アシュリー・バークレーは告白が伝わらない!

紫陽花

第1話

 私はアシュリー・バークレー。十六歳の伯爵令嬢で、現在、片想い中だ。

 片想いの相手は、同い年で幼馴染の男爵令息エドワード・バルト。お互いの屋敷が近く、五歳の頃から一緒に遊ぶ仲だった。


 屋敷のそばにある小さな森で、木登りをしたり、木の実を拾ったり、釣りをしたり、二人で遊ぶのはとても楽しかった。どちらかというと私のほうがグイグイと引っ張るタイプで、よく思いつきでエドワードを誘って無茶をしては親に怒られていた。


 今思えば、貴族令嬢としては結構なお転婆だったが、エドワードはそれを諌めるようなこともなく、いつも笑顔で私に付き合ってくれていた。そして、そんな彼に、私はだんだんと恋心を抱いていったのだった。


 でも、そんな楽しい思い出も十三歳の時まで。その頃からお互いに学園へ通い始め、クラスは離れ離れ、帰宅してもエドワードは剣術の稽古に打ち込むようになって、会う機会がめっきり減ってしまった。これまで毎日のように会っていたのが、週に一度会えればいいほうだ。


 私は寂しくて堪らなかったが、エドワードは剣術の稽古に熱中しているようで、私のことなんて気にもしていないようだ。先週もせっかく久しぶりに会えたのに、一ヶ月後に開催される学園での剣術大会で絶対優勝するから見ていてくれと息巻いていた。


 エドワードの家は代々王宮の騎士団で活躍しており、エドワードの父親も騎士団でも指折りの猛者として名を馳せているから、エドワードも剣術大会で優勝して騎士団への入団に弾みをつけたいのだろう。


 でも、優勝を見据えてどっしりと構えているエドワードとは対照的に、私は焦りに焦っていた。というのも、私の両親がこそこそと話し合っているのを聞いてしまったのだ。


「アシュリーの婚約のこと、ちゃんと考えないとね」


 少しだけ開いたドアの向こうからそんな話が聞こえてきた時は、心臓が凍りつくかと思った。


 婚約。貴族の令嬢として、いつかはしなくてはならないものだと分かってはいたが、どこかまだ先の話だと思っていた。それが急に現実味を帯びてきて、四方を壁で塞がれてしまうような、窮屈で不安で逃げ出したいような気持ちになった。


 我が家は弟がいるから私が継ぐ必要はないけれど、両親はきっと私の嫁ぎ先を探すなら同じ伯爵家以上の家格を選ぶだろう。でも、エドワードは男爵家の次男。彼を候補として見てもらえる可能性は低そうだ。


 私はエドワードのことが好きなのに。エドワードじゃなきゃ嫌なのに。


 どうしてもエドワードのことを諦められない私は考えに考え、そして決めた。


 ──そうだ、告白しよう。


 もう、これしかない。告白して気持ちを伝え、彼に振り向いてもらう。そして二人で両親を説得するのだ。私だけでは両親に認めてもらうのは難しそうだけど、エドワードと一緒に訴えれば、納得してもらえるかもしれない。いえ、絶対納得させてみせる!


 生まれて初めての告白をすることに決めた私は、さっそく綺麗な便箋に想いをしたためた。

 告白しようと決意はしたけれど、面と向かって言うのはハードルが高いので、手紙で伝えることにしたのだ。


 あんまり長々と愛の言葉を書くのは恥ずかしいから、なるべく短く、でもちゃんと本気だと伝わるように。



 エドワードへ


 驚かせてしまうかもしれないけど

 前からずっとずっと好きでした。

 エドを想うと胸が苦しくて食事も

 のどを通りません。エドは私なんて

 ろくに女として見てないだろうけど

 運命の恋だと信じています。


 アシュリーより



「よし、できたわ!」


 渾身のラブレターを書き上げた私は、期待と不安が入り混じってドキドキと高鳴る胸を押さえながら、前もってエドワードを呼び出していた森へと向かった。


 いつも待ち合わせ場所にしている大きな白樺の木の下で、エドワードは腕組みをして幹に寄りかかりながら待ってくれていた。


 少し癖のある亜麻色の髪に、輝く緑柱石のような瞳。真っ直ぐに通った鼻筋と、薄く形の良い唇が凛々しく美しい横顔を形作っている。剣術で鍛えた引き締まった体も男らしさが感じられて、胸の高鳴りが一層激しくなるのを感じた。


 だめだめ、落ち着け私の心臓!

 ちゃんと手紙を渡さないと!


