります。何かありましたら遠慮なくお申しつけ下さい」

 「はい。ありがとうございます」


 ウーテたちは、下がって行った。


 「はぁ……緊張した。そういえば、二人のカップがないわね」

 「当然です」


 ぼそっと言ったランゼーヌの言葉に、それが普通だと真顔でクレイはそう答えたのだった。

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