隣の席に幸運の女神が舞い降りた

桜井正宗

隣の席に幸運の女神が舞い降りた

 世界が滅んでしまえばいい。

 一度は考えたことがあるだろう。

 俺もその一人だ。


 退屈な授業。

 退屈な毎日。


 僕には不幸ばかりが訪れ、つい最近も財布を落とした。


 溜息ばかりが続く。

 なにも変わらない日常。



 ――そう思っていた。



「本日、席替えをする。たまには、くじ引きでいいだろう」



 などと担任の田桐たぎりが提案した。

 そういえば、四月を迎えて半年間、席が変わったことがなかった。


 クラスメイトから不満はなかった。


 多分、みんな心機一転を望んでいるんだろうな。

 俺はどうでもいいけど。


 どうせ変わらない。

 なにも変わらない。



 順にくじを引いていく。


 俺の番が回ってきて、適当に引いた。



「窓際か」

「吉田は、一番隅だな。視力に問題はないか?」

「大丈夫ですよ、先生。僕、マサイ族並みの視力はあるんです」

「そうかそうか。じゃあ、次」



 俺のさりげないジョークを完全無視する担任。

 まあいいけどさ。


 荷物をまとめ、隅の席へ移った。


 隣は肥満体系の増田くんか。

 あー…、また男か。


 中学から現在に至るまで隣は、ずっと男だった。

 女子になった試しがない。


 他の席はキャッキャしてるのに……ずりぃ。


 けど、それも慣れたものだ。

 僕はどうせ、ぼっちだ。



 期待せず席に着いていると――増田くんが困惑していた。



「やべぇ、黒板が見えねえ……!」

「――どうした、増田。視力が悪いのか。あぁ、眼鏡してるもんな」


 担任が増田に声を掛けた。


「先生、俺この席は無理ですわ! 前がいいっす」

「分かった。誰か交代してくれる者は――お、天宮!」


 ふと視線を泳がすと、手を挙げている“女子”がいた。

 さすがの僕もあの女子の名は覚えていた。


 腰まで伸びるクリーム色の髪。

 無駄がなく、スラっとした体型。


 整った容姿は、アイドルに匹敵。


 男子の憧れだった。


 彼女が僕の隣の席に……?



 ポカンとしていると、天宮さんが僕の隣の席に――座った。



「よろしくね、吉田くん」

「え……僕の名前を?」


「当たり前だよ。同じクラスだもん」



 その瞬間、胸がドキドキして落ち着かなくなった。

 ……なんだ、これ。


 なんだこの感情。

 はじめて感じる。



「よ、よろしく」

「うん。いっぱいお話しようね」



 微笑みを貰って、俺は心がポワポワした。

 こんな経験今までしたことがない。


 女の子に視線を向けられて……めちゃくちゃ嬉しいっ。



 ――その後、席替えも終わって授業が始まっていった。



 退屈と思っていた授業が一変して、楽しくなってしまった。



 昼休みになって、俺は食堂へ向かおうとした。

 だけど、天宮さんが僕を呼び止めた。


「吉田くん、一緒にどうかな」

「え、お昼を?」

「うん、屋上で」


「お、屋上?」

「いいから来て」


 手を優しく握られ、僕は断れなくなった。

 可愛い女の子から手を“ぎゅっ”と握られるとか……それだけで幸せ過ぎる。


 止む無く、俺は天宮さんに引っ張られていく。


 階段を上がって屋上へ。



 大きな扉を開けると、そこには青空と街並みが広がっていた。

 風が心地よい。


 太陽もポカポカしていて、ひなたぼっこには丁度いい。



 柵まで向かい、天宮さんは笑った。



「天宮さん、そっちは危ないよ」

「……かもね。でも、大丈夫。わたしって昔から“運”が良いんだ」


「だからって……って!」



 天宮さんは柵によじ登って――その上に立った。



「ほら、バランス感覚凄いでしょ」

「危ないって! 落ちたら死んじゃうよ!?」

「へーきへーき」



 その時、彼女は足を滑らせてしまった。


 ……うそでしょ!


 落下していく天宮さん。


 ……うそだ、うそだ、うそだ!!



 恐る恐る柵の下を覗くけど、校庭の木々が邪魔でよく見えなかった。



 俺は急いで一階へ降りて、そのまま校庭へ。



「天宮さん!!」



 駆け寄ると、そこには平然と立ち尽くす天宮さんの姿があった。



「……えへへ、ごめんね。驚かせちゃったよね」


「……な、なんで立っていられるんだ? 屋上から十メートル以上はあるんだ、普通は死ぬよ」


「なんでだろうね。でも、わたしって昔からそうなんだ」


「え……」


「幸運なんだ」

「幸運……」


「うん。異常な天性に恵まれているっていうのかな。危険なことがあっても“運”でなんとかなっちゃう。今までもそうだった」



 な、なんだそれ……!

 僕が“不幸続き”であったように、天宮さんは“幸運続き”だったってことか。


 僕の真逆じゃないか。

 羨ましい人生だな。



「だからって屋上から落ちるなんて……ダメだ。もう二度としないで」

「ごめんね。でも、吉田くんに知っておいて欲しかったんだ」


「なんで」


「だって、隣の席が君になったから、運命かな・・・・って思ったの」


「……そ、そうなのかな。そんなこと分からないよ。僕はずっと不幸ばかりの人生だった……だから、君を不幸にしてしまうかも」



 けれど、天宮は首を横に振った。



「大丈夫。わたしと一緒なら不幸は訪れない。君の不幸を消し去ってあげる」

「な、なんでそこまでしてくれるんだ。僕と関わるメリットなんてゼロだろ」


「吉田くんってさ、“世界が滅んでしまえばいい”って思ったことない?」


「……! なんでそれを」

「君、たまに独り言をブツブツ言っているからさ、聞こえちゃったんだよね」



 マジかよ!

 ……うわ、それ恥ずかしい!


「でも、なんでそんな僕の呪詛が交流するきっかけになるんだ?」

「わたしも、そう思ったから」


「え……」


「幸運すぎても刺激がなくて……つまらないの。王の力は己を孤独にするってわけね」

「王の力って……」

「まあ、そこは冗談だけどさ。孤独ぼっちなのは本当」



「うそでしょ。天宮さん、クラスメイトと普通に話してるじゃん」

「あんなの社交辞令だから。本当に信頼できる親友とかいないの」



 そういうことか。

 運がいいと言っても、交友関係までは上手くいっていないと。そこは僕と共通する点だな。うん、なんだろう、ちょっと親しみを感じてしまった。



「じゃあ、僕と……」

「うん、まずは友達からで……まあ、彼女でもいいけど」


「!? か、か、彼女って……」

「男子によく話しかけられるし、告白もされてる。だから、今のうちだよ?」


「……っ! 気が早いな、天宮さん」

「わたし、この人って決めたら仲良くなるのは早いから」


「そ、それって……僕ってことかな」

「言わせないで……恥ずかしいから」



 顔を真っ赤にして俯く天宮さん。めちゃくちゃ可愛い……。



 僕は決めた。



 天宮さんと仲良くなりたいと。

 まだ付き合うとか分からないけど、でも彼女に相応しい自分になれたら……その時は。



 ――僕と天宮さんの密かな関係、学生生活は続いていく。



【あとがき】

 コンテスト用の短編となります。

 ここまでありがとうございました。

 長編化する場合もあります。

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