 私は呼吸を整えてエドワードに声を掛けた。


「エド、お待たせ! 来てくれてありがとう!」

「アシュリー。俺も今来たところだから。それで、用事って?」


 エドワードの爽やかな笑顔を目の前にして、さらに緊張が高まってきた。これはいけない。決心が鈍る前に、一刻も早く手紙を渡さなくては。


「あのっ、エドにこれを読んでほしいの……!」


 私は俯き加減で両手を掲げて、エドワードに手紙を差し出した。


「俺に手紙……?」


 エドワードは訝しむような様子を見せながらも、手紙を受け取り、そのまま読み始めた。


 だめだ、あまりにも緊張して口から心臓が出てきそうだ。きっとまだ十秒しか経っていないのに、五分くらい経過したように感じる。エドワードはどんな反応をするだろうか。彼も私を好きだと言ってくれるだろうか。


 恐る恐る顔を上げると、エドワードは片手で口許を覆いながら、真剣な面持ちで手紙を見つめていた。そして、じっくりと何度も何度も文面を読み返した後、静かに目を伏せて呟いた。


「……まさか、アシュリーが俺のことをこんな風に思っていたとは……」

「あの、急にごめんね! いきなりこんな手紙を渡しちゃって驚いたかもしれないけど、私はエドのこと──」


 恥ずかしくなって思わず早口で捲し立ててしまったが、続くエドワードの言葉に私は耳を疑った。


「アシュリーが俺のことを呪いたいだなんて……」

「…………は?」


 あの手紙を読んで、どうして呪いだなんて言葉が出てくるのだろうか。

 え? もしかして手紙がすり替わってたとか?


「ちょっと見せて!」


 エドワードから手紙を引ったくって確かめてみたけれど、やっぱり私が書いたラブレターに違いなかった。


「何よ、呪いたいだなんて書いてないじゃない!」


 憤慨する私にエドワードが目を逸らしながら言った。


「各行の最初の音を上から順に読んでみて」

「はぁ? 最初の音?」


 私は訳が分からないながらも、とりあえず言われた通りに読んでみる。


 おどろかせてしまう……

 まえからずっと……

 エドをおもうと……

 のどをとおりません……

 ろくにおんなとして……

 うんめいのこい……


「お、ま、え、の、ろ、う……。お前、呪う……?」

「ほら、ちゃんと書いてあるだろ?」


 エドワードはなぜか「隠しメッセージを見つけてやったぜ」みたいな顔をしているが、いやいや、そんな物騒なメッセージを仕込んだりしないから!

 というか、わざわざ縦に読んだりしないで、普通に読んでほしいんですけど!


 あまりにも斜め上の反応に呆気に取られていると、エドワードは私の手から手紙を抜き取って、大事そうにポケットにしまった。


「これは証拠として、俺が保管しておくから」


 そう言うと、エドワードは心なしか機嫌よさそうに屋敷へと帰ってしまった。

 一人残され、森の中でぽつねんと佇む私。どうやら、人生初の告白は失敗……というか、告白に至ることすらできなかったようだ。


「くっ、こんなことで諦めないんだから……! エド、見てなさいよ!」


 不完全燃焼に終わって、かえってやる気が湧いてきた私は、次こそは気持ちを伝えてみせるとリベンジに燃えるのだった。



◇◇◇



「ふっふっふ、これなら私の気持ちも伝わるはずだわ!」


 翌週、二通目のラブレターを完成させた私は、完璧な文面に顔がにやけてしまうのを必死に抑えながら、エドワードとの待ち合わせ場所に急いだ。


 この手紙なら、今度こそ確実に私の恋心を伝えられるはず!


「エド、久しぶり! これ読んで!」


 またも先に到着していたエドワードに駆け寄ると、挨拶もそこそこに腰に片手を当て、ビシッと手紙を差し出した。


 手紙を受け取ったエドワードは、内容に目を通すと、今度は額に拳を当てながら何やら苦しそうに瞳を閉じて天を仰いだ。


「ねえ、私の気持ち、分かってくれた?」

「…………アシュリー、一日だけ待ってくれるか? ちょっと準備が必要だから」


 何だろう。返事をするのに心の準備が必要ということだろうか。それなら一日くらい待つのもやぶさかではないし、週に二回も会えるなんて楽しみだ。


「いいわよ。じゃあ明日も待ち合わせね!」

「ああ、また明日な」


 よかった! 今度こそ告白できたわね!

