第5話 Clock-4


 次の日。日曜日の昼過ぎ。英治は近所の公園のベンチに座っていた。

 昨晩は一睡もできなかった。

 徹夜明けのぼーっとする頭で講演を眺めていた。



 すると、ててて・・と向こうから走ってやってくる少女。



「あれえ?英治にいちゃん。公園にいるなんて珍しいね!なにしてんの?」


 やってきたのは、安藤美緒であった。

 どうやら友達と遊んでいたらしい。


 英治は、内心非常に慌てていた。

 美緒がここにいることは想定外であった。


「やあ、美緒ちゃん。ちょっと、用事があってね」

「ふうん、暇そうだね。一緒に遊ぶ?」

「からかうなよ」

「それより、そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか?」

「え~!?まだお昼前だから大丈夫だよ?」

 あはは!と笑って友達のほうに走っていく美緒。


 英治はその時、内心はとても緊張していた。

 昨日見た、スマホに表示された内容。


 英治は目を閉じる。


 すると、目に焼き付いて離れない・・・青く光る歩行者信号。

 目の前で・・・・点滅する青信号。


 何度も、夜に夢で見た。そのたびにうなされて、飛び起きる。


 目を閉じると、瞼の裏に焼き付いたように真っ暗な中に点滅している。



 手を伸ばせば・・届くところにいたのに。

 あの時、もし・・・知っていたら・・・助けられたのに。


 何度も、何度も、何度も


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、


 何度も自分を責め続けた。

 

 知っていたら・・・



 

 そして・・・昨日、知った。





 そろそろ、昨日ニュースサイトで見た時間だ。


 すると、向こうの公園の入り口から男が入って来た。

 黒いジャンパー。中肉中背。大学生くらいの若い男。

 ジャンパーのポケットに手を入れている。



 ニュースの通りの風貌。



 ふらふらと、男は広場にいる子供たちに近づいていく。


 やがて、ジャンパーのポケットから手を出した。その手には光るものが握られている・・・

 サバイバルナイフ。

 日の光に輝く、その大きな刃物。


 それを手にした男は、友達と遊ぶ・・・・安藤美緒の方に向かっていた。



 英治は、ベンチの下に置いていた”それ”を手にし・・・立ち上がった。




「うらあ!!!!!!!」


 英治はその男に走り寄ると、家から持ってきた金属バットで男の手を殴りつけた。

 その手からナイフが飛んでいく。


 バットを構え・・・どうしようか一瞬躊躇する。

 頭を殴ると死んじゃうよな。

 どうしようか・・・


 逃げようとする男の足をバットで殴る。


「ぎゃあ!!」


 男は悲鳴を上げて、転がって暴れた。


 男のおしりを金属バットでたたく。

 そのたびに男は悲鳴を上げる。



 ぜい・・・ぜい・・・

 英二は緊張と恐怖で真っ青になりながらも、男を取り押さえた。


 男は、うめき声をあげて・・・やがて大人しくなった。


 騒然とする公園。悲鳴を上げる母親たち。泣き出す子供たち。

 誰かが通報したのだろう。

 やがてやって来た大勢の警官。


 警官たちによって、その男が取り押さえられた時。英治は達成感と安堵で座り込んでしまった。

 泣きながら美緒ちゃんが走って来て抱き着いてくる。

「英治兄ちゃん!!うわあああん!!」


 その頭をなでながら、思った。


 ”やった・・・やった・・・ようやく俺は守ることができたんだ・・”



 昨晩見たニュースは、この公園で通り魔事件が発生したというもの。

 犠牲になったのは、複数の小学生・・・・おそらくは安藤美緒も犠牲になっていたんだろう。





 一晩悩んだ。

 こんなこと誰にも言えやしない。言っても信じないだろう。


 だが、知ってしまった。

 知ってしまった英治には・・・何もしないという選択はできなかった。

 この結果で、未来が変わってしまっても・・・それでも・・・



「英治兄ちゃん・・泣いているの?」

 美緒が頬に触れてくる。

 気が付けば、頬を涙が伝っていた。


「大丈夫だよ、もう大丈夫」

 美緒は頭をなでてくれる。


 英治は目を閉じた。


 目を閉じた暗闇の中。

 青信号は、見えなかった。

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