第42話

 マギーは道を進むしか無くなった。

 魔女の力で何かをしたのか、レールを境目に通れない。

 解除の方法を今は知らないだけかもしれない。そう考えると、マギーは、ハッシュの言葉通り、フラムの湖に向かうしかないと考えた。


 寂しい道が続く。

 少し前に来た時は、同じ汽車に乗って、同じ目的の為に歩くニルがいた。


 今は、ひとりぼっち。

 そう思うと、マギーの瞳にじんわりと涙が浮かんでいた。

 ああ、怖いと思ったらダメなんだ。自身に言い聞かせ、滲み始めた涙を拭うと、弱気を蹴散らす為にマギーは走り始めた。

 マギーは、ハッシュの言葉を思い出す。

 

『ここはお前の夢だ。何をしたいか、どうしたいかを考えろ。夢は、お前の思いのままだ』


 何度も、皆が言う。

 此処は夢なのだと。

 マギーの夢なのだと。


 マギーは、がむしゃらに走った。

 月光が照らす湖まで真っ直ぐに延びるその道を。振り返る事も無く、今自分がすべき事だけを考え前だけを見て。


 駅から湖まで、歩くと一時間。走ったら、どれぐらい掛かるだろう。

 ぼんやり浮かんだ考えを振り払い、マギーは一つの考えに集中した。

 魔女も、変身すれば空を飛べるのだと。


 ――夢の中ならば、何だって出来るんだ。

   鳥なら、飛べる。

   鴉でもなくて、蝙蝠でもない……そう、梟。


 マギーの姿が、少しばかり縮んでいった。その姿は宙に浮き、大きな白い翼を広げ羽ばたかせる。

 マギーは白いフクロウへと姿が変わると、そのまま空高く舞い上がって見せたのだ。そして、上空から見えるのは、虹色に光り輝く星屑の湖。

 マギーは、もう一度羽を羽ばたかせると、一直線に向かっていった。


 ◆


 ハッシュは、追いかけてくる気配が段々と鋭くなるのを感じていた。恐らく、あちらはマギーでない事に気がついたのだろう。だが、線路でマギーの感覚が遮断されている事には気が付いていないのか、標的をハッシュに見定めていた。

 ある意味で、狙い通りだ。ハッシュからしてみれば、アルチアの気がマギーから逸れるだけで十分だった。

 今は怒りのまま、マギーの姿をしたハッシュを轟々鳴る風に身を任せて追い上げてくる。

 そして――


「ハッシュ」


 ハッシュの耳元で艶のある声が響く。

 背後にいる、なんてものじゃなかった。

 首に何かが巻き付いていて、アルチアの顔はすぐ横にあったのだ。艶かしく動き、ハッシュの首をどんどんと締め付けるそれは、蛇の姿をした、アルチアの左腕だ。


「ねえ、何でそこまでして助けるの?あんた、モルガナに捨てられたじゃない?ねえ、何で?」


 ひしひしと伝わる悪意に、皮肉を込めて笑ってやりたいのにハッシュはそれ以上首が絞まらない様に力を入れるので精一杯だった。

 クソアマ、と悪態ついてやりたいのに、それも出来ない。

 ハッシュは、耐えきれずにその姿をライオンの姿に戻すと、これでもかと言うくらいに、蛇を引っ張って引き剥がす。捻って絞め殺してやろうと力を入れるも、その蛇はいとも簡単にハッシュの手をすり抜けて、アルチアの手元に戻っていた。

 アルチアは元に戻った自分の手の爪先が割れていないかを確認しながら「乱暴ねえ」なんて言っているが、その顔は余裕そのものだ。ハッシュが力加減を間違えたとしても、大した痛みでも無いのだろう。

 敵う相手ではない事は百も承知だった。


 アルチアの視線が、その爪先から再びハッシュに向く。


「ねえ、もしかして、マーガレットって……」


 ニタリと、意味深な顔を見せるも、ハッシュが踏み出した事によって、その続きは出て来なかった。

 

「うるせえ、くたばれ」


 ハッシュは掌をアルチアの顔に向けながら、勢いづいたまま向かった。

 その手に影が纏わりつく。月影に照らされて、出来上がった影が今度はアルチアに絡みつく。

 身動き取れない様に、足から肩にかけて、影で縛り上げようとするも、肝心の手応えがハッシュには感じられなかった。


 影を縛り上げるも、一瞬にしてアルチアの身体が数多の黒い蝶となって飛び散ったのだ。

 その飛び散った蝶は、今度は黒い風となる。ゴウッ――とけたたましい音を立ててハッシュを襲った。

 黒く冷たい風。

 無意識に防ごうと顔を腕で覆うも、目は守られるが、風に混じった刃がハッシュを突き刺した。


 風が通り抜ける度、鋭い痛みが走る。

 顔に、腕に、脇腹に、足に。

 見えない刃相手に、ハッシュはどうする事も出来なかった。

 いや、ハッシュは最初から理解してしまっていたのだ。

 

 ――魔女アルチアには敵わない


 その凝り固まった思考こそが、ハッシュにとっての一番の敵だと言えるかもしれない。

 此処は夢だ。どれだけ自分に言い聞かせた所で、目の前のその姿、その実力に、長年の染みついた思考が消える事も無く、ハッシュは黒い風の中に飲み込まれていった。

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