第13話 Clock-10

「ねえ・・・昴。なんで、こんなところ・・・私こんなとこじゃ嫌よ・・・?」

「ばか。そんなんじゃねえよ。いいからついて来いよ」


 ピンク色のスウェット上下の年若い女が不安げに、男の後をついていく。

 昴と呼ばれた若い髪を染めたいかにもチンピラ風の男は懐中電灯で廊下を照らして進んでいく。


 ここは繁華街のはずれの廃ビル。

 真っ暗な建物の中を、昴は理由も言わずに彼女を連れ込んだのだ。


「ねえ、昴。なんでこんなとこに来るの?帰ろうよ」

「うるせえ!黙ってついて来い!」


 イライラした大声で怒鳴る。


 ヒィッ・・・と小さな声で腕で防御の姿勢をとる女。


 男は・・いわゆるヒモである。働きもせずパチンコなどをして過ごしている。

 口癖は”いつかビッグになってやる”。

 普段は優しいが不機嫌になったときの彼氏は、暴力をふるうことがある。切れると手に負えない。

 そんな時は、じっと我慢して耐えるしかない。

 それでも、別れることもできずにずるずると関係を続けている。


 乱暴に腕を引っ張っていく男。

 ある部屋に引きずっていく。

 どうやら、昔倉庫だったようだ。窓もなくコンクリートで囲まれた小さな部屋。

 いくつか、大きな段ボール箱が積まれている。


「ここで待ってろ」

「え・・・?いや・・・・」

「うるせえ!」


 バシッ

 平手打ちを食らって、女は床に倒れこむ。

 そのすきに男は、部屋の外に出て扉を閉める。

 走っていく足音が響き・・・小さくなっていく。


 ガチャ


「いやっ!昴!・・・やめて!」


 すぐさま立ち上がった女性は扉のノブを回して引くが、扉はあかない。

 鍵を閉められたらしい。


 扉をバシバシと叩き、大声で泣き叫ぶ。

「昴!開けて!お願い!!何でもするから!!」


 だが、男は去っていったのか全く反応がない。


「いやあ!助けて!だれかぁ・・・」


 扉をたたいて半狂乱の女性。

 本能的に身の危険を感じていた。




 その時。



 部屋の奥から物音がした。


 突然の物音で、恐怖にかられた女性はスマホのわずかな明かりで照らす。

 すると・・・部屋の隅に段ボールがガサゴソという音を立てたかと思うと、その中から・・・何者かが・・立ち上がって出てきた。

 その右の手には、バール状の棒が握られていた。



「きゃあああああああああ!!!!!」





「なんだよ!なんでつかないんだよ」

 焦ってライターの火をつけようとする。

 先ほど、彼女をビルの中に閉じ込めた男・・・昴である。


 ギャンブルにはまり借金をしまくった・・・挙句の果て、やくざに絡んだ闇金融に手を出してしまった。

 激しい取り立てにあい、追い詰められた昴は彼女に黙って生命保険をかけた。

  そして・・・彼女を倉庫に閉じ込めて、そのビルに灯油をまいて火をつけようとしているのだ。

 冷静に考えれば、そんなことをして保険金を受け取ることはできない。だがそんなことも考えられないくらいに追い詰められていた。


「くそっ・・・点けよ!」

 ライターをつけようとするが、風ですぐに消えてしまう。


 その時、声をかけられた。


「大変ですね、お手伝いしましょうか?」

 落ち着き払った・・・ソプラノボイス。


 慌てて振りかぶった昴の目に前には、小柄な少年が立っていた。

 ジーパンにスタジアムジャンパー。

 繁華街の灯りの逆光で、表情の判別がつかない。


 その隣には、ピンクのスウェットの女・・・彼女が立っていた。


「す・・・・昴・・・?なに・・・してるの・・・?」

「か・・・楓!?何でここにいるんだよ!?」


 そこにいたのはビルの中に閉じ込めたはずの彼女であった。

 呆然として見つめている。不安げに手を胸の前で震わせている。


 あたりには灯油のにおいが立ち込めている。

 言い訳できる状況ではない。


「な・・なんでもない!?なんで出てきたんだよ!!」

「で・・・で、・・・でも・・」


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。


「お巡りさんを呼んだので、もうすぐ来ますよ。逃げますか?まぁ、逃げても無駄と思いますけど」

 少年が、まるで興味のなさそうな声で言う。


 傍らにあったポリタンクを男に投げつける。

 蓋のあいたポリタンクから、まだ入っていた灯油があふれ男の服を濡らした。


「うわっ・・て・・・てめえ、何するんだ!!!」

「まぁ、自分の彼女を焼死させようとしたんです。自分も燃えてみますか?」


「す・・ばる・・・・うそ・・嘘だよね」

 涙を流しながら、膝をつく女性。

 

「あ・・・あはは・・・馬鹿だなぁ楓・・そ・・そんなはずないだろ!?」

「す・・すばる・・信じて・・・信じてたのに・・・」


 泣き崩れる女性。


 複数の人物の走ってくる足音。。

 おそらくは警察官だろう。



 いつのまにか、少年はいなくなっていた。

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