夫を金髪美少女にしてしまった①
腐敗公に"ジュンペイ"という名がつけられ、その後リアトリスの手によって無事に人化の術は施された。
その後丸一日。極度の疲労により死んだように眠ったリアトリスだったが、死の気配が蔓延する大地にもかかわらず魔術で成長させた白い樹は、彼女の体を広げた枝葉で柔らかく支えた。
おかげで劣悪な環境にも関わらず、リアトリスは十分な休息をとることが出来たのだが……。
目覚めたあと変わらないとある現実に、リアトリスは乾いた笑いを"旦那様"に向けるしかなかった。
腐敗公ジュンペイと、その魔術の先生となったリアトリス。
時間にしてリアトリスが生贄に捧げられてから四日目。現在彼らはこの腐朽の大地で唯一の安全地帯である白い樹の上で、授業初回を迎えていた。
「まず、魔術がどういった物であるか理解してもらうわ。曖昧な認識で使うと、術の精度が落ちるからね。まずは何事も理解することが大事よ」
誰かに魔術を教える。リアトリスはこれまでになかった経験に少々緊張していたが、極めて落ち着いた態度を心掛けていた。
教える側に自信が無さそうでは、教わる相手に不信感を与えてしまい授業の質が下がるからだ。少なくともリアトリスは自分だったら、おどおどした自信のない教師になど教わりたくない。
「魔術というのは、平たく言うと魔力という"材料"を使って製品を"作りあげる"技術であり、魔力という"燃料"を使ってそれを"動かす"技術。その二つを総合して魔術である、と定義されているわ。どちらもまず魔力が無ければ始まらないけど、それを現象として引き出すためには技術が居るの。その技術を操れる技術者の事を、魔術師と言うわけ。ジュンペイ。あんたは今、技術はないけど材料と燃料だけはたくさん持っている状態ね」
出来る限り噛み砕いて説明するが、相手からの反応は薄い。それに少々眉根をよせつつも、リアトリスは授業を続ける。
「でもって、その材料兼燃料たる魔力には二つ入手場所があるわ。ひとつはもともと私たち生命が生まれながらに保有しているもの。あんたの場合、それが馬鹿デカイのよね。それともう一つは、私たちが今生きている世界に重なって存在している"星幽界"という別世界。そこから引っ張ってくる魔力ね。生物が保有している魔力なんて微々たるものだから、ほとんどの場合は星幽界から引き出して魔術は行使される。人間も、魔族もね」
「………………」
「…………続けるわよ? えーと、だから魔術は別名で星幽術なんて呼ばれたりもするわ。魔力だけでなく、星幽界に存在する"事象そのもの"を引っ張り出せたら一流ね。通常は魔力という燃料を使って、こっちの世界の法則に基づいて魔術として形になるの」
「………………」
リアトリスは魔術を学ぶにあたって一番の基礎である説明を述べるが、それを聞いている相手は沈黙し心ここにあらずといった様子だ。
思わずため息をつきたくなったリアトリスだが、自分に原因があるだけに強く注意することが出来ない。一応彼女も"その事"に関しては、とても申し訳なくは思っているのだ。一応。
しかしのんびりしている暇は無い。主にリアトリスの精神的健康のために。
リアトリスの計画としてはとりあえず基礎を叩き込んだのち、さっさとこの腐朽の大地を抜け出して場所を移して授業を行いたいのだ。そのためには解決せねばならない問題は多いが、その点リアトリスは自分の才能を信じ切っているので微塵も不安は感じていない。
が、それを解決するまでの期間に基礎だけでもしっかりと習得させねばリアトリスの矜持にかかわる。
リアトリスは心を鬼にした。
「もう、ジュンペイ! 気持ちは分かるけど、今は落ち込んでないで勉強よ勉強!」
「~~~~! そうは言うけど、無理だろ! 見てよこの姿!」
リアトリスの言葉に、人の姿になった腐敗公……ジュンペイは、ばっと体を広げて不満もあらわに主張する。その際にふわりと、柔らかな金糸が舞った。
その姿に一瞬怯みそうになるも、リアトリスは開き直ったように畳みかけた。
「いいじゃない、何処からどう見ても立派な人間だもの! ただ、ちょっと女の子になっちゃっただけでしょ。気にする事無いわ。すっごく可愛いわよ!」
それに対してのジュンペイは悲鳴のように声を張り上げて反論する。その声は声色はともかく非常に可愛らしく、まるで鈴を転がすように可憐だった。
「フォローになってない!! 最後に付け加えた可愛いは、俺にとってはとどめだよリアトリス! 君はお嫁さんにそんな事を言われる俺の気持ちが分かってないよ!」
……念願の人化が叶ったはずの腐敗公ジュンペイ。
彼は何故か現在、金髪碧眼の愛らしい少女の姿になっていた。
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