第8話 Clock-6

「山下先生。質問があるんですけど」

「おぉ、時田。どうした?」

「ちょっと込み入った内容なんですけど」

「わかった。それじゃあ、物理教室にいこうか」


 物理教師の山下は、まじめだがおとなしい時田が質問してきたことを意外に思った。時田は一年生の中でも成績上位のほうである。なんにせよ、勉強熱心なのは関心なことだ。


 そう思っている時期もありました。



「ですので、電子一つの質量はこれだけなので、この数式によってエネルギーが示されるので・・」


 時田が黒板に複雑な数式を書いていく。

 山下には、さっぱりわからない内容であった。

 どうやら量子物理学の内容らしいということは分かった。

 大学で学んだ程度の物理学の知識では、理解できないほど深い内容。

 高校一年生にして、山下では太刀打ちできない知識を時田は身に着けているようである。


「時田・・・す・・すまん。俺では質問に答えることができないようだ」

「はぁ・・・」


 その時、山下は思い出した。


「そういえば、A国のM工科大学の有名な教授が母校に講演に来るそうだ。量子物理学の権威だそうだ。公開講座らしいので、時田も参加できると思うが行ってみるか?」

「そうなんですか?ぜひ行ってみたいです」

「わかった、お世話になった教授に話を通しておく」

「ありがとうございます」





 その夜、英治が見た未来は悲惨なものであった。

 朝。通園のために歩道で信号待ちをしていた子供の集団に白いワゴン車が突っ込んだ。まだ幼い子供が3人死亡し、4人が重症。

 運転していた会社員が逮捕された。



 ニュースサイトに載っている写真。

 比較的大きな通り。知っているところだった。

 英治の家から自転車で30分くらいのところである。


 英治は悩む。


「交通事故って・・・どうやって防げばいいんだ・・・」


 目とつぶると、瞼の裏に・・・あの青信号が見える。


 どうやったらよいか・・・まったく思いつかない。

 だが、英治にとっては何としても防がなくてはならない事件であった。

 

 


 


 次の日の朝。

 6時半くらいから、事件現場の交差点を英治は自転車で偵察していた。


 見通しの良い交差点。

 なんで、あの白い車はこの交差点の歩道に乗り上げたんだろう?



 自転車で行ったり来たり・・・周辺の道路を自転車でぐるぐると回ってみる。




 7時ごろ・・・

 英治は、焦っていた。


”今日は・・・学校は遅刻かな・・・”


 それでも、何とかしなくてはならないという義務感。それだけで自転車を走らせる。

 少し交差点から離れてしまったので、戻ろうとして・・・赤信号で止まった。

 英治は自転車で車道の左端で停車している。


 ふと、英治は横に止まっている車の中を見た。

「マジか・・・」




 食料品メーカーの営業の仕事をしている田中は、疲れと眠気を覚えていたが出勤せざるを得なかった。

 田中は、最近男の子を授かった。


 だが、思っていた子育てと違ったのだ。


 毎晩定期的に鳴き声を上げる。

 最初のうちは奥さんが対応していたが・・・だんだんと疲れていき、不機嫌になっていったのだ。

 いくら専業主婦とはいえ、睡眠不足では体力も持たない。

 そこで、田中も子育てに協力することにした。

 だが、そのせいで慢性的な疲れと眠気に悩まされていた。



 こんこんこんこん!




 サイドウィンドウを叩く音に意識を覚醒した。

”やば・・・眠ってた・・”

 反射的に信号を見る。

 幸い、まだ赤信号であった。


 助手席側の窓を見ると、自転車に乗っている中学生くらいの少年が窓をノックしていた。


 田中は、ウィンドウをおろした。


「はい、なに?」

「いや、眠そうだったので・・・よかったらこれどうぞ」


 少年は、窓から手を伸ばして何かを渡してきた。


「眠気覚ましのキャンディです。僕も勉強で寝不足のこともあるので」

「はぁ・・・ありがと」


 せっかくなので口に放り込む。

 すると、強烈なミントが鼻を突き抜けた。

 これは・・・確かに・・・目が覚める。


「疲れてるみたいだから、無理しないでくださいね」


 そう言って、少年は自転車を走らせた。

 気が付くと青信号になっていた。


 確かに危なく居眠り運転をするところであった。 

”次のコンビニでちょっと休憩しよ・・・”


 田中は、ゆっくりと白い商用車を発進させた。





 英治は交差点で自転車を止めてみていた。

 その目の前を、安全運転で白い商用車が通り過ぎて行った。

 信号が変わると、横断歩道を手を挙げながら、きゃっきゃと幼稚園児が渡っていった。



「ふぅ・・・何とかなった・・かな?」


 たまたま、信号待ちで対象の車を見つけることができた。

 だが・・・こんなこと、いつまで続けられるだろうか・・・



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