 私はホッと安堵しながら、どうにも悩ましげな表情で見送ってくれるエドワードに手を振って、足取り軽く家路へとついた。


 そして翌日。お気に入りのリボンで髪を結って、待ち合わせ場所に出かけた。


 いい返事が聞けるように、少しでも可愛くしていかないと。


 逸る気持ちに合わせるかのように自然と小走りになって、いつもの白樺の木へと向かうと、今日もエドワードは先に到着していた。


 エドワードは待ち合わせをすると毎回私よりも先に来ているのだ。今日こそは私が先に待っていようと思って早く屋敷を出たのに、ちょっと悔しい。


 それにしても、今日のエドワードは紙袋を抱えたりして、一体どうしたというのだろう?


「エド、お待たせ! その紙袋はどうしたの?」

「これはアシュリーのご所望の品々だよ」


 そう言って、エドワードは袋から大根やら胡瓜きゅうりやらを取り出した。


「え? 私、こんなのお願いした覚えなんてないけど……」

「昨日、手紙で頼んできただろう」


 はい? 昨日渡した手紙はラブレターのはずでは……。


 またも訳が分からず首を傾げていると、エドワードが昨日渡したラブレターを見せてきたので、確認してみる。



 エッグタルト

 ドーナツ

 だいこん

 いんげん

 すもも

 きゅうり



 ほら、今度はちゃんと縦読みで「エドだいすき」って分かりやすく書いてるじゃない──って、しまったぁぁ!! 縦読みのことばかり考えていて気づかなかったけど、よくよく見たらこれじゃただのお買い物メモじゃない!


「エド、違うの! これは縦読みしてほしくて──」

「じゃあ、品物は渡したから俺は行くよ。このメモは貰っておくからな」


 エドワードはそう言って、またもラブレターならぬお買い物メモを丁寧に折りたたんで胸ポケットにしまい、颯爽と帰っていった。


「また伝わらなかった……。というか、今のも縦読みしなさいよ!」


 私は紙袋に入っていたドーナツを頬張りながら、次なる作戦を練るのだった。



◇◇◇



 そしてまた次の週。

 今度は手紙はやめにして、口頭で伝えることにした。これなら今度こそ何の誤解もなく気持ちを伝えられるはずだ。


 いつもの場所にエドワードを呼び出し、今までで最大級の緊張を抱えながら向かうと、そこには白樺の木の幹に腕組みをして寄りかかり、うたた寝をしているエドワードがいた。


「まあ、こんなところで器用ね」


 私は少し感心しながら、そっとエドワードの正面に立ってみた。


 長い睫毛が伏せられて影を落とし、静かに寝息を立てている様は、どこか幼少期の面影が感じられて懐かしさと愛おしさが込み上げてくる。


 せっかくのチャンスなのでじっくりと寝顔を堪能していると、刺すような視線で気づかれてしまったのか、エドワードが目を覚ました。パチパチと瞬きをして、私に真っ直ぐな眼差しを向けてくる。


 今こそ、告白する時ね……!


 私はお腹の前で両手を組み合わせると、エドワードを見つめ、大きく息を吸って話しかけた。


「エド、私ね、ずっと前からあなたのことが好きなの。大好き。結婚するならエドじゃなきゃ嫌。私の気持ち、受け取ってくれる……?」


 心臓がバクバクしすぎて倒れるかと思ったけれど、なんとか最後まで言い切った。


 面と向かって口頭でここまではっきり言えば、今度こそ絶対確実に伝わっているはず……!


 そう信じて返事を待っていると、エドワードが自身の耳元に手を持っていき、キュポンッという音が聞こえたかと思うと、エドワードの両指には小さなコルク栓がつままれていた。


「……耳栓したまま眠ってしまった。アシュリー、起こしてくれてありがとう」


 エドワードが軽く伸びをしながら言う。


 え? は? 耳栓?

 まさか、私の一世一代の告白は聞き逃されてしまったってこと!?

 なんたる不覚……!


 あまりの展開に空いた口が塞がらないでいると、エドワードは申し訳なさそうな表情で片手を上げた。


「悪い、剣術の稽古があるからもう行かないと」

「え、じゃあまた来週……」

「ごめん、来週は大会直前で稽古に集中したいから。大会の日にまた会おう。絶対優勝するから見ててほしい」


 そう言い残して、エドワードは走って帰ってしまった。

 またもや告白が伝わらずに終わる私。あれ、もうこれ私が呪われてるんじゃ……?

