隣の席の柏崎君が事あるごとに「可愛い」と言ってきて、その、困る……
九傷
隣の席の柏崎君が事あるごとに「可愛い」と言ってきて、その、困る……
最近になって、私には困ったことがある。
隣の席の柏崎君が、事あるごとに私のことを「可愛い」と言ってくるのだ。
「おはよう花島さん。今日も可愛いね」
「……おはようございます」
そんな柏崎君に対し、私は努めて冷淡に挨拶を返す。
内心ではいつもドキドキしているのだが、それを悟られてしまうと、きっと柏崎君は調子に乗ってさらに私のことをからかってくるからだ。
「そんなツンとした態度も可愛いね」
「っっっ!?」
結局のところ「可愛い」と言われてしまった。
一体どう返すのが正解だったのだろうか。
柏崎君は私の反応に満足したのか、機嫌良さそうに笑みを浮かべて席に着く。
彼は美男子なので、そんな顔も甘くてとても美しい。
そう思っているのは私だけでなかったらしく、周囲の女の子達もそれを見てキャアキャアと沸いていた。
(……本当、なんで柏崎君は私のことをからかってくるのだろう)
柏崎君が私のことを「可愛い」とからかい始めたのは、二学期になって席が隣りになってからだ。
それまで接点などなかったハズなのに、彼は急に私のことを「可愛い」と言い始めた。
その理由がさっぱりわからない。
もしかしたら、隣の席になった子にはみんな「可愛い」と言っているのかも? とも思ったが、どうやらそうではないらしい。
その証拠に、以前隣の席だった子からは「花島さんは柏崎君に可愛いって言ってもらえていいね」なんて嫌味を言われたし、一部の女子は私への当たりがキツくなった。
最初私は、噂の美男子と隣の席になったというラッキーイベントに舞い上がっていたものだが、今となっては8:2くらいの比率で辛さが勝っている。
辛うじて2がついているのは、美男子を近くで見れるという目の保養成分があるからだ。
しかし、そのためだけにこの状況を受け入れることは到底できない。
(席替え、まだかな……)
ここ最近はそんなことをずっと考えているが、二学期になったばかりなので席替えなどするハズもなし。
少なくともあと4ヶ月はこの状況に耐えなければならないのである。
「どうしたの? 何か悩みでもある?」
「っ!? べ、別に何もないけど!?」
驚いた。急に柏崎君が喋りかけてきた。
「そう? でも、何か悩まし気な顔してたからさ。そんな顔も可愛いけど」
「っっっっ!?」
またしても「可愛い」と言われてしまった。
しかも、悩まし気な顔が「可愛い」などと……、私には悩むことも許されないらしい。
「……あの、柏崎君」
「うん?」
「前にも言ったけど、その、一々可愛いって言うの、やめて欲しい……」
私は顔が赤くなっているのがバレないよう、俯いた状態で声を絞り出す。
「確かに言われたけど、それは無理だよ」
「む、無理って、なんで?」
「俺って嘘は嫌いだからさ。だから自分にも嘘はつけない」
柏崎君は真顔でそんなことを言ってくる。
ちょっとカッコイイ風なセリフだけど、今の私にとっては迷惑な話である。
「く、口に出す必要はないんじゃない?」
「無理だよ。思ったら口に出さずにはいられない。だから俺、結構嫌われてるんだ」
柏崎君が、嫌われている?
そんな風には全然見えないけど……
「嘘だよ……。柏崎君が嫌われるハズ、ない」
「嘘は嫌いって言ったでしょ。だからコレも本当のことだよ。結構アチコチで軽薄だのムカつくだの言われるんだよね」
軽薄……、それは確かに私も思ったことだ。
こんな風に「可愛い」ばかり言う男の子は、なんとなくナンパで軽薄なイメージがある。
「でも、安心したよ。花島さんは、俺のこと軽薄だって嫌ったりしてないんだね」
「っ!?」
「だって、嫌われるハズないなんて言うってことは、俺のこと嫌ってないってことでしょ?」
そう言われると、その通りだ。
私は柏崎君のことを軽薄だと思いつつも、嫌ってはいなかった。
(そんなの……、嫌いになるなんて、無理だよ……)
お世辞だとしても「可愛い」と言われればやっぱり嬉しいものだ。
私はあまり外見に手間暇かける方ではないが、それでも一応は女の子なので髪の毛の手入れなどは欠かしたことがない。
柏崎君はそんな私の些細なお洒落にも気づいて「可愛い」と言ってくれるので、悪い気はしてなかった。
ただ、やはり面と向かって「可愛い」を連発されると反応に困ってしまう。
「返事がないってことは、そうだってことでいいよね?」
「っ!? き、嫌いです!」
図星を突かれて慌てた私は、咄嗟に柏崎君のことを嫌いと言ってしまう。
そんな私に対して柏崎君は、
「恥ずかしがっている花島さんも可愛いね」
と言って、またしても私のことをからかってくるのであった。
◇
放課後、
部員募集のポスターである。
私が所属する文芸部は、人数が少ないために存続の危機に陥っているのだ。
そうでなければ、二学期になってまでこんなポスターを貼り出したりはしない。
(あと5枚……)
部員数が二人しかいないため、私と田中先輩は手分けしてポスターを貼ることになっている。
私の担当は東棟なのだが……、びっくりするほど人がいない。
放課後なのだから当たり前なのだけど、文科系の部室が集中している西棟と比べると、少し怖くなるくらいに静かだ。
というか怖い。この広い廊下に私一人というのは、怖いものが苦手な私にとってはかなり過酷な空間だった。
(早く貼って部室に戻ろう……)
そう思い早足で階段を降りると、階下から人の話し声が聞こえてくる。
あ、まだ残ってる人いたんだと少し安心感を覚えつつも、その声に聞き覚えがありドキリとする。
(朝倉さんと……、柏崎君!?)
