番外編

一目惚れ? 花言葉?(フェルディナン)

*ローズの父親(モンソー侯爵)から縁談の打診がなされた日の出来事です。時系列的には13話「王命による7回目の婚約って、冗談ですよね?」の前です。

注)83話「婚約の真相」まで読んでいないと、ネタバレになってしまいます。

――――――――――――――――――


 東の将軍になってからというもの、多忙な日々を過ごしている。

 居を王都にある公爵家の別邸へ移したというのに、ほとんど国防軍の本部にある執務室で寝起きする毎日だ。


 そんなある日。

 突然、執務室に「至急、帰宅せよ」との伝言が届けられた。公爵家当主の座に就くまで国防軍の将軍だった父親のヴァンドゥール公マクシミリアンが私的な用事で息子を呼び戻すのは、今回が初めてだ。由々しき事態が起きたに違いないと感じ、急ぎ実家へと戻った。


 両親の住む公爵家本邸へ着くなり、待っていたとばかりに家令が出迎え、応接室の扉をノックして屋敷の主へ自分の来訪を告げる。


「入ってくれ」

 久方ぶりに耳にした父親の声が存外に柔らかく、応接室の温度が若干高いことに戸惑う。


「父上。ただいま戻りました。火急の用だとか――」

「ああ。お前に縁談がきた」

「は?」


(ダメだ。最近仕事のし過ぎで耳の調子まで悪くなったようだ。幻聴が聞こえる。それに、こんなふうに頬を緩めた親父を俺は知らない。幻覚まで見えるようになったのか……重症かもしれんな。近いうちに休暇を申請するか)


「とりあえず、腰を掛けたらどうだ?」

「はい。それで父上、先ほど私に縁談が来たと聞こえたのですが」

「そのとおりだ」


「良かったわね、フェルディナン」

 母であるヴィクトワールの弾んだ声が聞こえ、そこで初めて周りを見渡す。


 父の隣には母が。そして両親の向かい側には円熟した大人の魅力を備えた、容姿の優れた夫妻が腰を下ろしている。


(モンソ―侯爵と……侯爵夫人か?)


 事態が今一つ呑み込めないフェルディナンをよそに、両親達が盛り上がっている。


「お前がモンソ―侯爵令嬢と面識があったとはな」

「ええ、まあ」

(俺が一方的に彼女のことを知っているだけだと思うが)


「それで、いつからだったの?」

 母親が花が綻ぶような顔で聞いてくる。


(「いつから?」と聞かれてもな。彼女が社交界デビューしたあの日が初対面のはずだが)


「彼女のデビュタントの時からでしょうか」

「まあ! その頃からだったの?」

「ええ」

(名乗ってはいないがな。出逢ったのはデビュタントの夜で間違いない)


「フェルディナンの一目惚れだったのね」

「は? っ、母上!? いったい、何を――」

「なんだお前、今さら照れることもないだろう?」


(何なんだ親父まで。なぜ生暖かい目で見てくるんだよ)


「初対面のご令嬢に白い薔薇を贈るなんて」

「なっ、母上、どうしてそれを?」


「社交界デビューした夜、ローズが白い薔薇を髪に挿して帰ってきたときには驚きましたが、まさか贈り主がフェルディナン卿だったなんて」

「彼女には名乗っていなかったものですから」


(たしかに白い花を贈ったが、それは彼女が応急手当をしている間に胸元を飾っていた花が萎れてしまったからであって――)


「1輪の白薔薇の花言葉を貴方が知っていたなんて。無粋な子だと思ってたけれど。うふふふ」


(ん? 花言葉? ……まさか、あれに何か意味があるんじゃないだろうな?)


「『一目惚れ』『貴女しかいない』という意味ですわよね。素敵だわ」

 フローランス侯爵夫人が頬に片手を当てながら、夢見る少女のような表情でそう答える。


「なっ……」

(なに――っ? 知らなった、断じて、そういう意味で贈ったのではない!!)


「侯爵がわざわざ婚約の打診にいらしてくれたんだ。良かったじゃないか」

「いえ父上、それはっ」


「何でもフェルディナン卿は帝国との軍事交流会の場で、末娘ローズのことを『大切なご令嬢だ』『今すぐ王国へ連れて帰って、うちで囲いたい』とおっしゃっていたとか」

眼光炯々がんこうけいけいな表情をしたモンソ―侯爵が、追い打ちをかけるようにそう訊ねてくる。


「あらあら!! まあまあ!! そうなの? フェルディナン?」

 母親が信じられないといったような感嘆の声をあげる。


「どうしてそれをっ……」


「まさか両国軍の代表が揃う場でそのような大胆な発言をなさるとは。私も半信半疑でしたが、最近になって白薔薇の贈り主がフェルディノン卿だったと侍女サラから聞き、納得した次第です」


「くっ、だからそれは――」


 当事者そっちのけのまま、話がどんどん進んでいく。

 婚約の経緯について、両親はすでにモンソ―侯爵から話を聞いているとのことで、『この婚約に異論はないから、あとは自分の意志で決めなさい』と言われた。


 いつの間にか夜も更け、モンソ―侯爵夫妻を両親と一緒に見送ることになった。


「それではフェルディナン卿。また近いうちに」

「はい」


 モンソ―侯爵夫妻を乗せた馬車が去ると、両親は穏やかな視線をフェルディナンへ向けた。


「お前にも、そんなふうに思う女性そんざいができたんだな」

マクシミリアンは感慨深げにフェルディナンの肩に手を置くと、

「大切にしなさい」

低音で静かに響く声でそう言った。


 幼き日によく耳にした父の声。それは、公爵家当主としてではなく、一人の父親としてフェルディナンにかけた言葉だった。



 突然舞い込んだ縁談に混乱しながら別邸へと戻り、湯浴みをすませてベッドに身体を横たえる。酷く疲れているはずなのに頭が冴えて眠れない。脳裏に2度しか会っていないローズの姿を思い浮かべてみる。


 卒業後は王国に帰ってくるのか?

 そもそも、彼女には好きな男がいるんじゃなかったのか?

 それに、俺は7つも年上だぞ?


 とはいえ……大口を開けて仲間と笑い合う姿や、時おりのぞく片えくぼが可愛いと思ったことも事実だ。

 それに、応急手当をしていた彼女の凛とした姿には、グッとくるものがあった。

 そうそう、あの後、彼女が疲れた様子で椅子に腰を下ろした姿を見て、つい「守ってやりたい」と思ってしまったんだよな。


 しかし、あの難攻不落のモンソ―侯爵から縁談が持ち込まれるとはな、予想外だ。母が彼女を知っていたことにも驚いたが、親父も心なしか嬉しそうだったな。


 いや待て。あの侯爵のことだ。何か裏があるに違いない。気を引き締めろ。


 それから1週間後。フェルディナンは将軍職に就いて初めての休暇を申請することになる。

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