 どうしてこんなにも上手くいかないのだろうか……。


 でも、ここで挫けるわけにはいかない。十年にもわたる私の恋心は、こんなことで折れるようなヤワな想いではないのだ。

 二度あることは三度ある。でも、四回目なら大丈夫かもしれない。


「よし、次こそは絶対ぜったい告白成功させてみせるわ!」


 私は固い決意を胸に、それから毎日イメージトレーニングを重ねるのだった。



◇◇◇



 そして、あっという間に剣術大会当日。


 剣術大会は学園で毎年開催される伝統行事だ。

 私も、エドワードを応援するために会場となる鍛錬場へ来てみれば、すでに学生や父兄など大勢の観客で賑わっていた。身内に手を振って応援する人や、誰が優勝するかで賭けている人など、みな楽しそうだ。


「今年は強者揃いだから予想が難しいな」

「でもやっぱり優勝は、騎士団長のご子息のアレックス様じゃないか?」

「私はエドワード様を応援してるのよね。最近ちょっと素敵じゃない?」

「わかる〜! あんなに凛々しいのに、たまに物憂げな表情をみせるのがたまらないわよね!」


 あら、聞き捨てならないわね!

 エドワードは最近だけじゃなくてずっと格好いいし、ちょっとじゃなくて、すっごく素敵なんだから!


 ……観客のお喋りが耳に入ってきて、思わず腹を立てた私だったが、他のご令嬢がエドワードを素敵だと言っているのを目の当たりにして、少し動揺してしまった。


 エドワードのことを話題にしていたあの子たちは、確か男爵家の令嬢たちでエドワードとは家格も同じだしライバルになったら手強そうだ。


 やっぱり早く告白しないとと気が焦るが、試合前のエドワードの心を乱したくはない。あんなに優勝したいと頑張っていたのだから、今は試合に集中して、実力で優勝をもぎ取ってほしかった。


「今日は告白のことは忘れて、エドの応援に徹しましょう」


 近くの空いていた席に腰掛けると、まもなく開会式が始まった。出場者代表のアレックス様が正々堂々戦い抜くことを誓うと、会場は大きな拍手に包まれ、やがて出場者たちが退場していく。


 その中にエドワードの姿を見つけ、頑張ってと祈るような気持ちで見つめると、エドワードもこちらを見て微笑んでくれたような気がした。こんなに大勢の中から私を見つけてくれるなんて無理に決まっているから、私の願望が見せた錯覚だろうけど。


 それからすぐに第一試合が開始された。大本命のアレックス様と、今年の新入生だという大柄な男の子の対戦で、五分ほど打ち合った末に予想通りアレックス様が勝利をおさめた。


 そして、第二試合、第三試合と次々に試合が行われ、エドワードも危なげなく勝ち進んだ。


 試合を重ねるにつれ、実力者同士の闘いになるので見応えがあり、歓声もますます大きくなっていく。いよいよ決勝戦となった時には、観客たちの盛り上がりは最高潮に達していた。


「アレックスとエドワードの決戦か! これは見ものだな!」

「どっちが勝つのかしら?」


 そう、決勝戦はアレックス様対エドワード。闘技場に入ってきた二人は中央で向かい合って構え、開始の合図を待っていた。


 両者ともこれまでの闘いはものの数分で相手を下してきたので、お互いに体力は十分。どちらも優勝を目前にして気合が入っている。固唾を呑んで見守る中、ついに試合開始を告げる声が響いた。


「始めッ!」


 審判の声と共にアレックス様とエドワードが間合いを詰めて斬りかかる。試合用に刃を潰した剣のようだが、ぶつかり合う剣戟の音はこれまでのどの試合よりも激しく、二人の実力の高さを物語っていた。


 私は剣術のことはよく分からないけれど、アレックス様は筋骨隆々とした体躯を生かした重い攻撃が持ち味のようだ。対するエドワードは、素早くしなやかな動きで相手の剣をかわして隙を作り、攻撃に転じている。


 近づいたり離れたりしながら打ち合うこと数分。どちらが優位なのか皆目見当もつかないが、エドワードの表情を見るに、まだまだ余裕がありそうだ。


「……エド、勝って!」


 そう呟いた瞬間、広く間合いを取っていたエドワードがアレックス様に向かって駆けていった。アレックス様は剣を正面に構えて防御の姿勢を取り、エドワードが振りかぶって斬りかかる──と思いきや、急に太刀筋を変えて斜め下からアレックス様の剣を斬り上げて弾き飛ばした。


 剣はヒュンッと音を立てながらアレックス様の手を離れ、回転しながら飛んでいく。そしてガシャンと地面に落ちた時、エドワードの剣がアレックス様の胸元に突きつけられていた。