私はついつい足音をひそめて階段を降りていく。
やがて響く声が鮮明になり、話している内容が伝わってきた。
「……そう。やっぱり、私じゃ駄目なのね」
「うん……。ごめんね」
これは……、この雰囲気は……、間違いなく告白だ。
恐らく、朝倉さんが柏崎君に告白し……、そしてフラれた……
「私は、
「……そうだね。朝倉さんはキレイだけど、可愛くはないかな」
柏崎君がそう答えた瞬間、私の心臓は自分でもビックリするくらい跳ね上がった。
(今のって……)
朝倉さんが口にした言葉は、自惚れでなければ私を意識したものだった。
それに対して、柏崎君は「可愛くはない」と返した。
いつも私に「可愛い」を連発してくる柏崎くんが、はっきりと「可愛くない」と言ったのだ。
朝倉さんは、クラスでもトップクラスの美貌を持つ美人さんである。
成績も悪くなく、人当たりも良いのでクラスでは人気者だ。
その上スタイルも良いし、私とは比べ物にならないほどの優良物件と言えるだろう。
そんな彼女に対し「可愛くない」とは、一体どういうつもりなのだろうか?
「花島さんには、あんなに可愛い可愛い言うのに……」
「だって花島さんは可愛いから」
(っっっっ!?)
柏崎君の言葉で、私の顔は一気に熱くなる。
「化粧っけのないところも可愛いし、何も弄っていない制服姿も可愛い。飾り気のないストレートの黒髪も可愛いし、キレイに切りそろえられた前髪も可愛い。真剣に本を読んでいる姿も可愛いし、授業中時々眠たそうにしているのも可愛い。俺にとって花島さんは、何をやってても可愛いんだ」
「……それって、花島さんが好きだからってことよね?」
「多分、そうなんだろうね」
「っ!?」
しまった! あまりのことに、息が漏れてしまった!
き、気づかれただろうか?
「…………」
沈黙が続いている。
私は恐る恐るその場から離れようとすると、覗き込むように顔を出した朝倉さんと目が合ってしまった。
朝倉さんは少し険しい目で私を見ていたが、やがて顔を引っ込めた。
「……ごちそうさま。私、行くね」
「あ、うん」
遠のく足音が聞こえる。
どうやら、朝倉さんはそのまま立ち去ったようだ。
私は金縛りにでもあったかのように、固まってしまっている。
そんな私の状況を知ってるかのごとく、柏崎君がゆっくりと階段の陰から顔を出した。
「……花島さん、顔真っ赤だね」
「っっっっ!?」
私は慌てて両手で顔を隠す。
しかし、手が震えているせいか、上手く顔を隠せない。
そんな私の状況を気にした風もなく、柏崎君は顔を引っ込めて階段を上ってくる。
そして、私の前で立ち止まり、肩に手を置いた。
「ひぅ!」
思わず変な声を漏らしてしまった。とても恥ずかしい!
「フフッ……」
案の定笑われてしまった! 死にたい!
「ねぇ、花島さん」
その声は耳元で響いた。
目をつぶっているせいで見えないが、柏崎君は少し屈んで私の耳元に顔を寄せているらしい。
「真っ赤になった花島さんも、とても可愛いね」
「っっっっ!!!!」
この瞬間、私は完全にダメにされてしまった。
頭の中は真っ白になり、意識が遠のいていく。
「え!? ちょ、花島さん!?」
ふにゃふにゃと柏崎君の胸に倒れ込んだ私は、薄れていく意識の中でこう思った。
イケメンって、ズルイと……
隣の席の柏崎君が事あるごとに「可愛い」と言ってきて、その、困る…… 九傷 @Konokizu2
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