修行旅行という名の新婚旅行
腐れ縁を訪ねて①
アルガサルタという国の特徴は何かと問われたら、まずほとんどの者が「海」と答える。それはアルガサルタが海に面した国だから。そして残りの者は「え、山と森じゃないの?」と答える。それはアルガサルタが、陸地にも多く領土を有する国だからだ。
アルガサルタは海にいくつも点在する島から成り立っていた小国を、陸地の中規模国家が吸収したことで生まれた国だった。だが現在その領土は無駄に広い。
それが何故かといえば度重なる魔族との戦いで疲弊していた隣国を援助の名目で、うまいこと吸収したからである。そのため周囲の国からはなかなかのちゃっかり者国家として認識されていた。
そんなアルガサルタの小さな漁村。海と村を眼下に望む小高い丘に建った一軒家から、一人の男が出てきた。
藍色の野暮ったく鬱陶しい短髪はボサボサで、おそらくまだ若いであろう皺のない顔には無精ひげを生やしている。
だらしなくよれた服を着こなす男の様子は非常に気だるげだ。
彼は家の裏手に行くと、なにやらゴソゴソと下ばきに手をかける。
どうやら小便をしに出てきたらしい。
「ああ~、やっぱ外ションは解放感が違うぜ!」
そんなしょうもない独り言を結構な声量で言いながら、立ちションをする男。誰かが見ていれば思わず眉を顰めそうだが、幸い男の家の周りに人影はない。
彼は出すものを出し終えてすっきりすると、ふと思い立ったように横を見た。その視線の先は今しがた小便をした木の横の地面。そこにはこんもり盛られた土に安っぽい板が突き刺さっている。
そこにはこう書かれていた。「リアトリスの墓」と。
「あいつが腐敗公の嫁に出されてもう一年か……。にしても、俺って優しいよなー。ほんの気持ちとはいえ、あんなクソ女の墓立ててやってんだから。おっと、かかっちまった」
独り言の多い男である。そして男は独り言の途中で残った残尿感をぬぐうべく再び放尿したが……向いていた方向が悪く、うっかり彼曰くの墓にかかってしまった。
おそらくこのみすぼらしくほんのり湿った墓板を、人間の墓だと認識する者はいないだろう。だとしても男の扱いは中身が入っていないとはいえ、あまりにも死者への冒涜が過ぎていた。おそらく関係者が見ていればブチ切れる程度には。
しかし男は気にした風もなく、そこらに咲いていた野花をぶちぶちと乱暴に千切ると墓(仮)に沿えた。
「あっはっは。これで許せよリアトリス!」
瞬間。
空気を裂くような鋭い音を男が認識する前に、その頬を重い衝撃が抉った。
「ふっざけんな死ねクソがぁ!!」
「おぶげらふぁ!?」
何が起こったのかも分からないままに男は激痛と共に吹き飛び、地面に強かに背中を打ち付けた。
男の行動に天誅……否、人誅が下ったのである。
たった今見事な跳躍力を発揮し男の頬を蹴りぬいたのは、みすぼらしい被り物付きの外套を着た一人の女。
女は忌々しそうに被り物を後ろに振り払うと、くすんだ金属のようなぱっとしない色味の金髪がこぼれ出た。その下から薄い青色の眼光が、蔑むように男を睨みつけている。
男にはその容姿に非常に見覚えがあった。
だからこそ大きく目を見開き、わなわなと震えながら叫ぶ。
「ぎゃああああ!? しょ、しょんべんかけたからって、化けて出てこなくてもいいだろーー!?」
「相変わらず馬鹿ね! 生きてるわよ! 何処からどう見ても生身の人間でしょ!? 幽霊と間違えてんじゃないわよ! ほら、信じられないならこれでどう? ほ~ら! ほらほらほら! よく見なさい!! ちゃんと生者の証である脚がくっついてんでしょうがぁぁ!!」
倒れた男に追い打ちをかけるように、女は形の良い脚で男の腹部を踏みつける。
その鬼畜の所業に、男は目の前の女が自分がよく知る知人であると確信した。
「うごっ、げぶっ! ば、おま、やめ、踏むな、おい!!!! ……あ、黒? え、お前下着の趣味変えた?」
「死ね」
「あばし!」
踏みつけ攻撃をこれでもかと腹部にくらった男だが、彼は切り込みの入ったスカートからちらっと除いたものを見逃さなかった。そしてそれを素直に口にしたばかりに、今度はわき腹を力の限り蹴られ転がされる。そこには一切の容赦が含まれていない。
「おま、生きてたのかよリアトリス!?」
「…………久しぶりね、オヌマ」
痛みに耐えながらも勢いよく起き上がった男……オヌマに、鷹揚に答える女性の名はリアトリス・サリアフェンデ。
かつてオヌマと共に魔術学校で学び、宮廷魔術師長であった師匠へ共に弟子入りを志した女であった。
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