「……それまで! 優勝者は、エドワード・バルト!」


 審判が優勝者の名を告げると、会場中に大歓声と拍手が沸き起こった。

 エドワードは手を挙げて観客に応え、アレックス様と健闘を称え合っている。


「ううっ、エド、よかったねぇ……格好よかったよぅ……」


 私は感動で止まらない涙をハンカチで押さえ、鼻をグスグス鳴らしながら、エドワードの勇姿を見守ったのだった。



◇◇◇



 剣術大会がつつがなく終了した後、私はいつもの待ち合わせ場所の白樺の木へと向かっていた。閉会式の後で、エドワードの友人のポール様から、エドワードからだという手紙を渡されたのだ。


 ──今日、いつもの場所に来てほしい


 そう一言だけ書いてあった。


 泣きすぎてショボショボになった顔で会うのは恥ずかしかったけれど、せっかくの優勝を直接お祝いしたかったので、できるだけお化粧を整えてから行くことにした。


 待ち合わせ場所に着くと、案の定、エドワードが待っていた。


「待たせてごめんね。お化粧直してたら遅くなっちゃった」


 そう言って駆け寄ると、エドワードは喜びの表情を浮かべながらも、なぜかそこはかとない緊張感を漂わせている。私は不思議に思いながらも笑顔でお祝いの言葉をかけた。


「エド、優勝おめでとう!」


「好きだ」


 え? 好きだ? やだ、まさか私、無意識のうちに告白しちゃってた!?

 焦って口に手を当てると、また声が聞こえてきた。


「ずっと好きだった、アシュリー」


 優しい、それでいて切望するような響きの声は、エドワードのものだった。


「……え? 好き? エドワードが、私を?」


 すっかり自分が告白することしか頭になかった私は、混乱してうまく言葉が出てこない。

 すると、エドワードが申し訳なさそうな顔で謝り始めた。


「ごめん、つい気が急いてしまった。まずは、アシュリーに謝らないと。……最近、アシュリーが俺に気持ちを伝えてくれようとしていたことは分かっていたのに、俺はそれを避けてた。せっかくの告白をなかったことにしてしまって本当にすまなかった」


 突然の告白にもビックリしたけど、こっちの謝罪にも驚いた。まさか、私が告白しようとしていたことに気付いていたとは……。


「アシュリーも俺を想ってくれていると知って、可愛い手紙までもらって本当に嬉しかった。俺もアシュリーが好きだってすぐにでも伝えたかったけど、アシュリーの両親と約束をしていたから我慢するしかなかったんだ」


「約束? 私の両親と?」


「ああ、アシュリーに想いを告げて求婚することを許してほしいとお願いしたら、剣術大会で優勝したら許す。覚悟を見せろと言われた。だから、それまでアシュリーの告白を受け入れる訳にはいかなかったし、俺も男として自分からアシュリーに告白したかった」


「ごめんなさい、お父様とお母様がそんなことを言っていたなんて……」


「いいんだ。俺も、アシュリーへの気持ちが本物だって証明したかった。それに、優勝が決まった時、アシュリーのお父君が俺に向かって泣きながら両腕で丸を作っていたから、最初から認めてくれるつもりだったんだと思う」


 お父様、まさか会場でそんなことをしていたなんて……。恥ずかしいやら嬉しいやらで、なんだか顔が熱くなってくる。


「アシュリー、子供の頃からずっと君を想っていた。明るくてお転婆なアシュリーが大好きだ。俺も、君こそが運命の人だと思っている。俺と結婚してくれないか?」


 どうしよう。嬉しすぎて涙があふれてしまう。剣術大会での優勝を目指していたのも、私の告白に気づかない振りをしていたのも、私を想ってくれていたからだったなんて。


「もちろん、いいに決まってるわ!」


 泣き笑いの笑顔で返事をすれば、エドワードはその大きな体で私を抱きしめてくれた。


「ありがとう、アシュリー。俺は爵位を継ぐこともないし、苦労をかけるかもしれないが、それでも付いてきてくれるか?」


「大丈夫。私はきっと、ゆくゆくは騎士団長夫人になるはずよ」


 自信満々に答えれば、エドワードは嬉しそうに笑った。


「そうか。では、俺の忠誠は未来の主君に、心はアシュリーに捧げよう」


 抱き合って幸せそうに笑う私たちは、きっともうただの幼馴染ではなく、愛し合う恋人同士に見えるはず。

 

「私も、エドだけに愛を捧げるわ」


 心のままにそう囁くと、さらに強く抱きしめられた。


 恋とは、空回ったり、悩んだり、ままならないこともあるけれど、くすぐったくて温かくて、なんて幸せなんだろう。


 私は初恋が叶った幸運に感謝しながら、最愛の人を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アシュリー・バークレーは告白が伝わらない! 紫陽花 @ajisai_ajisai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