鋼の翼はゆりかごに孵る
桐生瑛
序
第1話 眠りの水面に
1
君は知っているだろうか。家畜のように薬で眠らされて、混濁した暗い夢をみることを。
意識は灰色の泥水に浮き沈みする。
自分の
もどかしさに息が詰まる。
もがきながら、容赦のない眠りに頭をつかまれ、また深みへと押し込まれる。
夢の底へ、沈む。
かたちの定まらない獣が
とても生々しい喉の痛みに、僕はまた目覚めそうになる。
君は、知っているだろうか。
僕たちのほとんどは、こんなふうに眠らされて連れて来られた。
自分の足で歩いて入ってきたのは、ふたりだけ。二十五人のうちの、ふたりだけだ。
ひとりは君。
もうひとりは、僕じゃない。
あの場所へ行ったときのことを、僕はうっすらと覚えている。
ゆらゆらと揺れるような半覚醒。睡眠薬に慣れた躰は、完全には眠らない。骨の髄まで刻み込まれた警戒心が、細く張りつめた糸となって、かろうじて意識をつなぎ止める。
あのときは……そう、あのときは……。
水面の上で、男たちの声が喋っていた。くぐもった音が遠く低くこだまして、よく意味をつかめないまま、頭をすり抜けていった。
(……今回の……多い…)
(上級………が……《ゆりかご》…………)
(………にしても……よく許可……)
(…………厄介払い……)
笑い声が、うあんうあんと響いた。
厄介払い。
僕のことか、と思った。僕は、棄てられるのか。
溺れる意識の内に、笑い出したくなるような解放感が広がった。
棄てればいい。僕も、おまえたちを棄てたい。お互い様だ。
僕は、おまえたちの「子供」じゃない。
そんなものには、なれなかった。なりたいと思えなかった。おまえたちの足下に這いつくばって、いい子だと頭を撫でてもらうのには、吐き気がした。
夢うつつの歓喜が警戒を緩ませ、僕はまた暗い底へと沈んでいった。
もしも後に起こることを知っていたら、僕はあのとき、呑気に喜んでいられただろうか。
正直に言って、分からない。とても喜ぶ気にはなれなかったかもしれないし、それでも嬉しかったかもしれない。
だって僕は──。
……いや、やめよう。
順を追って話そう。あの場所で過ごした短い間、僕が何をしていて、何を考えて、感じていたかを。
今はまだ、君に届かない。
でも、話したい。
大切な訓練みたいなものだ。記憶をたどり、刻みつける。ひと欠片も忘れないように、何度も思い出し、繰り返す。
そうしていつか、本当に、君に話したい。
話の始まりは、こうだ。
あのとき──何もかもが始まった、あのとき──僕は薬で眠らされて、獣のように運ばれてきた。三年間閉じ込められた檻を離れ、見知らぬ場所へ放り出された。
奇跡のように美しく、謎めいていて、暗く、恐ろしかったあの場所へ。
誰ひとり名前を知らず、ただ《城》とだけ呼ばれた、あの場所へ。
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