第3話 ⑶


「ねえ、もう疲れたから飲み物でも買ってあの辺のベンチで飲もうよ」


 買い物用の資金をあらかた使いきった頃、にこにこしながらそう持ちかけてきたお姉ちゃんに、わたしは素っ気なく「もうお金ないよ」と言った。


「ほら、あれがあるでしょ。交通費のチャージに持ってきたお金」


「あれで帰りにチャージしていくんだから、使っちゃったらしばらく外出できないよ」


「じゃあ半分使おう。今日楽しかったし、買い物は来月したらいいでしょ」


 わたしは正論を口にするのを諦め、「一番安い奴以外は駄目だよ」と言った。


 お姉ちゃんは、なにをどうすればどういう結果になるのかを考えるのが大嫌いなのだ。


「あれっ、それなに?」


 わたしが飲み物と一緒に買ったスイーツを見たお姉ちゃんは、予想通り眉をきっと上げた。


「ナッツの入ったパウンドケーキ。何か急に食べたくなった」


「お金ないって言ってたのに」


「何かあった時の予備に持ってきてたの。わたしのお金だから別に構わないでしょ」


「あんたずるいことするのね」


 お姉ちゃんは恨めし気な目でわたしを見た。さすがにお金がないのは自分のせいだと理解しているのだろう。物欲しそうな目をしつつも、わたしに食べさせろとは言わなかった。


「ねえ、『グリーンボーイズ』の中上君、かっこいいよね」


 お姉ちゃんは携帯を見ているわたしに向かって唐突にそう、話しかけてきた。


「そうかな」


 わたしはお姉ちゃんの方を見ずに、適当な相槌を打った。わたしが聞いていようがいまいが、お姉ちゃんは自分のお気に入りの話を続けるに決まっているからだ。黙っていれば勝手に同意した物と見なしてくれる。わたしが「わたしは○○の☓☓君がいいなあ」などと言おうものなら、「ふうん、わたし、興味ない」と即座に強制終了させるに決まっているからだ。


 お姉ちゃんは、わたしが常に「自分と同じ好み、自分と同じ意見」でないと満足しないのだ。


「……あのさ、やっぱりちょっとだけそれ、くれない?」


 お姉ちゃんがわたしの口元を見て媚びるように言ったのは、わたしがスイーツを半分ほど平らげた頃だった。


「……いいけどさ、お姉ちゃんナッツのアレルギーなかったっけ」


 わたしはお姉ちゃんが以前、外国産のナッツでアレルギー発作を起こしたことを思いだして言った。昔はなかったアレルギーが年を取ってから出るということが、ごくまれにあるのだそうだ。


「ううん……今日は……出ない気がする」


「そう?……じゃあ半分、あげる」


 わたしは残ったパウンドケーキを、お姉ちゃんの方に押しやった。お姉ちゃんは「いいの?じゃあいただくね」と言ってわたしが残したナッツのケーキを頬張り始めた。

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